第34話 12歳、一歩だけ前進
家での夕食の席。
姉が旅立ったため、両親と僕の3人。
まあ、姉もそれほど話すタイプではなかったので、活気という面ではそれほど変わらないのだけれど、人が一人いなくなるのは寂しいものだ。
夕食には野菜がふんだんに出る。
その季節の葉物とか、貯えられているイモ類とか、玉ねぎとか。
魔獣の肉も簡単に手に入るため、新鮮なものが出る。
しかし、調理法は基本焼き、煮物。
調味料は塩とハーブ。
本当に美味しいのだけれど、絵里香さんのところの料理に慣れてしまうとちょっと物足りない…
母さんには本当に申し訳なく思う。
もちろん、そんなことは表情にも口にも出さないけれど。
前世の調味料とかを再現したいな…
「…ルーカス」
びっくり!
珍しく父さんが口を開く。
食事の席で父さんから会話するなんて、何年振り?
「え、何?」
「…人を助けたら責任が発生する。その人が生活できるまで面倒を見ることだ…」
「うん。僕、エレノアさんを助けるよ」
もちろんそのつもりだ。
彼女が安心してこの村で生活できるようにしないといけない。
それまで僕が手伝っていきたい。
「…エリカさんの家で一緒に住むがいい…」
「…え?」
絵里香さんの家に行く?
エレノアさんの面倒を見るために?
「! ウィリアム、何を言っているの? ルーカスはまだ12歳よ。子供なのよ」
母さんが立ち上がり、反対する。
しかし、父さんも引かない。
これは珍しい…
「…マイラ。ルーカスは学校も卒業し、森へ入れる…もう子供ではない。親離れの時期だ…」
「それはルーカスが頑張っただけで、年齢はまだ子供よ! 親から離れるのは早いわ!」
「…イザベルとは違う。村から出ない。エリカさんのところだ。心配ない…」
「心配はないけど…イザベルもいなくなって、ルーカスもなんて…早すぎるわ」
ああ…そうか。
母さんは寂しかったのか…
姉さんが旅立つときもそんな素振りは見せなかった。
でも、自分の子供だ。
それは心配するだろう。
きっと強がっていたんだ…
それで、このタイミングで僕が出ていく…
「…ルーカス。どう思う?」
だけど、僕は…
「僕、エリカさんのところに行くよ。エレノアさんを助けたのは僕だし。近くでサポートしたい…」
それに絵里香さんも高齢だ。
同郷の身としてもちょっと心配している。
僕を転生者と知っている唯一の人だし。
…実は、姉が旅立ったときに少し考えていたことがある。
姉は親元を巣立っていき、自立しようとしている。
では、僕はどうだろうか?
農家になるという目標はまあいいだろう。
このまま父の農地を継いで農家を続けるのか?
それでも良いと思うのだけれども…
何かしっくりこない。
もう少しだけ僕の力でやってみたいというか…
今この家を出ていったとして、実家の農家の手伝いをするのだけれど、いつかは自分の畑を持って、家を持って、家庭をもって、というのが僕のスローライフのイメージ。
いいタイミングなのかもしれないな…
親元を離れるだけで同じ村で、絵里香さんの世話になるかもしれないけれど…
一歩だけ前進する。
一歩だけだけど、それを続ければどこかにたどり着くのだろう。
僕の目標はスローライフ、急ぐ必要はない。
「ダメよ! ルーカスはまだ子供なんだから!」
「…マイラ。俺たちも子離れする時期では。子供は親の物ではない…ルーカスも決めた。尊重しよう…」
「ウィリアムのバカ! あなたが促したんじゃない! もう、知らない! どこへでも行きなさい!」
母さんが勢いよく部屋を出ていく…
力いっぱい扉を閉める音
怒っているなあ…
まあ、母さんは父さんが何とかするよね…
夫婦だし。
「…急だったか…ルーカス」
「うん。だけど、独り立ちが少し早くなっただけだよ。きっと今回のようにタイミングがないと踏ん切りがつかなかったから…ちょうどいいんだよ」
「…そうか」
「エリカさんに許可をもらわなきゃ」
「…話は通っている」
昨日のうちに父さんは絵里香さんに話を通していたらしい。
こういうところは行動的なんだよね、父さん。
ということは決定事項だったってことで、僕の意思は? となるんだけど…
まあ、いいか。
…
自室に戻り、引っ越しの用意をする。
といっても、それほど荷物はない。
服を季節ごとに数着、それと下着類。
剣と鉈。
ちょっとだけのお金。
寝具は絵里香さんの家にあるかなあ?
念のため持っていくか。
机も念のため。
絵里香さんの弟子ということで常時借りているマジックバッグに詰め込めば終わり。
非常に簡単。
前世だと引っ越しは非常に大変だった。
電化製品がでかくて重くて量が多い。
服も多い。
食器や調理道具。
それらを段ボールに詰め込む。
引っ越し先ではそれを荷ほどきしないといけない。
お金もうん十万と飛ぶし…
このマジックバッグがあれば、どんなに楽だっただろう。
荷物の持ち運びが非常に楽。
引っ越し業者は廃業かもしれない。
荷物を準備し、何もなくなった部屋は思っていたよりも広く感じる。
僕が物心着いたときから今までずっと育ってきた部屋だ。
ちょっとだけ寂しくもある…
部屋を掃除をして綺麗にする…
感謝だ。
ありがとう、今まで。
前世で、実家を出たのは大学入学だったな。
僕はどうしてだが実家を出たいと思っていた。
別にそれほど大層な理由はない。
なんとなくだ。
それほど学業ができたわけじゃないので、地方の入りやすそうな大学に合格。
期待通り、実家を出た。
だからって楽しいだけじゃない。
一人は忙しい。
料理に洗濯、掃除、ゴミ出し。
お金も下ろさないといけないし、公共料金の支払いとかも面倒だ。
そして、ふと、寂しさを感じる。
誰も待っていないアパートに帰ったとき、夕飯を一人食べているとき、真っ暗な部屋で寝るとき。
まあ、楽しいこともあった。
ゲームも本も夜更かしでできたし。
面倒なら風呂も入らないで寝たし。
それで、大学で眠くなって、成績はあれだったけど…
まあ…いい経験だと思っている。
無駄ではないよ。
コンコン
扉を叩く音。
ああ、この叩き方は母さんだ…
「…ねえ、ルーカス」
ドア越しの声。
「…寂しくなったら帰ってきていいのよ。彼女が独り立ち出来たら帰ってきていいのよ…」
僕もドアを開けずに答える。
「うん。母さん、ありがとう」
感謝だけを伝える。
同じ村にいるのだからいつでも会えるんだよ。
何かを言おうとしていたのだろうか?
しばらく母さんはドアの前にいた。
しかし、やがて、ドアから遠ざかる足音。
ゆっくりと…
母さんには感謝しかない。
とても優しく、たまに厳しい母さん。
僕は転生者なので普通の子供と違いそれほど無茶はしなかったけど、それでもたまには怒られることもあった。
でもそれは僕を心配してくれるからのことで、感謝しかない。
この家は母さん中心に回っている。
父さんと姉さんは口数が少なく、何を求めているかがわかりにくい。
それを理解して問題ないように家庭をコントロールしていた。
僕と姉との喧嘩も調停してくれたし。
まあ、ほぼ僕の負けで終わってたけど。
…この家で生まれて、この家族で良かった。
僕もこんな優しい家庭を作りたい。
そして、母さんよりも長く生きたい。
母さんが旅立つのを看取ってあげたい。
前世でできなかったことだ。
これが今世での目標の一つだ。
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