第3話 赤ん坊と精霊と魔法

そんなこんなで魔法の訓練を開始し、数日が経過した。

魔力は20まで上昇した。

魔力の制御は向上した。

だが、魔法は発動しない……


まあ、諦めずやってみよう。



今日は天気がいい。

母が窓を開けてくれ、さわやかな風が吹き込んでくる。

風に乗って、微かに花の香りがする。

季節は春。

柔らかな日差しが差し込み、ポカポカと温かい。


魔法の訓練を始めてみたのだけれど、眠くて仕方がない。

こんな気持ちがいい日は寝たっていいじゃないか。

寝ることもまた赤ん坊の仕事だ。


うつら、うつらとしていると、窓から虫が入ってきた。

フラフラと僕のベッドの上を飛んでいる。


蚊じゃなければよいなあ。


『誰が蚊よ! この可愛らしい私を捕まえて!』


驚いた!

この世界では、蚊がしゃべるんだ。


『だから! 蚊じゃない!』


それはプーンと飛んできて、僕の顔に止まった。

蚊じゃない…違う。

人の形をしていた。

とても小さい女の子だ。

手のひらサイズ。

妖精?

ピクシーとか悪戯好きなヤツ。

子供をさらったりするんだっけか。


『違うわよ。妖精じゃなくて、精霊よ、精霊。私は風の精霊ね』


精霊?

風の?

シルフ?


『シルフは風の大精霊。って、やっぱりあなた精霊が見えて、しゃべれるのね』


僕は赤ん坊なのでしゃべれない。

でも、会話が成立している…

念話みたいな?


『精霊使いの才能があるってことね。なんか魔力で遊んでいる赤ん坊がいたから、見に来た! キミ、面白そうじゃない!』


僕、精霊使いの才能があるの?

もしかしてこれが神様がくれた「ちょっとだけの才能」だろうか?


『精霊と通じるのは田舎じゃ結構いるよ。精霊は自然と一緒にいるから。石と火に囲まれた、都会じゃなかなかいないけどね』


ん?

火の精霊がいるんじゃないの。


『火の精霊は人間が作った火を嫌うから、火山とかそういうところにいる』


そういうものか。


…僕、精霊使いになれる?


『もう少し大きくなったら、精霊と契約できるかもね』


あれ?

君とは契約できないの?


『私は安くないわよ。あなたにはもったいない!』


風の精霊はのけぞって、ガハハ、と笑っている。

お高いお嬢様って感じじゃなく、お転婆ガキ大将って感じだ。

安くないってより、ガサツって感じ。

もらう方も選ぶ権利があるんだけどね…


『失礼なこと思っている?』


いやいや、そんなことは無いよ。

(念話ってちょっと危ない…)


じゃあさ、君、魔法、知らない?

僕、魔法を使いたいんだ。

知ってたら、教えてくれないかな?


『そんな歳から魔法を知ってるんだ……キミ、もしかして転生者?』


速攻でバレた。


『まあ、この世界、転生者結構いるからね』


やっぱり、バレるとまずい?


『んー。ま、大丈夫じゃない。転生者だからって何かあるわけじゃないし。普通の人間と同じよ』


同じなんだ。

ちょと残念。

ま、僕は普通に生きられればいいから、別にいいけど。


『んーそうね。少し魔法教えてあげる。この歳の赤ん坊から魔法を勉強したらどんな大人になるんだろうね。面白そう!』


小さいとき天才って呼ばれる子供もさ、大人になればそんなに他の人と変わらなくなるよ。


『キミ、夢がないのね…』


面倒なのが嫌いなだけだよ。

人生平和が一番だと思う。


『変なの! 転生者ってみんなそうなの? でも、いいや。魔法教える!』


精霊は僕の上を飛び回った。

グルグル目が回る。



その日から、精霊に魔法を教えてもらう。

精霊自体は魔法を使えるわけではないようだ。

しかし、いろいろなところを飛び回っているので、知識は豊富。

そして、精霊の力も魔法の力も根源は同じらしい。

その辺は精霊も難しくて分からないとのこと。


そういえば、いったい彼女は何歳くらいなのだろうか?

