第36話 【エレノア視点】サラ、またね

【エレノア視点】


本日の天気は良好。

シーツと洗濯物を庭に干し終わり、一息つく。

綺麗になった洗濯物が風になびく。

気持ちがいい。



本当にこの村は平和だ。

外で聞いていたのとは大違い。

噂って全くあてにならない。


この森の村で生活を始めて1週間ほど経った。

比較的問題なく過ごしていると思う。


ただ、まだまともな仕事をしていない。

エリカさんの世話をするのが、当面私に与えられた仕事なのだけど、彼女はしっかりしているのでそれほど手を貸す必要がない。

掃除とか料理の手伝いとかその程度…

もう少し貢献したいな。



ここに来るまではいろいろあった…



生まれはサンバートフォード王国の田舎の村。

ここからはとても遠いところ。

国の反対側。

その村は本当に貧しかった。

この村とは大違いだ。


家族は父、母、私、弟、妹、妹だった。

みんな食べるのもギリギリで痩せていたけれど、それなりに幸せに暮らしていた。

弟は私の三つ下、上の妹は四つ下、下の妹は五つ下だ。

皆ともとても可愛らしく、仲の良い兄弟だったと思う。


あの年、私が10歳の年、農作物が不作で食べるのに困ることになった。

本当に、もう、死にそうまでにお腹が空いていた。

何だって食べた。

もちろんその辺に生えている雑草は食べたし、弟と妹で虫を捕まえてきてそれも食べた。


不作の年でも税としてとられる作物の量は変わらない。

そもそも納める量の作物すら採れていないのにどうしたらよいのだろうか?


そんな状況だから、しょうがないじゃない、私が売られるしか生き残れる道はないじゃない。


父さんも、母さんも泣いていた。

謝っていた。

弟と妹はよく分かっていないのか「ねえね、いつ帰ってくるの?」って。


私が決めたことだけれど、不安で怖くて、家族と離れるのが寂しくて私も泣いた。


家族は今どうしているだろうか?

幸せに生きているといいな。

いつか、会いに行きたいな。

遠すぎて、そこまでの旅費なんてないんだけど…



私を買ったのは、まあ、女性の性を売る娼館だ。

力仕事のできる男性ならまだしも、力のない女性を買うのなんて娼館くらいしかないし。

だから売られる女性の行き先はほとんど娼館だ。

それは覚悟の上。


運がよかったことに、店主夫婦は比較的善人で、優しくしてもらえた。


サラと出会ったのもその店。

彼女もやっぱり貧乏農家の娘だった。

やっぱり子だくさんで、同じように不作の年に売られたらしい。

同い年だったしすぐに仲良くなった。

おっとりとして、優しい子だった。


私が体を売ったのは14の頃から。

もちろん初めてはお客さんだった。


何故だか色々なお客さんに気に入られて、そこそこ稼いではいた。

仕事は大変だった…

色々なお客さんがいた。

優しい人もいれば、もちろん嫌な客もいた。

暴力を振るわれたりもした。

そんな人は出禁になるんだけどね。



17のときに店主夫婦が亡くなった…

魔物に襲われて…


お店は息子が継いだ。

これがダメな奴だった!

