第58話 フラグは立てたが、方法が違う

そんなこんなで時間を食っていたら魔獣に遭遇しました。


「ほら猪です。命を頂くところを実践しましょう」

「バタリングラムボアか!」


剣で斬るのが簡単なんだけれど…

魔族のおじさんがいるので、彼を守るため、ここを離れられない。

魔法で倒すことにする。

最近、魔法を遠距離地点に生成する技術を獲得した。

どういうことかというと…


風の刃を猪の真上に生成する。

それを真下に、首を目がけて放つ。

首が落ち、猪は絶命する。


という寸法だ。

簡単でしょ。


「ボアを一撃で…」


「じゃあ、手伝ってください。食べますよ!」



魔族のおじさんにも手伝ってもらい、猪を処理する。

そういえばバタリングラムって何だ?

バタリング・ラムかな?

ラムって羊?

猪なのに羊とは?



では肉を食べよう!

今日は単純に塩胡椒・ニンニクで焼いて食べるだけ。

だけど、それだけでは面白くない。

なので、いろいろな部位を食べて違いを見てみようと思う。


魔族のおじさんも素直になったか手伝ってくれる。


「ボアはうまいのか?」


「おいしいですよ。僕はハンバーグとか好きですけれど、焼いただけでもいけますよ」


では…

肩肉から食べてみる。

うん。

ちょっと硬めだけど、味は濃いかな。


「ほら、食べてみてください」


おじさんは恐る恐る食べる。


「おう…うまいな…」


気に入ってくれたようで良かった。


次は…バラ肉。

脂が多いところだ。

猪は脂が甘くておいしい。


「こっちもうまいな」


おじさんが食べたのはモモ。

脂身が少なくてあっさりしている。


僕はヒレを食べる。

前世だとカツで食べてた。

ちょっと高級なので、給料日あたりだね。

今は食べようと思えばいつでも食べられる生活か…

こっちに来てからの方が良いものを食べている気がする…

前世の生活とは?


もちろんヒレは柔らかく美味しい。

しかし、焼きよりカツの方がいいかもしれない。

そういえば前世ではソースかつ丼でヒレを食べるところもあると聞いた。

普通のかつ丼も良いけど、ソースも好き。

ソースかつ丼のタレのレシピはどうなのだろうか?

あの味…

たぶんただの中濃ソースってことはないはず。

醤油とかも入っているかな?

醤油、どうやって作るのだろうか。

絵里香さんに購入先を聞いておけばよかった。

誰か召喚者が作ってないだろうか?

またはネットショッピングみたいな能力を持った召喚者か。

…うーん、レア能力ぽい。

いたら、絶対に商業が混乱しているはず。



食事も終わり、まったりと静かな時間が訪れる。

腹が満たされれば、闘争心は若干弱まる。

そんなところか。


「どうしますか? まだ死にます?」


「…いや。君が死なせてくれないんだろ」


「僕の前で死ぬのがダメなんです。僕の知らないところなら死んでいいですよ」


「君は私に、敵との戦闘での戦死という勲章を与えてくれないのか?」


そんなもの勲章にならないだろうに。

生きて帰って、国の役に立って、それで勲章をもらった方が有益だと思う。


「おじさん、国に家族がいるでしょう」


「…ああ」


「僕は恨まれるわけですか? あなたの家族に、カタキとして。嫌ですよ」


「君くらいの強者なら、その重荷の上に生きていくものだと思うがな」


全く勝手な偏見だ。

力があるから責任があるとか。

僕は村で静かに幸せに暮らしたいだけなんだ。


「帰ってお子さんに顔を見せてあげてくださいよ。喜びますよ」


「…そうかな。逃げ帰った親父として軽蔑されないかな…」


「父なんて生きていた方が良いじゃないですか。周囲が陰口叩いたって、会えなくなるよりはいいじゃないですか」


「…そうかな」


死んだら終わり。

もし、親子仲が悪くたって、生きていたら修復の機会があるかもしれない。

でも死んだらそれはできない。

仲が悪いまま別れた事実のみが残るんだ。


「で、君は私に情報をしゃべれってことだよな…」


そろそろ精神魔法で何とかしてしまおうかと酷いことを思っていたりする。


「はい。おじさんはどうしてここに来たのですか?」


「…しょうがないな…話せるところだけだぞ…」



おじさんの話。


ワイアカルヴァート魔王国は、この村からキングスラニガン山脈を挟んで向こう側の国だ。

お隣さんと言えばお隣さんだが、山脈を越えることができないので、実質交流のない国になる。

しかし、山脈に地下道があるらしい。

数十年前、魔王国の調査隊が発見したらしいが、こちら側の出口がこの森で、調査隊が魔獣に襲われ全滅した。

そのため調査は進めていなかったが、最近調査を再開したとのこと。

何故、このタイミングかとか詳しいことは話してくれなかった。

おじさんはその調査隊。

そして唯一の生き残りらしい…

仲間は魔獣にやられたとのことだ。

一人になったのだから撤退すればよいのに。

全滅で情報が本国にもたらされなかったら、本当に無駄死にじゃないか?

おじさんは隠密の達人のため、魔獣になんとか発見されずに調査できていた。


まあ、今のところ、うちの国に攻め込むとかではないとのこと。

そして、調査結果から容易に森を越えられない結論になるだろうとのことだ。

軍隊を送っても、森で死傷者多数では戦争はできない。

もし万が一うちの国に勝って、領土を獲得したとしても、森を通過してでないと本国との行き来ができないのでは、ほとんど飛び地。

管理なんてできない。

それじゃ獲得した意味がない。

ここを足掛かりに人間側の国を攻めたい思惑だろうけど、すぐに人間側に取り戻されて終わりだ。


と、まあ、結構話してくれた。

こんなに話して大丈夫なのだろうか?


