第35話 12歳、引っ越し、風呂、イベントなし

絵里香さんの家。

部屋を借り、掃除、その後荷物をほどく。

マジックバッグから取り出すだけなのでこれもすぐに終わる。


ベッドに座り、部屋を見渡す。

部屋の中は前とそれほど変わらない。

窓からの眺めが違う。

前の部屋とは方向が違うのでこの窓からは山が見える。

山頂の方はまだ雪を被っている。

相当標高の高い山らしい。

どんな魔獣が住んでいるのだろうか?

良くある話だとドラゴンかな。

何かイベントの発生の匂いがプンプンする…


うん。

君子危うきに近寄らずだ。

とりあえず近づかないようにしておこう。


引っ越しは終わり。

あとはこの家の人と生活がなじめるか…

絵里香さんところには頻繁に来ているけど、生活するとなると話は別。

僕もそれほど人付き合いがうまい方じゃないから、エレノアさんとうまくやっていけるか…

前世の知識だと、引っ越しとか家族構成が変わったときが、ストレスが一番高いらしい。

その付近がうつ病発症リスクが高いのだとか…

別に死別とか離婚とかそういうマイナスなことじゃなくてもだ。

結婚とかそういうプラスの事でもらしい。

まあ、適当に頑張ろう。



「私のせいで家を出ることになって…すみません」


エレノアさんには荷ほどきを手伝ってもらっていた。

それほど作業もなく、すぐに終わったのだけど…


彼女の長かった髪は頬あたりまでのショートになっている。

彼女の髪は、狼たちに襲われて、切られて、乱れていた。

絵里香さんに整えてもらったらしい。


それにしてもずいぶん思い切った長さにしたものだ…


…この髪型…

ちょっと思い出に触れるんだよね。

もう思い出しても叫びだしたりも、鬱にもならないほど、前の記憶…

小学生のときの初恋の女の子。

ショートカットで日に焼けた健康的な子だった…

笑顔の可愛い女の子だった。

廊下で会っても声を掛ける勇気もなくて、ただすれ違うだけ…

遠くから見るだけ。

結局、何もなくて、違う中学に行って、そのまま…

まあ、そんなものさ、初恋なんて…


上手くいくやつは学生時代に彼女を見つけて、20代で結婚したりしてたなぁ…

幸せなんて人それぞれ、いつ結婚するのが良いのかなんて、絶対的な正解なんてない…はず。

少しだけ悔しさもあったりする。

少しじゃなくて、結構かも…



「どうしました? 私の顔に何か…」


「すみません。何でもありません」


エレノアさんの顔を見つめてしまっていたらしい。

他の女性を重ねるなんて失礼だよね。


思い出は思い出。

今は前世ではないんだし、今できることを考えよう。



「おーい、ルーカス君、お夕飯手伝って!」


キッチンに行き絵里香さんの手伝いをする。

エレノアさんも来ていて、手伝いながら調理法を学んでいるとのことだ。


「あ、今日は兎のステーキですか?」


「残念。兎肉のシチューとパンね。お肉切ってくれる?」


兎は比較的沢山とれる魔獣のため、食卓に上る機会は多い。

煮込み料理が多いが、丸焼きも食べる。

今回はシチュー。

肉を切って、野菜、ハーブと一緒に鍋で煮込む。

最後に牛乳、バター、塩胡椒で味を調えて完成。

結構簡単だ。

ただ、手間がかかる。

なので、料理してくれる人には感謝!


この胡椒、この村で収穫されたものだ。

前世の知識だと胡椒はインドとか熱い国で採れるものだと思っていた。

この世界の胡椒はこの村でも栽培可能らしい。

大変良いことだ。

胡椒のありなしで料理の幅がだいぶ違う。


そう、結構好きなんだよね胡椒。

チャーハンとかは大量の胡椒を掛けるタイプだ。


なんか、昔は胡椒は邪道、すべてが胡椒の味になってしまうって言っていた料理研究家がいたとかいないとか…

美味しければいいじゃないかと思う。

…いいさ、結局僕は味音痴なんだろう。

だからどうした?

問題なし!