女の子を商品、物としか見ないヤツだった。


そいつは女の子を限界まで働かせて、限界まで稼ごうとした。

女の子はだんだん体調を崩して、病気になっていった。


働く女の子が減るから、残りの子たちがさらに働かされる。

当たり前だけど、働かせられた子はすぐに体調を崩す。

悪循環だった。



18のとき、サラと私、ほとんど同じ時期に病気になった。

最初は皮膚の弱いところに小さな発疹ができた。

そして、だんだん広がっていった…

絶望した…

一方で、私たちにも来たんだと諦めもあった…


他の子たちもこの病気になった。

最初は小さな発疹だったんだけど、すぐに全身に回って、だんだん腐って亡くなるんだ。


症状の進んだ子たちは店からいなくなった。

きっと、稼げないから店から放り出されたんだと思っていた。

みんな行くところなんかないのに…



だけど違ったんだ…


あの日、私たちはもう体もうまく動かなくなって、ずっと寝ていたんだけど、縛られて、馬車に乗せられて、森に捨てられた。


森は「漆黒の森」とか「絶望の森」とか呼ばれる、魔獣に支配された森。

街の近くで出る魔物なんて目じゃないくらい危険な魔獣がいっぱいいるところだ。


お客さんから聞いた話、若い冒険者が腕試しで入るけれど、帰ってきたものがいたいとか、国が魔獣討伐のために出撃させた騎士団が全滅したとか…


店のアイツは私たちをそこに捨てたんだ!

魔獣に食べさせて、処理しようとしたんだ!

たぶん、他の子たちもそうして処理したんだ…


病気になった時点で死は覚悟していたけれど、魔獣に食べられて死ぬのはイヤ!

何とか森から出て、餌としてじゃなくて、人間として死にたい!


サラと二人で足掻いたんだけど、道にも戻れなかった。

そして、すぐに狼に囲まれた…


これも冒険者の客さんに聞いた話。

たぶんこの森に済む狼「デスウルフ」…ほんと単純な名前。

一般の人が遭遇したら死ぬしかない狼。

たしか一匹一匹はBランクの魔物だったかな。

だけれど群れが基本なので脅威度はAランク。

Aランクの冒険者パーティでいないと対処できないレベル。

Aランクの冒険者なんて街のトップだ。


まあ、私たちみたいな末期の病人では、Gランクのスライムにさえ殺されるだろう。

過剰戦力もいいところだ。



だけど、簡単に食べられてあげない!


サラと必死に抵抗した。

落ちている木の枝を拾って、振り回して。

だけど、素人よね。

効果なんてなかった。


「エレノア、危ない!」


サラが私をかばった。

狼の爪はサラの背中を引き裂き、牙は足の肉を抉った。


「サラ!」


必死に木の枝を振って、狼の頭に叩きつけた。

狼は後退したんだけど、その顔はこっちをバカにしているようだった。


「サラ、しっかり!」


彼女を抱きしめて、枝を振って、狼を牽制した。


「…もう…私ダメかも……ねえ、エレノア…あなたは生きて…ね…」

「サラ! サラ! ダメよ! 生きるの! こんなところで犬っころの餌にならないよ!」


だけど、サラの体から力が抜けて…


私の抵抗も無駄で、私もサラも傷は増えて行って、私ももうダメだって諦めかけてた。

サラは私に生きてって言ったけど、きっと彼女も私が助からないことは分かっていたよね……

…私、頑張ったよね?



そして彼が来た…


「大丈夫ですか?」


少年だった。

可愛い顔をした、ちょっと線の細い少年。


彼があの死の狼を魔法で、剣であっけなく倒していく…

夢だと思った。

だって、それができるのって、Aランク以上の冒険者よ?

その年齢で?

あの少年が?


本当に…助かったの?


ホッとしたからかな、私は気を失った……



目を覚ますと、ベッドに寝かされていた。

ゆっくりと思い出す…

サラと一緒に死の狼に襲われて、少年に助けられた。

ここは、少年の家?


ベッドから降りる。

体の痛みがないことに気づく。

怪我がなくなっている。

治療してくれたらしい。

あの怪我を治すくらいの治療だから、高価な魔法薬か、もしくは高度な回復魔法…

…請求されたら返せないよね…

今度はただ働きかな…


嫌だな…

命が助かっただけでもよかったのに、すぐにお金の心配をするなんて…

貧乏根性が染みついてしまっている。


もしかしたら善意で治療してくれたのかもしれない。

さすがに都合がよすぎるか?