僕が大っぴらに公言しなければ良いとのこと。

どうせ情報は山脈で分断されているので、黙っとけば分からないよ、だって。



「もう国に帰りますか?」


「ああ。この森はダメそうだって分かったからな。すごすごとと帰るさ」


「じゃあ、送りますよ。沢山話を聞かせてもらったお礼です」


「え、いいのか? 確かに君のような強者にいてもらった方が助かるが…」


「ただし、移動方法は秘密で」



魔族のおじさん、ヴァルラムさんを抱えて、光の移動魔法を発動する。

一度上に跳び木々の上へ行く、そのまま移動を開始する。


「な、なんだ! これは!」


おじさんが必死にしがみついてくる。

男にしがみつかれたって、あまりうれしくない。

それってさ、美少女の特権じゃないかなあ…


人を一人抱えて移動魔法は初めてだ。

魔力を溜める時間が少し多くかかるため、いつもより上を目指し移動、落ちてくる間にまた魔法発動。

毎回落ちるリスクがある。

…まあ、怖いか。


たまに飛んでいる魔獣を見かけるが、移動魔法が速いため襲われることはない。

順調に移動し、山脈の近くまで来た。


…これは……


山脈の中、巨大な存在感がある…

魔力も感じたことが無いくらいに強大だ。


かなりの脅威だ。

僕ではプチっと潰されて終わり。

これ以上近づくのは危険か。


「ちょ、ちょっと、ルーカス君、落ちる、落ちるって!」


おっと、予想外の存在に気をとられ、魔法発動が遅れたか。

ギリギリ移動魔法を発動し、落下は回避した。



おじさんの導きに従い、山のすそ野に降りる。


「ヴァルラムさん。山にいるアレは何ですか?」


「ああ、知らないのか。ドラゴンがいるんだよ。千年も生きている古龍ってヤツらしい」


「やっぱり強いんでしょうか」


「まあ、ヤツが本気になれば国の一つや二つ、いや、人間も魔族も滅ぼされかねないかな…」


「勇者も勝てない?」


「勇者か…強力な能力を使う無慈悲な戦士だろ? だけどたぶん無理だな。やめといた方がいい」


そんなに強いドラゴンが住んでいるのか…

関わらない方が良いだろう。

村からそれほど遠くないのが心配だが、村の歴史ではドラゴンが現れたとの記録はない。

きっと、僕が生きている時間くらいは問題ないはずだ。

「なろう」な小説だと味方になってくれることが多い存在だが、その保証はないからね。



木々に囲まれた中、洞窟の入り口はひっそりとあった。

岩と岩の切れ目のように見える。

岩を回っていくと中に穴が続いている。


「ここまで教えてもらっていいんですか?」


「ルーカス君は魔族と戦争する気はないんだろ?」


「はい。もちろん」


「なら問題なしだろ。それに何となくな、将来、君はこの道を通って魔王国に来るような気がする」


いやいや。

どうして僕が魔王国に行かなければいけないのか?

その理由が思いつかない。


「僕はしがない一農家ですよ。魔王国への旅なんて有り得ませんよ」


…あれ。

有り得ないって言葉はいわゆる「フラグ」か?

やってしまったか?


「君が農家ねえ…人間の国もよく分かんないね。ま、兵士じゃない方がこちらには都合がいいか」


おじさんは苦笑いだ。

農家であることと戦闘力があることは両立すると思う。

農家自身が害獣駆除だってできた方が良いだろう。

うちの村だと害獣が侵入することはまずないけど。


「じゃあ、世話になったな。またな」

「まったく…『また』は無いでしょう。僕はしょっちゅう魔族と会わないと思います…それではお元気で」


彼と手を振って別れる。



魔族ね…

遠いお隣さん。


この世界の魔族は表面上はずいぶんと人間に近い。

もしかしたら文化とかずいぶん違うかもしれないけど。

普通に話もできるし、言語も同じ。

ならば争う意味は?

まあ、人間同士も領土問題とかで常日頃戦争しているし、そういうものか……

しかし、勇者召喚までして戦う相手なのだろうか?


村にいるだけでは世界情勢は分からないからなあ…

情報だけは持っておいた方が良いかもしれない。



さて、この洞窟だ。

魔族側から攻めてくることはないらしいが、警戒はしておいた方が良いだろう。


「エイリアナ、ここの警戒を強化してくれる」


『あいよ』


風の精霊に警戒してもらう。


あとは、ちょっと離れた地点に転移用の魔法陣を置いておく。

魔法陣を描いた石の板を隠して置いておくだけだから、定期的にメンテナンスが必要で、面倒ではある。

だけど、この魔法陣があると簡単に転移ができる。

僕自身はこれがなくても転移できるけど、他の人が転移できたり、消費魔力が少なかったり、便利なものだ。


さて、帰宅しますか。



僕があの洞窟を通って魔王国に行くんじゃないかって話ね。

あれは結局実現することはなかった。


そう……山脈を飛んで越える方が楽だからね。

まったく…

転生者とは厄介事を引き付ける体質らしい。

まあ、それは将来の話。

そのときに語ろうと思う。

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