第24話 7歳、創られた命、および錬金術師

『初めまして、新しいマスター』


彼女は僕の頭の中に直接話しかける。

口は動いていない。


「僕が、マスター?」


『そうです。ずっと待っていました。何年も。ここでは夜も昼もないので正確な時間は分かりませんが。たぶん、きっと、とても長い時間です』


「…あなたを作った人はどこに?」


『はい。ここにはいません。ずっと前から。もう時間がないとおっしゃっていました。そして出ていかれました」


彼女を作った者は、いないか…

たぶん物凄く才能のある、狂った錬金術師だ。

ちょっと会ってみたいような…止めておいた方が良いような…


「でも、ここは掃除されている。誰かいるんでしょ?」


『人間という意味ではここには誰もいません。小さい者がいて、それがここを清潔に保っています』


小さい者?

探索の魔法を再度かける。

ターゲットをもっと小さい生物にして。

…確かに小さい生き物が多数存在している。

近くにもいる…あれはネズミかな。

目が合うと物陰に隠れた。


錬金術で作られたネズミ?

天然のネズミ?

どちらだろうか…


そういえば目の前の彼女は探索の魔法に引っかからなかった。

この部屋が隠蔽されているのか、このケースが魔法を無効化しているのか。


「僕はルーカス。君の名前は?」


『私には名前はありません。私はここから出られない。生物として完成されていません。そのため名前はありません』


「…出られない?」


『出たら死ぬそうです。このガラス瓶の中でしか生きられないとのことです。研究はまだ成功していない。私は失敗作です』


彼女の声は悲壮感もなく、ただ単純に事実を述べている、そんな感じ…

諦めているのか、そう教育されているのか…

自分を「失敗作」と言う彼女の気持ちは…

…僕は、分からない。


「思考出来て、意思疎通ができるのなら名前は必要だよ。僕は君を『君』としか呼べないじゃないか」


『不便でしょうか? マスターがそのように考えるようでしたら名前をつけていただいても構いません』


僕が彼女に名前を付ける?

僕が生み出したのでもない彼女に?

…名前を付けるなんて偉そうで嫌だけど、君と呼ぶよりはマシか…


そうだな…


「セントウレア…花の名前だよ」


『どのような花なのでしょうか?』


「たしか別名、矢車菊だったかな。紫色の綺麗な花をつけるんだ。君の瞳みたいに」


『…瞳の色ですか…ええ。セントウレア。それで良いです』


どこかの漫画で見かけた名前だ。

僕にはネーミングセンスってものが無いので、花の名前、もしくは宝石の名前ってことで、なんとかひねり出した。

宝石なら「アメジスト」だろうか。

彼女は表情が乏しく、喜んでもらえているかは不明だけど、受け入れられたので良しとしよう。


「ねえ、セントレア」


『はい、マスター』


『…ちょっと呼びにくいからレアって普段は呼ぶね」


『…はい』


いきなり名前を縮められたら嫌だったか?

初めて、ちょっとだけ彼女の感情が見えたような気がする。



彼女、レアの話の内容は次の通り。


前のマスターは錬金術師で、生命、人間を作る研究をしていた。

しかし、結局人間を作り出すことまではできず、彼女、レアが最終の成果物。

特殊な液体の中でなら生存できる人間らしきものを作ることはできた。

しかし、そこからは先はない。

彼女を溶液の中から出せなかった。

出した途端に皮膚、肉体は崩れ、肉塊になる…


前マスターは高齢のこともあり研究を諦めた。

そして、ここを出ていくことにした…


しかし、後の錬金術師のためにここに研究を残した。

ネズミ型の生命、錬金術で作成したものとのこと。

彼らに清掃をさせ、彼女の瓶を満たす液体を半永久的に作り出し循環させた。

研究所は探索系の魔法で発見できないように結界を張った。

後継者以外に見つからないようにするためだ。

知識の無い者たちに荒らされないように。


で、後継者の条件っていうのが「闇属性の魔法を使えること」とのこと。

闇の属性は死の属性。

死とは生命の属性とのことらしい…

うん、よく分からない。

生命は光ではないのだろうか。

死は死で生命誕生とは逆だと思うのだけれど…


闇属性は精神、混沌等も範囲内ということで、生命を作るためには必要な属性らしい。

そして闇魔法を使える魔法使いは総じて優秀とのこと。

高い魔力と、優秀な頭脳を持つ、らしい…

僕がそれにあたるかは知らん。

あれだ、遺伝子による優秀な人類の選別、あれに近い気がする…

嫌な感じ。


この村で闇系の魔法を使った場合に、ここに転送するようなトラップが仕掛けられていた。

かなり高度な魔法だ。

前のマスターというのはやはり相当優秀だったようだ。


つまり僕が睡眠の魔法を使ったため、トラップが発動、ここに転送されたわけだ。

そして、ここは、村の外れの地下らしい。


錬金術師、前のマスターは昔のこの村の住民なのだろう。

村の記録に記述がないだろうか?