そういえば、顆粒出汁を使うな出汁は自分でとれとか、カレーはルーを使うのは素人とか、五月蠅いのもいたな。

手を掛けないと料理じゃないとか。

別に美味しければ良いと思う。

そして、美味しいものが簡単にできるのならばそちらの方がいいに決まっている。


前世では独り暮らしで、冷凍食品にずいぶんお世話になりました。

料理ができないわけじゃないけれど、一人分を作るのは結構面倒だ。

僕が亡くなったあたりでは2人前のレシピもでてきたけど、昔は4人前のレシピが当たり前だった。

カレーなんて少なめに作っても、3日夕飯カレーになったし。

カレーは好きだからいいんだけどね。

コロッケを乗せたり、卵を乗せて焼いて焼きカレーにしたり、麺つゆでカレーうどんにしてみたり、具を潰してパンに乗せてカレーパンとか、レパートリーもある。

味変としては、中濃ソース、マヨネーズもよいが、ラー油も良い。

香りがいいんだよね、ラー油は。

意外と味は変わらないよ!


と、そんなことを考えていると、煮込みは終わり、シチューが完成する。



3人で食卓を囲む。

そっか、絵里香さんは一人で食べていたのか…

寂しくはなかったのかな?


手を合わせて…


「いただきます」

「いただきます」

「?」


エレノアさんは不思議な顔をする。

この挨拶こちらには風習がないんだよね。

というか日本の文化かな。

キリスト教の文化だと神様に感謝するんだっけか?


「これは食べ物に感謝を表す文化なのよ。できればエレノアさんも一緒にお願いね」


「はい。食べ物に感謝するというのは素敵なことだと思います。いただきます」


彼女は手を合わせる。

僕と絵里香さんは顔を見合わせて微笑む。

素直な人は、良い。


彼女はシチューにスプーンを入れて、肉をすくう。


「お肉…」


少し見つめ、意を決したように口に運ぶ。


「…美味しい」


そして、瞳から涙が…なぜ?


「エレノアさん、どうしました? 怪我が傷みますか?」


怪我はすべて魔法で治したはずだけれど残っていたのか、新しくできたのか?


「違うの…こんな美味しいお肉初めて食べた…サラにも食べさせたかった…ここまで生きていれば…もう少しだったのに…」


そうだよね。

すぐにサラさんが思い出になるはずはない。

まだまだ思い出して、涙する。

そんなものだ。


「そうね。サラさんもきっと喜んでくれたかしら。あなたは彼女の分までしっかり食べてね」


絵里香さんの言葉に頷きシチューを食べ始める。

ゆっくりとだけど。


…しっかりお替りもしてました。

食べられるのならば大丈夫だ。

生きていける。

生きていればそのうちいいこともあるはずだ。

きっとね!


…うん。

兎肉のシチューは最高だ。

明日は何を食べられるだろうか?

楽しみ。



この家、すごいところが一つ。

お風呂があるというところだ!

絵里香さんが日本人のため、求めたとのこと。

彼女の家にはある、しかし村にはこの文化は広がらず。

何故? と思うが、もしかしたらこれも神様の文明発展疎外か?

いや、風呂の文化はローマ時代にもあったはず(ある漫画の知識より)。

風呂の管理が面倒だからかな。

共同浴場だと他人に裸を見せるのが嫌だとかありそう。


一般の家庭は布を濡らして体を拭くだけだ。

…物足りない。


お湯につかった方が疲れも取れてよいと思う。

本当にこの文化が広がらないのが不思議だ。


この世界は魔法があるので風呂の用意も簡単。

まず、掃除の魔法を実行。

次に、水魔法で水を張る。

そして、火魔法でお湯にする。

これだけだ。


絵里香さんも簡単にできるのだけれど、僕の仕事が少ないので、僕がこれをやる。

作業時間5分程度で完了する。

非常に楽。

魔法万歳!


