第20話 7歳、絵里香ともに文化・魔法

絵里香さんのところの食事はおいしい。


今日はランチをご馳走になっている。

かつ丼と豚汁だ。

肉は猪の肉だ。


前世の味。

出汁と醤油の味を堪能する。

みりんも使っているのだろうか?


肉は前世の豚よりも、こちらの猪のほうが美味しい。

脂の甘みが良い。


豚汁も、結局、猪汁?

そうなると全然違う料理になっちゃうな…

豚汁と呼ぼう!

で、こちらはゴボウと猪脂が良い味を出している。


これは絵里香さんが調理をしてくれた。


そういえば、この村では揚げ物を見たことがない。

揚げ焼きみたいなのは見たことはあるが、衣をつけて、揚げる文化が無い。

さすがは召喚者ってところだ。


だが、なぜ揚げ物が広まらないのだろう?


「ね、絵里香さん」


「ん、なに?」


「どうして絵里香さんは向こうの料理を作れるの? こっちで醤油とかみりんとか見たことないんだけど」


「ああ、それね。まあ、昔の伝手でね。たまに送られれくるのよ」


「へえー…醤油作ってるところあるんだ…ねえ、この村でみんなで作らないの。ここは塩くらいしかないよね。とりあえず、このマヨネーズならすぐに作れそうだけど…」


マヨネーズは絵里香さんの自家製だ。

卵と酢と油でできる。

この村で手に入る食材だ。

この村だとお酢はブドウ酢ってのがあって、その名のとおりブドウから作られたお酢だ。

ちょっとだけオシャレな味がする。

そういう訳で、作ろうと思えば作れる。

この村から広められる気がする。



さて、かつ丼は半分ほど進んだ状態…

瓶に入ったマヨネーズをスプーンですくい、かつ丼にかける。

素のかつ丼も美味しいけれど、マヨネーズをかけても良い!

コクと酸味が良い風味を出す。

僕は味変が好きだ。

ただ、この村では味変のしようがなかった。

塩くらいしかないから。

だけど、絵里香さんのところは調味料も豊富だ。

ということで、さらに七味もどきを掛ける。

辛さ、香りが追加される。

これもまた良い。

あとは、山椒とか一味でも美味しいんだよね…

胡椒を大量にかけるのも好きだ。

山葵…あれはマヨネーズに合う…



「君は本当にマヨネーズ好きよね」


絵里香さんに苦笑される。

まあ、料理を作る方からすると味変されるのって良く思わないよね。

僕も料理してくれた人に失礼だと思って、一応、半分程度食べてからにするってルールにしているのだけれど…

ダメ?


「マヨネーズね。これは卵の衛生問題もあるのよ。日本と違って卵を生で食べられないでしょ」


そういえば前の世界でも卵を生で食べられる地域は少ないとか聞いたことがある。

卵を生で食べられないと、卵かけご飯、ユッケとか、あとは、とろとろ系のオムライス、親子丼とかダメかもしれない。

いや、固めの親子丼なら…

うーん、それもどうか?

トロトロのがいいんだよね、あれ。


「じゃあ、これはどうしているの?」


「魔法で殺菌してるわ」


「それなら、みんなでできそうだけど」


村の住民、多くの人が魔法を使えるから大丈夫じゃないかな?


「それがね、ダメなのよ。どうも文化の急激な発展て言うのが、広まらないみたいなの…」


発展できない?

どういうことだろうか…

異世界物だと召喚者・転生者による文化系のチートはお決まりだと思うのだけれど。

マヨネーズなんてその最たるもの。


そういえば、この世界、召喚者・転生者が多くいるはずなのに、それほど日本的になっていない。

村だからしょうがないのかなって思っていたけど。

絵里香さんがいる村なのに調味料が塩メインっておかしい。


「たぶんなんだけどね。神様が制限をかけているようなのよ。たとえばこの紙。ここまでは来ているんだけど印刷技術が全くなのよ」


「文字ごとのピースを作って、並べ替えて印刷するってやつ? 活版印刷?」


たしか、「銀河鉄道の夜」でジョバンニがバイトしてたような…


「そこまでいかないまでもね。私も歴史に詳しいわけじゃないからおぼろげだけど。普通に版画で印刷できるわけじゃない。大量に同じ情報を量産できるわよね。だけど、それも広まっていないの。情報の拡散とか共有とかにキビシイ気がする。これって神様レベルじゃないと制限できないって思わない?」


「情報の共有か…それができるようになれば文明が一気に変わるよね。ある地域で生まれた技術が一気に世界に共有される。技術の向上により、より世界に情報が迅速に広まるようになって…加速度的に文明が発展する」


「そう。技術は革新され続けて、いつかは神様にも届くかも。そしてそれを神様は望まない、かも?」


「うーん。神様まで届くかは置いておいて、情報って危ないかもしれないから、慎重になるのも分かる気がする…」


「ただね。人間が頑張って発展させようとしている努力はどうなるの? て思っちゃうのよ…」


ちょっと、神様を思い出す。

僕をこの世界に転生させた、あの神様だ。

姿かたちは認識できなかった。

転生させる割には興味なさそうにしていた。

どうして?