かなりの美少女だ。

年齢はないのかな。

老いずにそのまま消えるのかな。


大精霊シルフはものすごい美少女とのこと。

性格はちょっと活発らしい。

ま、僕の才能だと会えないかもなあ。

ちょっと残念。


この世界の魔法は魔法陣方式だった。

今までの苦労は無意味だったのか。

ちょっとがっかり。

でも、その訓練のおかけで風の精霊に会ったのだから、意味はあったのだろう。

全てのことがつながって今がある。

意味がないことなんて無い。

そう思いたい…


さて、まずは魔法陣を覚えることが必要だ。

風の精霊が僕の家にあった魔法陣の入門書を持ってきて、広げてくれる。

(僕の家には魔法についての書物があったんだ! 家族の誰かが魔法使いかもしれない)

彼女は結構力持ちだ。

風の力で物を運べる。

結構便利。


最初は、風を発生させるだけの魔法。

暑い日に涼しくしたり、火に風を送ったりするときに使う。

本当に初級の魔法。

その魔法陣を見続ける。

頭の中に刻み付ける。

数日経つと、本を見なくても頭に魔法陣を明確に描けるようになった。


次の段階は、その魔法陣に魔力を送ることだ。

魔力を送ることにより、頭に描いた魔法陣が現実世界に生成されるらしい。

どのような原理かわからない。

神様のいる世界だ。

不思議な力ということでいいのか?


魔法の発動もそんなに簡単にはいかなかった。

想像した魔法陣に魔力を集めるのだが、想像のものに力を集めるってどうやるのさ?

ウンウン、唸りながら練習していると、母さんが熱でも出たのかと心配して大変だった。


ちなみに風の精霊を見ることができるのは家族で僕だけのようだ。

母さんがいるときでも普通に飛び回っている。

精霊が飛ぶと、いい風が吹いて気持ちがいい。



数日の訓練のあと、ついに魔法が発現!

顔の前に魔法陣が現れた。

風魔法だからだろうか、緑色に光っている。

そこからそよ風が発生する。


『やったじゃない! 風が全然弱いけど、成功! ま、私の力を借りれば、こんな魔法使わなくても風を起こすなんて簡単だけどね』


褒めているんだか、自分の力を誇示してるんだか…

でも、成功は成功だ。

感動した!

僕の努力が実ったのだ!


結局コツは分からない…

何となくだ。

使い続ける、練習し続けると、何となく使えるようになった……


成功のイメージがあるうちに数回、同じ魔法を発動させる。

そして、これも定番の頭痛!

これはMP枯渇か?


僕は盛大に鳴き声を上げてしまった。

しょうがない、赤ん坊だもの。

隣の部屋にいた母さんが、すぐに飛んでくる。

抱き上げてあやしてくれる。


「XXXX」


まだ、言葉は理解できないが、優しい声色と、母の柔らかい感触に安心する。

しばらくすると、いつの間にか寝てしまっていた。

なんか楽しい夢を見たことは覚えている。



それからは魔力制御の訓練、魔法の訓練、MP枯渇で頭痛、泣き出す、を繰り返した。

正直、頭痛は辛かったが、「なろう系」では、この頭痛を繰り返すことでMPの総量をあげることが多い。

膨大なMPを獲得して賢者になりたいわけではないが、魔法は思った以上に楽しい。

そして、今、僕は暇である。

魔法くらいしかやることがないのだ。


それと神様から少しは才能をもらっているはず。

繰り返せばそれなりの魔法使いになれるのではないだろうか、という期待がある。


すごく強くなりたいわけじゃないけれど、他の人よりは少しうまくなりたい。

他の人ができることができないのは、だいぶ凹む。

我ながら劣等感の塊のような気がする…

それを考えてまた凹むのだけれど、自分をすぐに変えられるわけもなく、しょうがないのかなとも思う。

負けず嫌いは悪いことじゃないはず。

少しだけ頑張ってみよう。


魔法の種類も増えた。

威力は弱いものだけだ。

赤ん坊のベッドでまともな魔法を使ったら危ないからね。

炎を出す、水を出す、砂を出す。

火水風土のすべての属性を使えるようだ。

普通の魔法使いは得意不得意があるらしい。

僕が全部使えるのはやはりちょっとだけ才能があるからだろうか?


属性の違い、魔法のレベルの違いで、魔法発動の仕組みは違わないらしい。

魔法陣を覚えて、魔力が足りれば魔法は発動する。

ただ、高位の魔法になると魔法陣が複雑になり、そして2重、3重と魔法陣が必要になっていくらしい。

「らしい」というのは、今使っている魔法書が初級のもののため、高位の魔法が載っていないからだ。

家を探したら、もっと高位の魔法が載っている書物があるかもしれないけれど、今はまだ必要ない。

赤ん坊だからね。

ベッドで高威力の魔法は使えない。


魔法を繰り返し使うことで、熟練度が上がるようで、発動も早くなってきた。

その進歩が楽しい。

成長している充実感がある。


魔法は楽しい。

やはり、異世界、魔法が無いといけない!

それぞ異世界だ!

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