第83話 新郎会。不安の共有も大事

村には一軒だけだが飲み屋がある。

一軒しかないので、そこそこ盛況だ。

ただ酒の値段が高いので、僕はそれほど使う機会はない。

そもそも、それほど酒が好きな方でもない。


店は狭く、そこに過密気味に席が置かれている。

客はおじさん年代が多く、若い人は少ない。


酒と料理が入り交じる。

タバコのにおいが無いのが救い。


独独の熱気がある。

ごちゃごちゃした感じ。

非日常感があって良いなあ…



「かんぱーい」

「乾杯」

「乾杯」


本日。

クリフ君、ブライアンさん、僕と集まって、飲み会だ。

今回の集まりは、そう、新郎会という名目。

まあ、たまには新郎の不安を話し合って、共有しようってことだ。

新郎もマリッジブルーになるだろうって、ブライアンさんが集合を掛けた。


料理は基本の煮込み料理と串焼きだ。

煮込みは肉と野菜を煮込み、塩と胡椒、ハーブで味付けしたもの。

それと、味替えでトマトクリーム煮。

中の具材は同じものだ。

どちらもニンニクが効いていて酒のつまみになる。


数本の肉串を頼んだ。

兎と猪。

酒の場合は猪の方が味が濃くて良いかもしれない。


酒は赤ワインのみ。

他の種類は置いていない。

ちょっと寂しい…



「では、お疲れ様。魔獣祭りも無事終わり、後は秋の結婚式を待つだけになったな」


「ブライアンさん、そんなに簡単に行かないと思いますよ…特にクリフ君ところが…」


「……なんかね…どうして、こうなっちゃんだろうね」


「そういえば、クリフ。結局、デニースさんとはどうなったんだ?」



姉たちは魔獣フェスティバルが終了して数日後に村を発った。

デニースさんは後ろ髪惹かれる思いだったろう。

僕としてはホッとしている。

ちょっとミラベルさんが僕を物欲しそうに見ていたり、見ていなかったり…

怖いからね。


「なんかね…お祭りで、お肉の大食い対決をして、その後、仲良くなっちゃって…デニースさんとも今度結婚する方向になっちゃった…」


意外に簡単に収まったね…

スージーは結構性格が強いからな、もう少し揉めるかと思ったが…

スージーとデニースさんは相性が良かったみたい。


…そういえば、性格の弱い女性って何?

優しくて、聞き分けが良いってこと?

男の言うことを聞く?

そんな女性見たことないよ。

少なくてもこの村では。


「クリフ君、今度って来年?」


「うん。デニースさんももう少し冒険者をやりたいからって」


「ほう。執行猶予つきって感じか…しかし、デニースさんとクリフだと犯罪臭がするな」


「え? どういう意味?」


「いや…身長差がな…子供と大人」


「僕、子供じゃないよ!」


確かに身長差1メートル近い。

年齢差は…5歳くらい?

こちらは普通。


クリフ君が低身長、童顔なので、並んで立つと親子感が出てしまう。

ま、本人たちが良いんだから、いいんだけど。

…子供ができたとして、どっちになるんだろ?

高身長、低身長?

