第51話 【レティーシャ視点】漆黒の森

【レティーシャ視点】


木々の終わりを見た。


森と村の境界線。

10メートルほどの何もない草むら、緩衝地帯があり、石造りの堅牢な壁が村を囲んでいる。

緩衝地帯に違和感がある。

なるほど、魔法による壁がある。

これで魔獣の侵入を防いでいるのか。

2重の防壁ということだ。


村というよりは要塞だ。


やっとだ…

やっとここまで来たという思いがこみ上げてくる。



ここは「漆黒の森」と呼ばれる魔境だ。

原因は不明だが、濃い魔力が充満し、そのためか脅威度の高い魔獣が跋扈する。

おおよそ人が住むには適さない土地。


そこに村を作り、暮らす人々がいる。

世間の喧騒を嫌い、また権力闘争に嫌気がさし、ゆっくりとした生活を望んで村を作ったと聞いている。

この森でゆっくりとした生活をできる強者が集まったということだ。


一般市民には噂程度で、実在を疑われている村。

だが、冒険者には認知度は高い。

この村出身の高ランク冒険者が多数存在するからだ。


村付近の人々も認知している。

この村から高ランクの魔獣の素材が輸出されるからだ。

また、農作物も少量だが輸出されるそうだ。

魔力の高い土地で育ったためか、その味は格別。

王侯貴族がこぞって買い求めるらしい。


輸出ができるということは、定期的にこの森を抜けて、街まで行っているということだ。

それをできる実力者が住んでいるということになる。

村から出てきた者たちだけでなく、一定数Aランク以上の戦闘力を持つ者がいるようだ。

近くの村では、かの村の住人を戦闘種族、戦闘狂と噂している。

自分が会ったその村出身の冒険者はそれほど好戦的ではなかった。

ただ彼らはどんな強敵も恐れない猛者であった。



森から村へは問題が無ければ2日程度で着けるはず。

道もつながっているので、迷わない。


ただ、魔獣が出る。

バッドイーティングラット、ペネトレイトラビット、バタリングラムボア、スロータベアー…

どれもAランク以上の魔獣。

熊などは個体によってはSランクの脅威度のものがいるとか。

そして更に脅威度の高い魔獣もいるらしい。


Aランクの冒険者である自分でも一人で入るような森ではない。


幸いにも数匹の兎、猪と遭遇しただけで済んだ。


しかし、兎も猪も好戦的だ。

普通の魔物なら警戒して様子を見るだろう場面でも、迷わず突っ込んでくる。

そして、どの個体も身体強化を使い、攻撃の強度は致死レベル。

一瞬でも気を抜けばあっさり死ぬだろう。


魔獣は身体強化をしているため、防御力も高く、攻撃も通らない。

兎を殺すのでさえ一撃で終わらない。


…この調子では、『剣聖』に届くのはいつになるのか……



そうして何とか森を抜けた。



村の入り口、門では、一人の青年が立っていた。


「こんにちは。ようこそ森の村まで。歓迎します」


純朴そうな男の子が、にこやかに笑っている。

しかし…隙がない…

魔力もなさそうに見えるが…

いや、隠しているのか…

たぶん強い…


ん…何か…蝶…


「僕はルーカスです。ルーカス・ブラウン。失礼ですが、あなたは?」


「レティーシャ・レインフィールドだ」


「レティーシャさん。どのような御用で、この村まで? 観光でしょうか?」


とぼけた男だ。

観光でこんな危険な村までくる者がいると思っているのだろうか?


「…男を探している。剣士だ」


「剣士?」


男は首を傾げ、考える。


「年齢は?」


「たしか…70を超えるているはず」


「ああ、それなら、たぶん分かります。案内しますよ」


青年はニッコリと頷いた。



彼について、村に入る。

村は普通に見える。


子供が走り回り、高齢者が椅子に座って談笑をしている。

大人たちは働いている。


この森の中なのにのんびりとしている。


…村人一人一人の魔力が高い。

普通に暮らしている人々が、高い戦闘力を持っている。

異様な光景だ。

信じられない。


村人がすべてこのレベルだとすると、この国最大の戦力ではないか?

