第53話 【レティーシャ視点】風の精霊

【レティーシャ視点】


「シッ」


上段からの斬り落とし。

ルーカス殿はスルリと躱し、その流れで反撃する。

飛び退いてなんとか躱す。


強い!



父上に剣の教えを乞う。


実力を見るということで、ルーカス殿と手合わせをする。



まずは素直に打ち込んでみた。


ルーカス殿が強いことはその雰囲気から分かっていた。

全力で行った。


しかし、簡単に躱される。


私の長所はスピードだ。

エルフは他の種族と比べて力が弱い。

それはどうしようもないこと。

ならば速度を上げる。

その方向で修行を続け、速度では大概の剣士には勝てるようになったと自負している。


しかし、ルーカス殿は簡単についてくる。

まるでこちらの動きが分かっているように、簡単に。


彼は他の人間の剣士に比べて線が細い。

力は弱いと思っていたのだが…

身体強化が強い。

この強度は何だ!


彼の打ち込みをまともに受け止めると押し負ける。

力はそれほど入れていないように見える。

その強度の攻撃が流れるように連続で来る。

なんとか凌ぐが、ギリギリだ。


距離を取り、呼吸を整える。


彼は涼しい顔をしている。

まだ、余裕がある。


決死で特攻する。

全力の全力。

最速で剣を突く。

そこからの連続の攻撃。


彼はそれを躱し、逸らし、受け、さばいていく。


攻撃が当たる気がしない…


フェイントも織り交ぜながら攻撃をする。

最初は少し戸惑っていたようだが、すぐに対応される。


強いとは思っていたが、ここまで実力差があったとは…

どうすれば…


こちらの一瞬の迷いを感じたのか、彼がスッっと接近し、突き!


なんとか体をひねり躱す、が、体勢が崩れる…

そこに彼の剣が…


「よし。そこまでじゃ!」


父上の終了の合図…

そうか、負けたか…



「レティーシャ、どうじゃったかの?」


「…自分の剣は当たる気がしなかった…」


「ほう、なるのどの。上手くて速いが、怖さがないの」


…それは分かる気がする。

一撃ですべて斬る攻撃がない。

その強さがない。

私は手数で勝つ戦い方だった。


「ルーカスはどうじゃ?」


「勝てたのはギリギリでした。対人の戦闘が経験が少ないですね。フェイントに苦労しました」


「ほう、ほう。おぬしはもう少し攻めっけがあった方がよいの。まあ、おぬしらしいかの」


確かにルーカス殿に攻撃に回られたら、こちらの攻撃のターンにならないまま、完勝されてしまう可能性がある。

本当に本職が農業なのか?

この強さで剣士ではないのだろうか?



その後、数回手合わせをしたが、やるたびに差が開いた。

ルーカス殿は見た目と違い体力があった。

自分の方が息切れをおこした。

また、自分の技術は出すたびにすぐに見切られた。

…もう手札が無い。



「よし。ルーカスも魔力での感知が様になってきたの」


「数年修行していますから」


魔力での感知とは?


父上から聞き出した。

魔力を使って相手の動きを感知する技術とのことだ。

つまり、目、耳等、五感以外のセンサーを増やすということだ。

難しい技術ではないか?


「それは…すぐに魔力が切れるのでは?」


素朴な疑問をぶつけてみる。


「普通はな。そこはルーカスだからな。こやつは剣士より魔法使い寄りだからの。底なしの魔力じゃよ。儂でも戦う間だけ使うのじゃが、こやつは常時使っておる」


「え、師匠。これって常に使って、不意打ちとかに備える目的じゃ?」


「それは理想というものじゃ」


ルーカス殿が魔法使い?

これほどまでに剣を使えて、身体強化ができて、父上の、元剣聖の弟子で?

信じ難い…


「信じられんじゃろ? そうじゃ、ルーカスと一緒に森で狩りをするといいじゃろ。面白いものが見れるはずじゃ」


「ルーカス殿は狩りもするのか?」


「まだ、農業だけでは大変なので。あと、美味しいお肉も捕れますし。じゃあ、明日、森に入りますか」


「よろしく頼む」


「ほほ。レティーシャにも良いことになるじゃろうて」


父上は笑う。

森での狩り。

ルーカス殿がどのように戦うか楽しみだ。



翌日、ルーカス殿と一緒に森に入った。


「ちょっと、探索魔法使いますね」


彼が手を叩くと、一瞬魔法陣が展開されすぐに消える。

魔力が彼を中心に円形に広がっていく。


「うん、熊がいますね。こっちです」


そこには、3メートル越えの熊がいた。

スロータベアー。

脅威度Aの上位!

