第82話 さすがにゾンビは食べられないなあ
うん。
こりゃ、食べられないや…
森の奥へ光の移動魔法を連発し、巨大な魔獣の前に到着した。
残念ながら外れだ…
目の前には巨大なトカゲ、ではなくたぶんドラゴン?
体長は5メートルほど。
トカゲに羽が生えたような生き物なので、ドラゴンだと思う。
ドラゴンは魔獣と呼称してよいのだろうか?
それはともかく…
腐っている…
これは食べられない。
体に穴が開いていて骨が見えるし、翼はほぼ骨だけ。
眼球はすでに存在していない。
ただの黒い穴。
そして臭いがひどい…
風魔法で腐臭がこちらに来ないように調整する。
これはゾンビ。
ドラゴンゾンビ!
初めて見たドラゴンがゾンビとは。
とある転移モノだとドラゴンは美味とされている。
しかし…
さすがにゾンビだと食べられない…
食べてみたかった…
腐る前に会いたかった。
この世界のドラゴンに僕の力が及ぶかという問題もあるのだけど、アルベルタが行けと行ったので、多分大丈夫だろう。
動きはゆっくりとしていて、時折腐った肉が落ちる…
口から腐臭を放ち、その息を浴びた草木は腐っていく…
腐敗の属性を持っているらしい。
迷惑!
この豊かな森を腐らせるとは!
まだこちらを敵と認識していないようだ。
とりあえず先制攻撃の火球を放ってみる。
ドラゴンゾンビに命中し、肉を焦がす。
ヤツは咆哮をあげる。
効いているようだ。
こちらに顔を向け、お返しとばかりに、腐敗のブレスを放つ。
「エイリアナ、エルミリー、お願い!」
『おう!』
『我に任せろ!』
風と光の精霊に防壁を張ってもらう。
風だけでも大丈夫だと思うが、念のため光の浄化を混ぜる。
ブレスは僕に届かないが、周囲の木々を腐らせる…
早いところ片づけた方が良い。
しかし…
『…ころして…殺して…』
これは…
ドラゴンの念話?
『…だれか…私を…私を殺して……』
意識がある?
『あれは、神龍…のゾンビね』
アルベルタが言う。
「神龍?」
『高位のドラゴンよ。ときに神と崇められるドラゴン。大きさから、かなり若い個体だと思うわ。普通は死んだとしてもゾンビにならないわね。誰かに討たれて、呪われたのね』
…そうか。
高位のドラゴンを討伐する実力を持つ何者かがいる…
そして、それを呪う…
物語だと、たぶんそれは敵方…
どうやら何かに巻き込まれつつあるのか?
なるべくなら平和に農家をしていたいのだけど…
この村を襲うのなら話は別だ。
なるべくなら元凶を取り除きたいところ。
『…こんなの…いや……だれか…だれか…殺して…私を…解放して…』
その前に…この子だ…
ドラゴンゾンビは緩慢に腕を振りまわり攻撃してくる。
たぶん生前の迫力ではないだろう。
避けて、距離をとる。
『…もう…いや…暗いのは…冷たいのは…いや…』
死んで、呪われ、魂はまだ、腐った体に縛り付けられている。
嫌だな…
本当に…
僕がその状態なら、やはり浄化を望むよなあ…
『…助けて…私を…殺して…助けて…』
『ルーカス。彼女を浄化してあげて。終わらせてあげて』
アルベルタに言われなくても、彼女を助けよう。
彼女は呪われて、自分の意思でない行動を強いられている。
死んでまで戦わされている。
腐り、崩れる体で。
それは魂の冒涜だ。
死を崇めるのも、蔑むのも嫌だが、今回のは更に嫌だ。
実際にゾンビを見てみると、やるせないよな。
悲しいよな。
僕が精霊師で彼女の声が聞こえるからだろうか。
彼女は苦しんでいる、泣いている。
彼女を解放してあげたい。
彼女の魂を救いたい。
『エルミリー、力を貸して!』
『承知! ルーカス、遅れるでないぞ!』
光の浄化魔法。
エルミリーとありったけの魔力を乗せ、発動する。
ドラゴンゾンビを中心に巨大な、神々しい、光る魔法陣が生成される。
浄化の光がドラゴンを包み、腐った肉が、呪われた骨が浄化され、消えていく。
『…あ…ああ…優しい…光…温かい……』
腐り黒く変色した鱗が、浄化され、一瞬白銀に輝く。
が、それもすぐに形を崩し、風に流されていく。
ドラゴンゾンビが吠える。
たぶん苦痛も何も感じていないはずだが。
だが、自分の存在が消えていくことに恐怖してるのだろうか、体が。
しかし、魂は…
『…ありがとう…これで…やっと眠れる……母さん…ごめんなさい…ごめんな…さい…』
彼女の声は、しかし…
彼女の母には届かない…
もしだ。
僕が彼女の母に会ったとしたら、僕は彼女が謝っていたと伝えるのだろうか?
