第33話 12歳、村、葬儀

やはり、素振り。

なんとか心を立て直そうとする…

なかなか難しい。

1週間は心にダメージがあるかもしれないなぁ…


倒れるまで疲れて、そのまま眠りたい気分だ。

最近体力が付いたので、剣の修行ではそこまで疲れない。


森へ入って、全力の身体強化をして暴れようか?

魔獣がいたら、全力で倒す。

まったくの八つ当たりだけどね!



「…すみません」


どれくらい時間がたっただろう、助けた女性が出てきた。

目を赤く泣きはらしている。


「すみません。助けていただいたのに、失礼なことを…」


「いえ。お友達が亡くなったのですから、しょうがないです…」


むしろ今日中に立ち直るとは思わなかったくらいだ。

いや、立ち直っているのではなくて、強がっているだけなのだろう…


「こちらでお茶でもどうです?」


絵里香さんがお茶を入れてくれる。

僕も素振りを止めて、テーブルに着く。


「私はエリカよ。こっちの少年はルーカス。貴方、お名前は?」


「エレノアと申します」


絵里香さんが入れてくれたハーブティーは美味しい。

疲れた体に心に染み渡る。

前世ではハーブティーなんか飲まなかったな。

専らコーヒーだった。

苦めのヤツ。

それに牛乳を入れて。

今、思い出す情報じゃないな…



「それで、どうして森にいたのかしら?」


「あ…生まれた村に帰省しようとしていたんですが、道を間違えて…」


エレノアさんは下を向いたまま答える。


「…そう。それは大変だったわね。これからどうします? 近くの街にお送りしましょうか」


彼女は体をビクリとする。

…?


「いえ、可能ならばこの村に住まわしていただけませんでしょうか!」


絵里香さんを見つめ、先ほどよりも強い声。

必死だ…


「…そうね。大丈夫だと思うわ。この村には多少余裕があるからね。村でできる仕事をゆっくりと探すといいわ」


「ありがとうございます!」


エレノアさんはほっと胸をなでおろす。


…うん、そっか。

普通に考えたら、森で女性二人って、何かあるのだろう。

たぶん、その本当のことは言っていない。

だけど、悪い人じゃなさそうだし、過去の事情なんてどうでもいいか。


彼女は今ここにいて、この村で暮らしたいと言っている。

それは本当の事だろう。


取り合えず絵里香さんの家で彼女を預かることになった。

絵里香さんもだいぶ高齢になったので、家のことを手伝ってもらえればとのこと。


「そういえば、エレノアさん、お腹空いていないのかしら?」


「いえ、それほどは…」


遠慮だろう。

少なくともここ一日は何も食べてないはずだ。

しかし、体は素直。

グウゥゥと、彼女のお腹は空腹を思い出したように音を立てる。

彼女は赤くなって俯いた。


「遠慮しなくて良いのよ。そうね、久しぶりの食事でしょうし、トマトのパン粥にしましょう!」


トマトのパン粥を僕もご相伴になった。

絵里香さんの料理は美味しい。

そして使われているトマトは僕の家のトマトだ。

これがまた料理をすると香りを残しつつ、すごく甘くなって美味しいのだ。


お粥…パンでもよいけれど、日本人としてはお粥は米が良いと思う。

ご飯、お米、ライス…懐かしい。

絵里香さんの話だと、やはり東方の国々では米を栽培しているらしいが、なにしろ遠いのでこの国では高価らしい。


この村の気候は日本の東北地方くらいなのだろうか?

だとすれば米の栽培もできそうなものだが、僕にはその辺の知識は無い。

一度、その東方の国々に行ければ良いのだけれど…


農業も忙しいし、瞬間移動の魔法を覚えない限り無理かなと思う。

あとはドラゴンと友達になって乗せて行ってもらうとか?



エレノアさんはスプーンでパン粥を掬って口に運ぶ。


「…うぅ…美味しいです…こんなに美味しいのは生まれて初めて食べました…」


エレノアさんは必死に食べた、涙を流しながら…

どのくらい食べてなかったのだろう…

食事を食べることができるのなら、きっといつか元気になる。

この村でいっぱい食べて、幸せになってくれればよいなと思う。


サラさんの分まで生きて、老衰で死ぬまで生き抜いてほしい。

きっとそれがサラさんへの手向けになるのではないだろうか。

彼女には言わないけどね、おせっかいだから。


最低、食べるものと寝るところは必要だ。

衣食住が足りて、命の安全が保障され、そして集団に自分の居場所があり、その後に他者から認められ、創造的なことをする。

前世で少し読んだ自己啓発本に書いてあった、マズローだったかな。

そんなことを思い出した。

衣食住、命の安全はこの村にあると思うよ。



この村は平和なんだなとしみじみ思う。

そして外の世界はどうなっているのだろうかとも思う。

彼女のように生きるのに必死になっている人たちの割合はどの程度なのだろうか?