全てを切り裂く爪と風魔法。

すごい威圧感だ…


「では」


ルーカス殿が消える!

スロータベアーの近くにいた!

すでに、魔獣の首を切り落としていた!


魔獣の体はまだ頭を失ったことを感知できず、力なく腕を振り回している。


速すぎる…


「こんな感じです」


「それは…移動魔法か?」


「はい。あまり使い手はいないかもしれません。なので、秘密ですよ。兄弟弟子なので特別です」


「ルーカス殿は魔法が得意ということだが、遠距離からの攻撃はしないのか?」


「ああ、狩りですので。攻撃魔法だと食べるところが少なくなってしまうんですよ。これが一番いいです」


あくまで「狩り」か…

この森で、Aランクを軽く超える魔獣を獲物と言う。

確実にSランク冒険者相当の実力を持っている…


Sランクなど国に何人いるだろうか?

みな、化け物と呼ばれるほどの冒険者達だ。

そのレベルか…


「そういえば、レティーシャさんは精霊魔法を使わないのですか?」


精霊魔法…


「…私は使えなかったんだ…」


エルフなら物心がつく頃には精霊が見えるようになり、その力を借りることができるようになる。

しかし、エルフでも1割程度はその力がない者がいる。

自分もその中の一人だった…


「才能がなかった」


「えっ…」


彼は首を傾げる。


「才能はあると思いますよ」

「無責任な! あなたに何が分かる!」


「いえ。見えてますよ。レティーシャさんの周りに風の中級精霊がいます。あなたは精霊に好かれていますよ」


そんなはずはない!

生まれてから一度も精霊が見えたことはないんだ!


「これも秘密ですけれど、僕は精霊が見えるんです。彼女たちの力を借りたりしていますよ」


本当か?

人族で精霊使いは稀だ。

しかし、この森で生まれ、育てば、あるいは…


「エイリアナ、お願い」


…風が周りを回る。

草がそよぎ、サラサラと音を立てる。

ルーカス殿に魔法を発動した形跡はない…


「エイリアナは僕と契約している風の精霊です。あ、今、レティーシャさんのところにいる精霊とは別ですよ」


ルーカス殿が優しく笑う……


「精霊と契約している、ということは分かった。しかし、私にその才能は…」


「たまになかったですか? 精霊が見えることが。僕の肩には精霊が乗っていたりするんですが、たまに見ていませんでしたか?」


…確かに、何かいるような気がして見たことはある。

それが精霊?


「うーん。そうですね。見えるけれど、見ていないだけ、かもしれませんね」


「見ていない?」


「精霊ではないですが、よくあるじゃないですか。見たい物しか見えないことって。あとは、見ようとしないと見えないとか。人の目? 脳? って高度なんだか、適当なんだか、映っているいるものをそのまま見ないですよね。フィルターがかかる。今の状況を素直に見たら、結構簡単に見えたりするかもしれませんよ」


「今を見る?」


「失礼になったらすみません。レティーシャさんは真面目なんだと思います。すごく好ましいことなんですが、視野が狭くなっていたりするのかなって」


「ほら、目に、眉に力が入っている。縦に皺ができてるじゃないですか。今、力を入れる必要はないじゃないですか。力を抜いて、リラックスですよ。必要なときだけ力を入れればいいんです。いつも真剣で全力でいる必要はないと思いますよ」


「しかし、力が入っているなど自覚はないが」


「力を抜くって、意外と難しいんですよね…そうですね…重力に負けるイメージとかは?」


「重力に負ける?」


「はい。負けて下に落ちる感じです。頭のてっぺんから下に向かってやっていくといいらしいですよ。頭のてっぺんが下に引っ張られる、次に頭の中が、目が、口が、首、肩、右手、左手、胸、腹、右足、左足」