たぶん、ただ感謝していたとしか、伝えないだろう…
そして、彼女は消えた。
彼女の声も、もう聞こえない。
彼女のいた場所には何も残らなかった。
彼女がいた痕跡は腐った土だけ。
…彼女の魂は旅立った。
彼女もまた生みの親より早く他界した存在か…
少し親近感を感じる。
前世の、前の世界の母は元気にしているだろうか?
僕の死を受け入れて、元の生活に戻っているだろうか?
幸せに暮らしているだろうか?
…たまに、僕を思い出してくれているだろうか?
それは贅沢な望みなのだろうか…
僕を忘れた方が幸せなのだろうか…
『…ありがとう、ルーカス。そう。これで彼女は輪廻の輪に戻ったのよ。次の生のために眠りについたわ』
アルベルタが優しく微笑む。
神龍の彼女もきっと次に生まれ変わるだろう。
次はきっと幸せな人生になってくれるよいいなあ…
ドラゴンゾンビが腐らせた森を浄化しつつ、エイリアナに黒幕の存在を探してもらった。
しかし発見できなかった…
さすがにそんなに簡単に行かないか…
『物語は止まることなく、進んでいくわ。それはきっと止めることもできない。貴方が彼女を送ったことで、別の物語もまた始まるのよ』
……
なんか、アルベルタに強制イベントに引きずり込まれた?
いや…
アルベルタは僕が平和に暮らしたいことを知っている。
契約している精霊だし、僕に不利になるようなことはしないだろう。
きっと…
若干、怖いんだよね、アルベルタ。
優秀すぎて…
おっと、魔獣フェスティバルなのに、狩りの成果が悪い。
トカゲだ!
家長としてはトカゲ肉を取得し、家族に食べさせたい!
僕にしんみりしている暇はない。
今は祭り、それを楽しむ!
再度、索敵を実行し、トカゲを求めて走る。
父さんとの壮絶なトカゲの奪い合いを経て、2匹のトカゲを狩ることに成功!
2匹だけとは。
…父さん、本気出しすぎだよ。
村に戻る。
クリフ君が負傷していた。
片腕がズタズタに切り裂かれている…
「! 大丈夫?」
すぐに駆け寄り、回復魔法をかける。
隣ではスージーと、デニースさん?が心配している。
光の奇跡の回復を使うのはちょっと目立つので、水魔法に少し光を混ぜた回復魔法っていうのを開発済み。
部位欠損は治せないけど、この怪我なら問題ない。
「うん。ありがとう、ルーカス君」
クリフ君が腕を回して、様子を確認する。
…大丈夫そう。
「クリフ! ホント、無茶して! ホントにありがとうルーカス!」
スージーと握手する。
涙ぐんで喜んでもらった。
「よかったよお…」って、デニースさんも横で泣いている?
…何で?
