第52話 【レティーシャ視点】ルーカス宅
【レティーシャ視点】
「で、どうして、うちに来るのでしょうか?」
夜。
ルーカス宅にお邪魔している。
「あれはダメだ」
もちろん「あれ」とは父上のことだ。
「女好きなのは知っていたが、実の娘の尻を揉もうとするわ、着替えを覗こうとするわ、どうしようもない」
ルーカス殿は納得できるようで、苦笑している。
「なるほど。それはしょうがないですね。師匠の御息女ならば泊めないわけにはいきません」
「申し訳ない。世話になる」
この村で滞在する間の宿はルーカス宅になった。
どうしようもない父親だと思っていたが、本当にどうしようもない…
これまでどれだけ女性に迷惑をかけてきたのだろう、想像もできない。
本当に申し訳ない気持ちになる。
父に会って、すぐに父を恥じるとは…
ルーカス殿は、エレノアさんという年上の女性と二人暮らしをしている。
家事は主ににエレノアさんがやっているようだ。
しかし、夫婦ではないとのこと。
若い男女が同じ家で生活する。
人間では普通なのだろうか?
急な客だが、彼女は文句も言わずに夕食を作ってくれた。
優しい人だ。
「ルー君の剣の師匠さんに言うことじゃないし、レティーシャさんの前で言うことじゃないけれど、ほんとう、モンタギューさんは剣術以外はダメな人よね」
ちょっとだけ口は悪い。
娘を前に言うことではないと思うが、本当のことのようなので反論もできない。
「エレノアさんも迷惑を?」
「いえ、直接はないですよ。ちょっとお尻を見つめられるくらいで…」
本当に申し訳ない。
ルーカス殿は何とも言えない表情をしていた。
夕食の時間。
本日のメニューは、猪肉のステーキ、ウサギ肉のミンチをジャガイモのペーストで包んで焼いたもの、野菜のスープ。
豪華だ。
まずはスープをいただく。
「うまい」
野菜の出汁がよく出ている。
野菜自体も味が濃い。
そして、魔力に溢れている…
やはり、この土地で採れる作物は魔力を含んでいるのか。
ステーキをいただく。
猪肉とのことだが…
たぶん、森に生息する魔獣だろう。
「これは!」
魔獣とはこれほどうまいものだったか?
他で食べた魔獣とは全く違う。
肉は柔らかく、うま味が強く、脂は甘い。
こんな肉は食べたことがない!
途中、口直しにジャガイモを食べる。
「ああ…これだ」
昔、エルフの村で食べた味。
それをだいぶ美味しくしたようなものだ。
肉を包んだジャガイモが、その肉のうまみをすべて吸っている。
ハーブで後味がさわやかになっている。
これは…
ダメだ。
この村の食事はダメだ。
この村から旅立ち、きっと後で思い出す。
無性に恋しくなるだろう。
一回知ってしまったら、もう、ダメだ…
森を出て、冒険者になってからは、食事をまともに楽しんだことはない。
生きるための栄養を摂取する行為。
そう思い、臭いひき肉、硬すぎるパンを薄いスープで流し込んできた。
しかし、そうじゃない。
食べることは生きることだ。
思い出した。
エルフの村で、仲間に囲まれて笑いながら楽しく食事をしていたことを。
「美味しいですか? 口にあったようで良かった。エルフさんに料理をふるまうのは初めてなんで」
「我々は人間と変わりないものを食べているよ。しかし、これほどの物は食べていなかった。もっと質素だった」
「それは私も思います。この村が裕福で、食に貪欲なんですよ。もしかしたらルー君が、かもしれないけど」
ルーカス殿はやはり柔らかく微笑んでいる。
「だって、美味しい食事のほうがいいじゃないですか。その方が幸せでしょ」
普通の村では食うのが精一杯で、味は二の次。
量があればいいんだ。
この村がそれだけ裕福ということだ。
納税もほぼしていなと聞く。
あの森を越えて税金を取り立てに来る者などいやしないからな。
「ステーキも、スープもうまい」
「ありがとうございます」
エレノアさんがお礼を言うが、それを言いたいのはこちらの方だ。
失礼だが、村でこんなうまいものを食べられると思っていなかった。
「私の腕なんてまだまだです。素材がいいんですよ。この村で手に入るお肉、野菜、全部美味しいんです」
エレノアさんはこの村生まれではないとのこと。
外の食糧事情も知っているのだろう。
「そうそう、このお野菜ですが、ルー君が作っているんですよ」
「ルーカス殿は剣士ではないのか?」
「僕は農家ですよ」
「その剣の腕で…本業は農家?」
「僕はそうありたいと思っているよ」
ルーカス殿の答えを聞いてエレノアさんが笑う。
ルーカス殿は不服そうにしている。
さて?
ルーカス殿の職業が農家ということは、剣の方は趣味ということか?
いや。
この村、森を考えると、村人たちは戦える力を持っていないということなのだろう。
彼は強いと思われるが、実際はどの程度なのだろうか?
この村にいる間に手合わせする機会があると良い。
ここに、美味しい料理がある。
あとは酒があれば更に良いのだが。
ここの主人、ルーカス殿が酒を飲まない。
彼はまだ若いという理由で飲まないとのこと。
15歳ならもう成人の年齢ではないかと思うが、こだわりがあるみたいだ。
エレノアさんも飲める口らしいが、ルーカス殿が飲まないので、飲まないらしい。
自分はすすめられたが、自分だけ飲むのも失礼なので断った。
これだけ美味しい料理が出る知っていたら…
エレノアさんと一緒に飲めたのでは…
残念だ。
夕食をたらふく食べて、今は風呂に入っている。
そう、風呂だ。
村の農家でいただけるとは思わなかった。
風呂自体は水魔法と火魔法を使える魔法使いがいるならば、それほど労力を必要とせずに準備はできる。
しかし魔法使いを雇う金は高い。
貴族、裕福な商人あたりしか入浴しないらしい。
通常は水浴びか、濡らしたタオルで拭くだけだ。
水浴びも水が豊富な所だけだ。
しかし…
気持ちがいい…
体中がほぐれていく心持がする。
浴槽は木でできている。
たぶん、この森の木だろう。
ここに来る途中試しに切り付けてみたが、普通の木と違いだいぶ硬かった。
風呂に使われているところを見ると、加工は大変だろうが、水分にも強いのかもしれないな。
香りもよい。
驚くことに、洗い場には石鹸が置いてあった。
初めて使ってみたが、いいものだ。
旅の汚れが綺麗に落ち、良い香りもする。
…ここの村人は王都の民よりも裕福な暮らしをしているのではないだろうか。
ベッドに横たわる。
清潔で、ふかふかだ。
高級な宿レベルなのではないか?
父上を目指し、決死の思いで森を抜け、村まで来た。
父上にも会えた。
しかし、ずいぶん高齢になっていた。
エルフと人間の時間の流れは違う。
間に合ってよかった。
そうだ。
ここに来てよかった。
躊躇して間に合わなかったとしたら、死ぬまで後悔したはずだ。
眠気が襲ってくる。
ずいぶん疲れていたようだ。
明日はきっと剣を教えてもらおう。
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