僕のお湯張りをエレノアさんは不可解そうに見学していた。

やはり、お風呂という文化は他の街にも無いということだろうか…



入浴の順番は、家長の絵里香さん、エレノアさん、僕の順だ。

僕が最後なのはお湯が冷めたときに簡単に温められるからだ。

エレノアさんは魔力が少ないのでできないらしい。

彼女の魔力はこの村では見たことが無いくらいに低い。

たぶん赤ん坊程度しかない。

ちょっと生きるのが大変じゃないだろうか、と思う。


エレノアさんは初めてのお風呂なので、今回は絵里香さんと一緒に入った。

風呂の入り方を教えてもらう。


さて、年頃の女性の入浴というイベント。

普通ならばドキドキなのだろうが、僕はまだ12歳、女性に興味を持つにはまだ早いらしい。

ちょっと残念。

それとエレノアさんは痩せすぎている。

僕の守備範囲からはちょっとな、ということころ。

女性は少し柔らかそうな方がタイプだったりする。

まあ、女性と付き合ったことはないのだけれど…

…贅沢は言ってられないよね。

…気を付けよう。



待ち時間は魔法書を読んで過ごす。

絵里香さんの家は魔法書が豊富で退屈しない。

魔法についての考察とか、歴史書とか、魔法を使った場合の戦術書とかもある。


女性の入浴は長い。

1時間ほど後、出てきた…


「どうでした、お風呂は?」


「とても気持ち良かったです!」


彼女の体は温まり、ほんのりと赤みががっている。

色気は…

…やっぱり、ちょっと痩せすぎだよなあ…


この村でちゃんと食べて健康的になってほしい。



僕もお風呂をもらう。

石鹸で体を洗う。

石鹸は高価なものだが、絵里香さんはお金持ちなので定期購入しているらしい。

ハーブが練りこまれているらしく、良い香りがする。


そして、湯に入る…


「はあ…」


やはり、お湯は良い。

こちらで12年間過ごしていても、前世の習慣は忘れないものだね。


そうだ、温泉も良いよな。

どこかに温泉がないものだろうか?

火山があれば、その近くにありそうだけど。

この村の情報だとそれらしいのはない。


僕は冒険者として世界を回ることはしない。

たぶん、一生温泉に入ることはないだろう。

とても残念。



しかし、温泉ね…

懐かしい…

休みの日には一人日帰り温泉を巡ったものだ。

箱根、湯河原、草津、四万、伊香保、日光、鬼怒川……

草津のあの皮膚が溶けるような強い酸性のお湯…

お湯はいいんだけれど、山奥すぎていくのが大変なんだけどね。


スノボーをする友達に、草津より更に山奥に万座温泉というのがあるというのを聞いたことがある。

そこもお湯が良いらしいんだけど、あまりに山奥すぎて僕は行ったことがない。

僕はスノボーもしなかったしね。


もっと色々行けばよかったな…

ちょっと残念。


温泉と言えば温泉饅頭。

一説には伊香保温泉の勝月堂が発祥とされている。

ふっくらとした皮と甘さ控えめのあんこ…あれはいいものだ。

お饅頭、あんこも食べたいな。

小豆は作れそう、もしくは代用がありそうだが、問題は砂糖だ。

この村では甘味料と言えば、フルーツと蜂蜜くらいだ。

…いや、もしかしたら蜂蜜であんこつくれないだろうか?

蜂蜜はちょっと癖が強いから期待したあんこの味にはならないだろうけれど、何とかなるか?

…あんこの作り方が分からない。

豆を柔らかく煮て、甘みを加えればよいのだろうか?


少し暇になったら料理も頑張ってみよう。

今は戦う力をつけたい。

剣と魔法だね。



風呂から上がりベッドで天井を見上げる。

ここも知らない天井ってやつかな。

ベッドも枕も僕の物だけれど、部屋の違いですぐに寝られない…


体は疲れているけれど、気持ちが高ぶっているか…

僕もまだまだ修行が足りないか。

師匠に怒られるかな。


ちょっと瞑想をしてみたのだけれど、眠れなかったので、睡眠の魔法で寝ようと思う。

エレノアさんは寝れたのだろうか?

睡眠の魔法を掛けてあげたほうがよかったか?


そんなことを考えたが、すぐに眠りに落ちてしまった。

さすが、睡眠魔法。


絵里香さん宅、引っ越しの初日、無事終了。

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