自分で転生させるのに?

何のために転生させているのか…

転生者が世界に与える影響が少ないから?

召喚者はどうだ。

それは僕と同じ神がかかわっているのか。

もしくは別の神…


「個人で楽しむくらいなら大丈夫なのよね。別に天罰が落ちたりしないのよ。ただ不思議と広まらないのよね…全世界の人の精神に関与する何かをしているのかもしれない。ちょっと気味悪いわよね…」


そもそも、この神様は善神なのか悪神なのか…

善神と悪神のくくりって人間から見てってことで、神様的には善も悪もないのかもしれない。

そういえば、神様を善悪で分けたのって、どこの宗教だったか…


「ねえ。召喚って神様いた?」


「いなかったわよ。魔法陣がバーンって足元のできて、『何?何!』していると一気に異世界だったわ!」


「神様からチートを授かったってことじゃなかったの」


「鑑定したらあったって感じ」


召喚魔法?に神様は登場していなかったのか…

だけど、召喚みたいな規格外の魔法を人間だけで実現できるのだろうか?

世界を越える力…

それは神じゃなきゃ無理じゃないのかな?


異世界物って最後のほうは神様との戦いになるのも多いよね…

悪神…いる確率が高いよね…

そんな面倒事にはかかわりたくない。

僕はただの村人でいたいと思います。

勇者よ、ガンバレ!



さて、本題だ。

別にランチを食べに来ただけじゃない。

絵里香さんにトカゲとの戦いを相談する。

僕の魔法ではあまりダメージを与えられなかった。

これは改善しないとダメ。

なるべく自分だけでも倒せるようになりたい。

生きていくために強さが必要な世界だから。


「その歳で、あのトカゲ、にダメージ与えられるだけも大したものだと思うけど…そうね…魔法陣の複数起動って知ってる?」


「上級の魔法は複数の魔法陣の展開が必要なはずだったよね」


「そう。それだけじゃなくて、初級の魔法も同じ魔法陣を複数重ねることで威力が増すのよ。裏技!」


それは初耳!

初級の魔法陣を複数起動するだけなら、今の僕でもできそうな気がする。


「本当? 使っている人見たことないけど」


「本当、本当! 複数魔法陣展開ってすごく難しいのよ。だから上級魔法を使える人が少ないんだけど。見せてあげるわ!」


庭に出る。


「まずは基本ね」


絵里香さんは手を前に出し、1重の魔法陣を作成、水球を生み出す。

大きさは直径20センチ程度。


「次に2重ね」


今度は2重の魔法陣が展開され、生み出された水球の大きさは約30センチ。


「ね。2倍にはならないけど、強化されているでしょ」


「確かに」


僕の「風の槍」はトカゲの鱗を貫通して肉に少しは刺さっていた。

硬いのは鱗だから、増加した威力はそのまま肉へのダメージになるはず。

1.5倍程度の向上だとしても、結構なダメージになりそう。

何発も当てれば倒せるか?

できれば一撃必殺がいい。

複数当てるのは時間がかかるし、危険だから。

まあ、それはこれができてからだね。


「ねえ、コツは?」


「私の場合『並列思考』があったから。…そうね…両方の手でそれぞれ魔法を発動できればいいんじゃない? これが違う魔法を発動するなら、難しくて、ドラムを右手と左手で違うリズムを叩く感じ? 同じ魔法ならそれよりは簡単なはず?」


「僕の母もできるの?」


「ええ。マイラは5年くらいで習得したかな」


母さんもできるのか…それなら僕もできそうな気がする。

僕は息子だしね!



…うーん。

両手に魔力を集めて、ここまでは簡単。

でも、魔法陣を……?

うーん…


とりあえず、やってみる。

両手をあげて魔法…

利き手の右手に水球が出現した…


今度は両手に魔力を溜めるイメージをしてからやってみる。

やはり右手だけに魔法陣が出現し、水球ができる。

これは違うか…


魔力のコントロールと魔法の発動はイメージが異なる。

左手で水球を作ってみる、続けて右手で水球を作る。

すばやく手を入れ替えて魔法を交互に発動してみる。

右手に比べると左手が少し発動しにくいような。

両手を同じように使えるようになるのと、両手で同時に魔法を発動するのとではちょっと違う気もするけど。


うーん…難しい。


「先は長そうだね。がんばれ少年」


絵里香さんは気楽でいいよ。

チートをもらって、最初からできたんだからズルい。

母さんで習得に年単位がかかったんだから、僕もそのつもりで、気長にやるしかないね。


ま、時間はあるさ。

気楽に行こう。

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