言わないけど、ちょっと楽しみ。

どちらにせよ、腕力ステータス高めなんだろうけどね。



「子供と言えば、ヴェラはどうした?」


ヴェラは、三人で街に指輪を作りに行ったとき、冒険者ギルドの依頼中に保護した少女だ。

孤児なので、懐いていたクリフ君にくっついて村まで来た。


ブライアンさんは村の外での仕事が多いから村の中の事情には少し疎い。

クリフ君とヴェラと一緒に散歩しているところをよく見かける。

仲良さそうでほっこりする光景だ。


「? 普通に僕の家にいるよ」


「スージーは何も言わないのか? 新婚家庭に一人増やしちまった感じだろ?」


「うん。意外にすんなりOKだった。『クリフのそういう優しいところが好きだから』だって」


「惚気か!」

「惚気か!」


「クリフ君、ヴェラとは結婚しなの?」


一応確認してみる。


「ヴェラはまだ子供だよ?」


「うん。将来ね」


「こ、子供だよ…」


あんなに仲が良いから将来ありそうな気もするんだけど。

仲が良い親子でも、子供が大きくなったら遺伝子的に近い人と結婚させないために親を嫌う傾向があると、前世で聞いたことがある。

だけどクリフ君とヴェラは他人。

仲が良いままだと男と女になってしまいそうな…

スージーが同じ家に暮らしているので大丈夫かもしれないけれど。



「そ、それより、ブライアンさんは増えないんですか?」


「増えるとは? 何が、クリフ」


「えと…奥さん」


「簡単に増えるか!」


ブライアンさんがお酒を吹き出しそうな勢いで反論する。

ふーん…

妻一筋か…

ブライアンさんももう一人くらい増えてもいいんじゃないだろうか?

そうすると、僕とクリフ君が多妻なのが薄れるんじゃないだろうか?


「そういえばどうやって口説いたんです。いきなり結婚の話でびっくりしました」


ブライアンさんは少し視線を逸らした。


「…頼み込んだ…」


「はい?」


「頼み込んだ。土下座して結婚してくれと頼み込んだ!」


「うわ…」

「ど、どげざ?」


おお! 土下座!

これはスゴイ。

クリフ君は目が点。


「…なんだ…悪いか」


いやいや、悪くない。

むしろ好ましい。

それほど好いていたのかと驚く。


「全然ですよ。尊敬します!」

「あ、僕も、すごいと思います!」


なるほどなあ…

ブライアンさん愛の人だったか…

それだと2番目の奥さんを押し付けるのはかわいそうだし、無理そうだ。



「というか、ルーカスには居るだろ! ほら、あの奴隷の…」


おおう…ネルね…

まあ、奴隷なんだが、奴隷っぽい関係じゃないんだよね。

同郷の友達。

男女の仲っぽいことはないなあ…


「ネルですね。彼女はそういうのじゃないですよ。友達みたいなもので」


「おう。友達なんだ、奴隷なのに?」


「はい。成り行きで奴隷の主人になっているだけで、奴隷として彼女を扱いたいわけじゃないんです」


「なんか難しいよね。ルーカス君のところは…難しい人ばっかりな感じもするよ…」


え、クリフ君。

君のところの、スージー、デニースさん、ヴェラも結構難しいと思うけど…

きっと、ヴェラも仲間入りだ。

あと数年だ。


「まあ、奴隷なんてな。ルーカスは妻が二人いるんだから、必要ないよな。で、あの子は何してるんだ? 全然見ないけど」


「ああ。錬金術の手伝いですよ」


「あれは、錬金術師だったのか!」


「そういうことです」


「それはスゴイ拾い物じゃないか!」


拾い物って、物じゃなくて、者なんだけど…


「まあ、優秀ですよね。ネル。とても助かってますよ」


「へえー…頭いいんだね…僕、尊敬しちゃうよ」


頭は良いと思う。

ちょっと人付き合いが苦手なだけだ。

だったら人付き合いがない仕事をすればよいだけ。

とはいえ、人間生きていれば他人と関わらないといけない。

エレノアさん、リネットとはそこそこ仲良くなったと思う。

嬉しいことだ。

僕が留守で家にいないときに寂しいだろうからね。


「錬金術師か…結構稼ぐよな…」


「ブライアンさん、比べちゃダメですよ。他所は他所なりの問題があって、自分の所にはそこにない幸せがありますって。それに暮らしに困っているわけじゃないでしょ。それ以上稼いだって意味ないでしょ」


「いや、金はあった方が良くないか?」


「うーん…お金ってないと困るけど、ある一定以上なると、それほど関係なくなると思っていますよ。例えば、今の稼ぎの倍になったとしても、倍に幸せになるわけじゃんないと思うんです。少しだけ幸せになるかもしれないけれど、お金を持つリスクもあって、トントンかなって。大きなお金は悪い友達も連れてきますよ」