たぶん、王都の騎士団以上。

下手をすれば国を引っ繰り返せるほどの戦力。

それがここにある。

危険な村だ…



「おやあ、ルーカスちゃん。お客さんかね」


一人のおばさんに声をかけられる。

人の好さそうなおばさんだ。

しかし、やはり魔力が…


「はい。今日来られました」


「ずいぶん、綺麗な人じゃない。エルフさんなんて珍しいわね」


「はい。綺麗な人ですよね」


…自分などエルフの中では普通の容姿の部類に入る。

容姿が優れているからといって、何の恩恵があるのだろうか。

いらぬ男が声をかけてきて煩わしいだけだ。

得をしたことなど一度もない。


「ルーカスちゃんも真面目に見えて、意外とやるわね。エレノアちゃんもいるのに」


「エレノアさんも、こちらの方もそういうのではないですって。二人に迷惑になりますよ」


「隠さなくったっていいんだって。ねえ」


こちらに話を振られれも困る。

彼女はどういう関係と思っているのだろうか?

自分は今日この村について、その際にルーカス殿に初めて会った。

ならば、ただの知り合いではないだろうか?

からかわれているのだろうか…



おばさんと別れ、道を歩く。

数人が我々に気さくに声をかける。

やはり、のどかな村だ。

人々は素朴で親切。

しかし、おかしなほど強い。

アンバランスな村だ。



「レティーシャさん。すみません。いろいろと僕たちの関係を詮索する人がいて」


「別に構わない」


「こんな辺境の村だと、娯楽が無いんですよ。男女の関係の噂話とか、そんなので盛り上がるくらいですよ」


なるほど、我々は男女の仲ではないかと疑われていたわけか。


「自分は用が終われば、この村を発つ身だから、問題ない」


「すぐに発つんですか? 少しゆっくりとしていけばいいのに、ここはいい村ですよ」


自分はこれでもAランクの冒険者。

それなりに忙しい身だ。

のんびりと田舎で休暇をとれるわけでもない。


エルフは他の種族よりも比較的長寿だ。

そのため、保守的で、物事を進めようとしない者が多い。

他者から見たらのんびりをした性格のものが多い。

まあ、単純に人間とは時間の感覚が違うだけなのだが。


自分はエルフの村を出た身だ。

自分のように村を出るエルフは少ない。

エルフからしたら変わり者。

私は一般のエルフとは性格もことなるのだろう。

その自覚はある。



村の外れの一軒家に着く。

軒先には数種類の野菜や、乾燥の肉が吊るされている。

生活感のある家だ。

家の前の道や、家の周りも掃除されて、清潔感はある。


「こんにちは。師匠、いらっしゃいますか? お客さんをお連れしました」


ルーカス殿は家に入っていく。

彼と家主は師弟の関係のようだ。


「おう、庭じゃ、庭じゃ」


声は男性の老人のもの。

声量はある。


庭には複数の藁束が立てられおり、いくつかは見事に切断されている。

広さは稽古をするには十分ある。

椅子に老人。

テーブルに酒瓶、手にコップ。

膝に木剣。

普通の老人に見えるが、目が覇気がある。

剣の師弟…


「師匠、お客様です」


「儂にか? どれどれ…」


剣士。

相当の実力者。

たぶん…

いや、確実に。

私では勝てない……


「貴方はモンタギュー・オールディスか?」


「そうじゃ。エルフのお嬢ちゃん」


そうか…

これが、モンタギューか……

元剣聖…

エルフの村を救った英雄…

そして…


「…貴方が…父上?……」


予想外に…

つい思ったことを口にしてしまった…

ここで、これを言うつもりはなかった…


彼は顎髭を撫で、ニヤリと笑った。


「其方がレティーシャ・レインフィールドで、リアーナディアの娘というのなら、儂が父ということじゃの」


この老人が…私の父親……


「…ちち、うえ…」



「レティーシャさん、大丈夫ですか…」


…何故私は泣いている?…