子供はどの程度の割合で大人まで生き残れるのだろうか?

どこかの国王は悪政をして、国民を飢えさせていないだろうか?

魔王がいたり、魔族の国と戦争をしていないだろうか?

もしかしたら魔物に支配され、人間が奴隷のように扱われている国があるかもしれない。


でもね。

僕はそれを知らない。

だから、もしこの世界でそんなことが起こっていたとしても、助けにはいけない。

それでいいのだと思う。

僕は神様じゃないから、すべての人を救えなんかしない。


出来ることだけ。

出来ないことを無理にやろうとするとどこかで間違えるだろう。


…そうだね、今日助けた彼女は何とか幸せにできるだろうか?

彼女が誰かに会って、幸せになるまで、支えられれば良いな。



翌日、サラさんの葬儀を行うことになった。

サラさんは村の方式で弔ってよいとのこと。

特に宗教の縛りはないとのことで良かった。


参列者は、エレノアさん、絵里香さん、僕とその両親、村の代表として村長さん。

サラさんの知り合いはエレノアさんしかいないので、それでは寂しいだろうと、僕の両親と村長さんが参列してくれた。


村では遺体を火葬する。

この世界に魔物が発生するため、土葬にした場合、周辺を漂っている悪い霊体が死体に憑りつきゾンビ化する可能性がある。


薪を積み、その上に木の棺を置く。

火の魔法使い、今回の場合は母さんが薪に火をつける。

火は一気に燃えあがり、棺を包む。


前世、日本では死は穢れという文化もあったと思う。

火による浄化という意味もあるのだろうか…


この村では死に穢れのような意味を聞いたことはない。

次の生への旅立ちのようなイメージらしい。

故に、悲しいことではなく笑って見送ってあげようという感じなのだけれど…


それは建前だ。

エレノアさんは燃え上がる炎を見つめている、涙を流しながら…

送る人は悲しいと思う。

次に生まれ変わるとなっているけれど、本当かどうかは生きている人には分からないし、今世では故人にはもう会えないのだから。

今まで一緒にいた人がいなくなる、喪失感というのだろうか、それは大変だろう。


泣いている彼女…

情けないことに僕には彼女にできることが分からない。

だから、その手をそっと握ってみる…

それくらいしか思いつかなかったから。


彼女の手は震えていた。

それでも握り返してくれた。

ずっと手を握っていた…



暫くすると火は消え、骨が残る。

参列者は火葬場を離れ、ちょっとだけ待機する。


その間、係が骨を拾い、それを砕き粉にする。

参列者が故人の骨を砕くというのも酷なことなので、別の者が行うということだ。

砕かれた骨は壺に入れられ、参列者に渡される。


一同はそれを持ち、森へ向かう。

そして、それを森に散骨する。

亡くなった方は森と一体となり、村に自然の恵みをもたらす。

ということらしい。


まあ、墓を作ると村の土地を使うということになる。

村ができたころは良いだろうが、年を重ねれば墓の数が増える。

墓に必要な土地は年々増えていくことになる。

森の中の村という立地では土地は貴重だ。

そういう理由もあって散骨なのではないだろうか。


では、墓参りとかはどうなっているのかというと、存在しないというのが答えだ。

建前上、故人の魂は次の生のために旅立ったということになっている。

そのため、この世界には存在しない。

存在しないものをお参りするのも違うということになる。

まあ、本当にそれは建前で、故人を偲ぶ、次の生へつながるようにという祭りが年1回存在するのだけれどね。


僕自身はどのように弔われてれても良いと思っている。


葬儀は残された者が、亡くなった者にお別れする儀式。

故人への思いを整理…ではないか…少しだけお別れする切っ掛けを作るだけかな。

残された者のためのものだと思う。

見送る者にも時間と区切り目が必要で、そのための儀式が葬儀なのかな。


きっとエレノアさんがサラさんを忘れることはないのだろう。

だけど、悲しい記憶は薄れて行って、楽しい記憶が残るといい。

エレノアさんが幸せになるのが一番いい。


遺骨の灰は、風に乗って、森に流れる。

サラさん、ごめんね、助けられなくって…

さようなら、そして、安らかに…

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