「…そんなもんか?」


「そんなもんですって」


ほら、クリフ君も頷いているしね。



「なんか悩んでいるんですか?」


ブライアンさんはグラスに視線を落とす。

この会を開催したのも彼だしね。


「…ちょっとな。この先、本当に彼女を幸せにできるのかってな…」


なるほど…

まあ、月並みな悩みだ。

普通の悩み…

みんなが悩んで、そして効果的な解決も無いということだろう。

過去から、遠い未来まで。

みんなが悩みながら生きていく…


「あー、それ僕も思うよ。本当にスージーは僕で良かったのかって。ルーカス君は?」


「まあ、あるけどさ、考えたって仕方ないと思うよ。可能性なんてそれほど無限に合ったんだよね。僕じゃない人と結婚する可能性はあったし、その方が幸せになる未来もあったかもしれない。だけど、それは可能性の話で、彼女たちは僕を選んでくれたんで、それに甘えるしかないかなって思っちゃう。考えるとさ、沈んじゃうから、考えないようにするんだ」


「考えないで良いのかよ?」


「いいんじゃないですか…なるようになるですよ。というか、なるようにしかならないですよ。きっと。なら、悩むだけ損な気がします。まあ、悩みますけど」


「結局悩むのかよ! ま…そっか…そうだよな。俺は俺しかできないんだ。俺だからシンディーと結婚できたんだよな」


「できるだけ真摯にいればいいんじゃないですか。ブライアンさんは真面目だから大丈夫でしょ。あとは、聞いた話ですが、ちゃんと愛してると伝えましょうってことです」


「愛? なんでだよ。恥ずかしいだろが」


「結婚するまであんなに愛を語っていたのに、結婚したらしないんですか? 結婚して自分と一緒にいることが確定したら、そこで口説くのは終わりですか? 一生かけて、一緒に居て欲しいって言わないとダメな気がしますよ」


前世、熟年離婚とか多いんだよね。

きっと、そこにいるのが当たり前になってしまってはダメなんだ。

彼女に感謝しないといけない。

たぶん、歳をとってずっと一緒にいると、愛を伝えると「気持ち悪いこと言うわね」て言われるだろうけど。

だけど、本当に一緒にいたいなら…


「ブライアンさんは愛の伝道師じゃないですか? それくらい朝飯前でしょ」


「だれが愛の伝道師だ!」


「土下座してましたよね!」

「土下座!」


「てめえら! それは酒の席だけの話だかんな! 他に話したらぶちのめすぞ!」


ぶちのめすって…子供か。

だいぶ酔ってきたみたいだな…



まあ、ブライアンさんの言うことは僕も思っている。

不安はある。

僕も色々言ったが、言うのとやるのは違うってことも分かっている。

きっと、僕も上手くできていないんだ。

だけど、そう思って、少しでもやろうとすることは重要。

自分に言い聞かせるという意味も含めて言っていたりする。

僕たち三人、同じ結婚式で結婚するんだから、ちょっとでも助け合えたらと思う。



「ねえ、マスター。『いぶりがっこ』ない?」


ちょっと、とある前世のドラマを気取ってマスターに注文してみる。


「なんだそれ? ねえぞ」


そりゃないよね。

僕は普通の沢庵も好きなんだけど、あれってどうやって作るのだろうか?

ちなみに「いぶりがっこ」って燻製臭がワインに合うらしい。


「いいから、これでも食っとけ!」


そう言って店主はハムエッグを出してくれた。

塩胡椒が効いたやつだ。

オシャレ感はないけれど、このしょっぱさ、チープさが酒に合う!

なんかいい店だよね。



さてさて、主にブライアンさんの愚痴と不安を聞きつつ、夜は更けていく。

男三人、こうやってダラダラしているのも良いものだ。


意外にクリフ君はお酒強いよね。

ブライアンさんが弱くて、ベロベロだよ。

僕はというと、それほどお酒が好きじゃないので、チビチビしかやっていない。

そうだ。

あとで回復魔法をかけよう!

明日もしっかり畑仕事があるからね!

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