あれば何年前のことか分かるのだけど。


で、僕は後継者に選ばれたわけで、できれば錬金術を学んで研究を引き継いでもらいたいとのこと。

そのための資料はここにあるらしい。


僕が研究を引き継がない場合、また次の後継者を待つ。

闇属性はレアな属性らしく、また長い間待つことになる。


彼女、レアに名前を付けてしまった手前、それはちょっとかわいそうに思ってしまう。


彼女を瓶から出して自由にしたい。

僕にできることはしてあげたい。

前の天才的なマスターにさえ、出来なかったことだけど…

なんとかしたい…


そう思ってしまったんだよね…



本棚をあさってみる。

錬金術の入門書らしきものを開いてみる。

全然分からない。

時間が必要そうだな…


「…僕には難しそうに思えるよ。全然分からない」


『大丈夫です。基本なら私でもお教えすることはできます。前のマスターは何十年もかけて私を作成されたそうです。ゆっくりと行きましょう』


彼女はにっこりと優しく微笑む。


「すぐでなくて良いの?」


『はい。私はずっと待っていましたから、待つのは慣れています。前のマスターの研究を引き継いでいただければそれで私は良いのです』



…自分はどうでもよいような口ぶりだな…

自分が瓶から出られるかはどうでもよい…

僕は嫌いだ…

自分の意思ではなくて、元マスターが望んだからか?

それだけを実行する?

研究を引き継いでくれればどうでもいいのか?

前のマスターがそれを望んでいたから。


可哀そうなのはレアの方だ!

元マスターは無責任に一人レアを残して、出て行ったんだ。

いつ終わるか分からない命令を与えて、一人だけ狭い瓶の中に…

レアはもっと、怒っていいはず…だ。


「僕はレアをそこから出してあげたいと思っている。普通の人間と同じように自由に歩けるようにしたい!」


彼女はその綺麗な紫色のガラスのような瞳で僕を見つめる。

その表情からは納得してくれたのかは分からない。


『はい。よろしくお願いします』


一応はうなづいてくれた。


…彼女にその瓶から出られるという希望を、僕が与えたとして、それを実現できなかったら?

絶望になるか。

希望を与えないなら、絶望もないのだろうか…

しかし、楽しみのない生を生きていても…いや、わからない…

僕は…でも…やってみよう…

どこまでできるか分からないけど…

僕が進めた一歩は、次の人の道筋になるかもしれない。

そして彼はまた一歩歩を進める。

それが続けばきっと…



前のマスターはここを出た後どうなったのだろうか?

かなりの高齢だったはず。

この村で最期を迎えたのだろうか?

かなり高名だったはずなので、どこかに話が残っていてもいいはず。

彼を知ることもした方が良いかもしれない。



…さて、重要な話をしよう。


「僕はここから出られるの?」


『はい。出られます』


はい、あっさりと外出を認められました。


『マスターが研究を引き継いでいただけるのなら問題ありません』


「うん。僕は錬金術を学ぶよ!」



それからレアにこの部屋との行き来の仕方を教わった。

ちなみにこの部屋から直接地上へ行く道はないとこと。


しかし、転移の魔法陣があり、地上に戻れる。

最初の部屋の魔法陣だ。

これにマスターと認められた者が魔力を通せば地上に戻れるらしい。


そして、こことの行き来には転移の魔道具があるとこのこと。

さすがは錬金術師。

それは台座のついた卵、エッグだ。

精巧な模様が彫り込まれいかにも高そうなものだった。

それが一対。

片方に魔力を入れることで、もう片方まで転移ができる。

有効距離は2kmくらいらしい。


「それじゃあレア。また」


『はい。マスター…次はいつになりますか』


「そうだね。一週間以内には…いや、二日後にまた来るよ」


『はい。よろしくお願いします』


レアもこんなところで一人(ネズミがいるけど)では寂しいかもね。

ちょっとの時間でも顔を見せた方がよいだろう。



最初の魔法陣で地上に戻った。

片方のエッグを持って。

転移先は森の中。

村のすぐそば、問題なく村に戻れる。


時刻は昼あたりかな。

太陽が高い位置にある。

睡眠の魔法を掛けたのは夜だったので、たぶんその翌日の昼だと思う。

ずいぶん地下で寝ていたらしい。

睡眠の魔法が効果的なのかもしれない。

寝つきが悪いときには使えそうだけど、寝坊は注意だ。



村の境の石壁を越える。

身体強化ができるので楽勝だ。

…ここは牧場かな。

うん、クリフ君の実家の牧場かもしれない。



すぐに前方から複数の人たちが駆けてくる。

パパ、ママ、姉がいる。

村の大人たちがいる。

勢いが凄い…

圧力が凄い…


…あ!

そりゃ、そうか…

7歳児が一晩行方不明だったら捜索になるか…


「ルーカス! 良かった!」


母さんにギュッと抱きしめられる。

力いっぱいだ。


「馬鹿、どこ行っていたのよ!」


母さん…

泣いている。

初めて見た、母さんの涙…


「…ルーカス、バカ!」


姉も泣いていた。

あの、いつも強気な姉が…

きっと、今まで、懸命に僕を探してくれたんだ、ずっと…


心配かけてしまった…

…ダメだね、僕は。

ダメダメだ…


「…ごめんなさい。ママ。ごめんなさい…」


なんだか、僕も泣けてきた…

家族に心配をかけて、情けなくて、悲しくなった…

転生者で、人生2回目で、大人のつもりで…

でも、子供だ…

まだ、僕は母さんの子供だ…


しばらく僕と母さんと姉は抱き合って泣いていた。

周りでは大人たちが「見つかって良かったね」と喜び合っていた。



…はい。

その後、すごく怒られました。


パパには頭をゴツンとやられました。

姉にも同じようにやられました。

この似た者親子め!

身体強化を使わなくてもよいだろうに。


母さんにもやられたけど、二人に比べて身体強化が弱いので、平気だった。

もちろん痛い振りはしたさ。

そうでないと何をされるか…


でも、原因は僕じゃなくて…

むしろ僕はさらわれて、被害者側なのではと思うけど。

ちょっと理不尽かなと思うけれど、心配かけたのも事実なわけで。

…まあ、しょうがないかな。


そうだね。

今後は心配されないように頑張らないといけないな。

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