彼に従って、力を抜こうとするがうまく抜けない。


「ほら、まだ力が入ってますよ」


彼は私の手を取り、揺らす。

その手から優しい魔力が入ってくる。


「回復魔法をかけてみました」


体が温かくなり、少し眠くなってくる。


「あとは考え事をしないように何か他のことに意識を集中するのもいいらしいですよ。呼吸とかですかね」


なんとなく…

私の中に入ってきている彼の魔力を探ってみる。

ああ、温かい…優しい…

そうか…ここ、この部分に力が入っている…

力を抜いていく…


呼吸をゆっくりと繰り返す…


なんとなく…目が、頭がスッキリとしてきたような……


「どうです。力が抜けてきましたか。ゆっくりと風を、世界を感じてください」


遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。

二羽の掛け合いだろうか。

夫婦だろうか、片方が鳴いて、片方が答えている。

花の香りが微かにする。

今までに嗅いだことのない匂い。

それを運んでくるのは風。

そう風が吹いている。

木の葉を揺らし、ゆっくりと、ささやかに、優しい風が吹いている。

風が頬を撫でる。


『……ねえ、聞こえる?』


子供のような可愛い声が小さくする。


「誰?」


『聞こえる! レティ、聞こえる!』


風が舞う。

元気な風が。


そして、精霊がいる。

風の精霊。

小さな精霊。


『ラナだよ! ラナ』


子供のような精霊だ。


「ラ、ナ?」


『ラナ、ラナ! ずっと話しかけているのに無視するから!』


「ずっと?」


『ずっと! レティが生まれてからずっと! ラナ、プンプンだよ!』


生まれたときから、ずっと?

一緒に…


『レティがママのおっぱい飲んでるときも! ママと喧嘩して泣いているときも! パパが欲しいって駄々こねて泣いているときも! おねしょを怒られて泣いているときも! 友達を殴って泣いているときも!』

「ラナ! ちょっと待って!」


生まれてから見ていたってことは、私の恥ずかしいところを全部見ていたわけで、私一人ならいいけど、ここにはルーカス殿がいて。

ルーカス殿はただ微笑んでいる…

聞こえていたよな…


止めなければもっと恥ずかしい過去が掘り起こされていたか…

きっと、あの事とかあれとか…

ルーカス殿に聞かれれるのは…


『やっと話せるようになった! うれしい! うれしい!』


「ラナ。今までごめんね…」


『うん、許す!』


ラナは嬉しそうに飛び回る。

そのたびに風が吹き、木の葉を草を揺らす。


『じゃあ、契約だ!』


ラナが私の唇にキスをする。

精霊との誓いのキスだ。


「くっ」


体が熱くなる。

これが精霊との契約か。

精霊と契約するとその力の一部を体に取り込み、魔力が向上すると言われている。


暫くすると元に戻る。


ステータスを確認する。

魔力が800上昇している。

ほぼ倍になっている。

Sランクの魔法使いレベルだ。


精霊使いになった。

他のエルフと同じ。

これでエルフの村に胸を張って帰るか…


…いや、違う。

それは私の目的じゃない。

私は剣を究める!



「精霊と、ラナと契約できたんですね」


「ありがとう。ルーカス殿の言っていたことは本当だった」


彼を見る。


「肩に水の精霊?」


「メーリーアです」


『こんにちは。レティーシャ。見えるようになったのね。やっと挨拶できるわ』


彼は風の精霊と契約しているはずでは。

水の精霊とも契約している?

複数の精霊と契約するなんて有り得ない。

エルフの、村の女王も、風の精霊と契約しているだけだ。

複数の精霊と契約した話はある。

ただ、伝説レベルの話ととらえられている。

他の属性の精霊同士は仲が良くない。

そのため複数の精霊を契約することは難しい。


「ルーカス殿はメーリーアとも契約しているのか?」


「…はい」


『まったくルーカスはハッキリしないな。すぐにバレるんだ。言っちまえよ! 俺はインゲルデ。ルーカスと契約している火の精霊だ』


火の精霊が、ルーカス殿の肩、水の精霊と反対に座っている。


『インゲルデ! 呼ばれてもいないのに出てくるなんてはしたない!』


『うるせえ! メーリーア。お前はいつもルーカスにくっついてるんじゃねえか!』


『いいのよ。私はルーカスのお気に入りだから。私は水。農業に水は役に立つけれど、火ではそうは行かないわよね』


『うるせえ! うるせえ!』


火の精霊とも契約しているのか?


ルーカス殿は困ったように笑っている。


「そういうことなんですよ。これも内緒ということにしておいてください」


なるほど…

ルーカス殿は伝説レベルの精霊使いだった。

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