「…クリフ君がデニースを助けてくれたみたい。トカゲと戦っているときに横から熊の魔法が来て、それを受け止めてくれたらしいよ」
ミラベルさんが説明してくれた。
なるほどね。
いくらデニースさんでも熊の魔法を横から食らったら大変だったかも。
クリフ君が腕一本を犠牲に盾になったってことか。
クリフ君も、あの魔法を受けて、腕が落ちなかったんだから、強くなっている。
まあ、腕が落ちたとしても、光の回復魔法で復活だけどね!
「…ありがと…ありがと…クリフ君……私、クリフ君のお嫁さんになる……」
うん、デニースさんが感謝…
って、なんて?
お嫁さん?
ほら、クリフ君も驚いているし、スージーの目がスッと細くなったぞ…
「こら! デニース何言っているの!」
「…だってえ…私のせいで怪我をして…守られたことなんてなかったしい…ぐす…」
「まあ、あんたを守る男性なんて見たことないけど…」
「…こんな人…今後あらわれないって思うし……」
いやね。
急すぎるでしょ。
それに、彼は妻帯者なんだよね。
簡単に行かないよ……
うーん…
クリフ君、意外にハーレム体質かも?
僕も二人妻があるし、それが前例で…
何てね。
「デニースさんでしたっけ? クリフは私の夫と知っていますよね!」
「…でも、奥さん一人って決まりもないし…愛があれば…」
「愛じゃないでしょ! 一方通行!」
「…でも、愛はいつも一方通行だって…ミランダが言ってたし…」
…なんか大変そうだね……
クリフ君が「助けて」と僕を見ている。
が、すまない…
僕にはどうしようもない…
僕が口を挟んだとしても解決しないだろうし、その権利もない。
話がこじれるだけだ。
クリフ君がどうにかするか……きっと流されるのかな?
また、それも良いぞ。
沢山の妻に囲まれる幸せもある。
頑張れ!
そういえば、ヴェラはどうしているかな?
魔獣フェスティバル、ちょっと危ないから家で待機かもしれない。
まあ、こんな修羅場を見ないで済んでよかったよね。
…参戦したかったってことはないよね。
さて、さて、魔獣フェスティバルの後半戦だ!
もちろんバーベキュー!
狩ったら食べる!
それが村人だ。
子供も大人も、女も男も、肉を焼く、食べる!
お腹いっぱいに!
さすがに肉だけだと飽きるので、僕のところと実家から野菜、クリフ君ところからチーズとか、村中から食材が集まる。
トウモロコシとチーズは子供に人気。
チーズは肉にかけて食べている人もいる。
僕の好みではないけどね。
むしろ、トウモロコシ×チーズの方が美味しいと思うのだけど…賛同してくれる人は少ない…
ハンバーグ×チーズはアリなんだけど、違いは何だろう?
お酒もふるまわれるけど…父さんは相変わらず母さんから禁酒令なんだね。
あれは永遠に解除されないのだろうか?
トカゲのしっぽ肉を齧りながら思い出した。
ネルはトカゲ食べたことなかったっけ?
彼女は祭りとか苦手だから、研究室に避難している。
あとでお肉を持って行ってあげよう。
僕がお腹いっぱいになったらね。
こうして祭りは無事に終了!
結果。
倒した魔獣、約350。
回収した肉、約280。
だいぶ、母さんとリネットに消し炭にされた…
怪我人20名。
うち、軽傷18名。
中等傷、2名(1名、クリフ君)。
重症0。
死亡0。
僕は「黒の森の殲滅者」の称号を得た。
転生者は称号を得やすいのかもしれない。
もしかしたら森での戦闘が有利になるか、対多数の戦闘に有利になるか…
倒した魔獣の数では父さんが一番だと思うんだけど…
ちなみに北側は師匠が7割がた倒したらしい…
元気だよね。
最近、元剣聖というより、ただ斬りたい人なんじゃないかって疑っていたりする。
狂剣って感じかな。
まあ、こんな感じ。
魔獣フェスティバルは終了!
以上。
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