私は父に文句の一つでも言おうかと来たはずだ。


私が生まれてから一度も顔を見せなかった。

それ自体は生きていくうえで問題はなかった。

母に不自由なく育てられた。


だが、子供は足りないものを敏感に感じ取る。


幼いとき、父に会いたいといつも思っていた。

いつしかそれは軽い恨みになっていた。

いつか会って、恨み言の一つも言ってやりたい。

それも一つの生きる意味になった。


父はエルフの村の外にいる。

外に出る力が必要になった。


私は残念ながら、魔法、精霊魔法の才能に恵まれなかった。

弓では単独の戦闘に向かない。

そのため、剣術を磨くしかなかった。


剣は私に合っていた。

全てを忘れるように剣術に熱中した。

いつしか村で一番の剣士になっていた。

剣で一番になりたい、剣聖になりたいという目標もできた。


そのころ、母が父と手紙で連絡をとっていることを偶然知った。

母から書類を持ってくるように頼まれたとき、母の机を探し、偶然手紙を見てしまった。


父は「漆黒の森」に住んでいること、元「剣聖」だったこと、人間だということを知った。


父が人間だったことは特に問題ない。

エルフが人間と交配すると生まれてくる子供はほぼエルフとなる。

エルフは男性の絶対数が少ないため、他種族との混血もできるようになっているらしい。

人間を攫って種にするエルフもいるくらいだ。


問題は時間だ。

人間の寿命は短い。

行動しなければ、永遠に父に会えない。


村を出た。

母は止めなかった。


しかし、そのときの私の実力では「漆黒の森」を抜けることは無理だった。


冒険者になり、実力を磨くしかない。


冒険者は様々な種族がいた。

エルフの冒険者は数が少ないがいないわけではない。

問題は、私が剣士だったことだ。

エルフの適性は弓か、魔法。

他の冒険者からは奇異の目で見られた。

エルフの剣士は使えないと判断された。

そのためパーティを組んでくれる者はいなかった。


一人黙々と剣の修行に明け暮れ、10年ほどでAランクの実力を得ることに成功した。

しかし、所詮はエルフ。

筋力は他の種族に劣る。

天井は見え始める。


目指したのは「Sランク」、「剣聖」。

しかし、そこには届かないだろう現実があった。


正直、焦りはあっただろう。


今の実力では難しいと思いながらも「漆黒の森」に足を踏み入れた。

もしかしたら元剣聖に会えば、何か道が開けるかもしれない…

そんな甘い期待も持ちながら…



父に会うため「だけ」に来たわけではない。

恋焦がれていたわけではない。

私だってもう少女ではない。


だが…

何故私は泣いている?…



父は私の肩を抱いた。


「すまなかったな。謝っても許されないことじゃが。すまなかった」


馬鹿野郎!

子供を育てる覚悟もないのなら、女とやるんじゃない!

…罵倒するはずだった。


だけど、実際は少女のように泣くことしかできなかった。

情けない。


ああ。

感情はそう簡単に自分でコントロールできるものではないな……


どれくらい泣いただろうか。

人生で一番かもしれない。

こんなにも父に会うことを欲していたなんて自分でも知らなかった。


少し恥ずかしい…



「で、儂に会うためだけに森をわざわざ越えてきたか?」

「剣を教えろ」


「ん、なんじゃ?」

「父親だろ。娘に剣を教えろ!」


「おう! さすが、儂の娘! 剣、剣、剣じゃ!」


父上は笑う。

恥ずかしさからか、とっさに口から出ただけの言葉。

だが、良い提案だったと思う。


「よいじゃろ。教えようとも。娘に剣を教える日が来るとはな。想像もしとらんかったぞ!」


何の色気もない会話だ。

そうだ。

自分たち親子はこんなものでいいだろう。

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