とりあえず、助けてくれた少年と治療をしてくれた人にお礼を言わなくちゃ。


…それと…サラはどうなっただろう……



部屋を出る。

2階の部屋だったらしい。

1階から物音が聞こえる。


1階の部屋には安楽椅子におばあさん、庭に私たちを助けた少年がいた。



彼女たちにサラのことを聞いた。

サラの寝ている部屋に連れて行ってもらった。


サラの寝ている部屋に入る。

ヒンヤリとしている

とても静かだ…


ベッドにサラがいる。

寝ている。

触れてみる。

冷たい…


亡くなっていると言われた…

そんなはずはない!

彼女が亡くなるなんて、嘘だ!

私が助かって…


どうして?

ねえ、どうして、私だけが生き残るの?


お店でだって彼女の方が人気があったし、私よりも優しくて、女性らしいのに!

どうして彼女が!


「…なんで、私だけ……なんで、私だけ助かったのよ。サラを助けてくれなかったの!? ねえ、なんで!」


「ごめん」


彼は辛そうな顔をしていた。


分かっている。

彼が悪いわけじゃない。

彼は私たちを助けてくれただけで、彼が殺したわけじゃない。


悪いのは私たちを捨てた店のアイツだ!

前の店主さえ生きていたら。


違う、あのとき私が狼に、それでサラにかばわれて。


いや、森への馬車の途中で逃げたられたらよかったんだ。



頭がグルグルする。


ねえ、サラ、なんで、あなたは死んでしまったの…



「ねえ、エレノア」


サラは女性らしい柔らかな顔で私に優しくに笑いかける。

お仕事が終わって、お腹が空いて、食事をしている。

パンとスープだけ、質素な食事だ。

それでも生まれた村と比べたら食べられるだけまし。


お店の2階。

外はもう日が高い。

元気に遊ぶ子供たちを何となく見ながら、二人、食事をしている。


「なあに?」


「私たちもいつか見受けされるのかな?」


「んー。サラはあるかもしれないけど、私はダメよ。サラみたいにお淑やかじゃないし」


サラならありそうだけど、私はね…

彼女みたいに可愛くないし、男の人は安心できる女性の方が好きみたい。

私はちょっと性格が強いかなあって思う。


「エレノアも可愛いと思うわ。それに、あなたのその性格ごと好きになってくれる人が現れると思う」


「そんな奇特な人はいないわよ!」


「ねえ、エレノア。もしも、あなたに見受けの話がでて、私はここに残ることになっても、あなたは幸せになってね」


「サラ、どうしてそんなこと言うのよ! 一緒に幸せになろうよ!」


「一緒に見受けの話なんてあるはずないでしょ。両方でるとしても、時期に差があって、ちょっとは片方が残ることになるでしょ?」


「そりゃ…そんな美味しい話を断るのは…ね…」


「どちらが見受け、先になっても恨みっこなしよ!」


「うん。恨まないよ」


「ねえ、エレノア。もし一人でも、幸せになってね…」


彼女は綺麗に笑うんだ。

とても優しくて、とても柔らかく。

とても儚く思えて…


だから、私は胸が苦しくなって、泣きそうになる。

泣き顔を見られるのはシャクなので、横を向いて、言った。


「大丈夫よ、心配しないで。どんなことがあっても私は幸せになってやるんだから!」


本当は、一緒に幸せになろうって言いたかったけれど…

きっと一緒には無理だよね。

サラのほうが美人だし、きっと先に…

だから、サラが先にいなくなっても私は頑張れるって…



いつの間にか眠ってしまっていた。


…夢を見た。

懐かしい。

昔のこと。

まだ、病気を発症する前のことだ。


…そうだよね。

私はサラに約束したんだ。

独りになっても幸せになるんだって。


サラはベッドの上。

あの頃からだいぶ痩せてしまったけれど、綺麗な顔で、まるで寝ているだけのよう。



サラの額にキスをする。

お別れのキス…


「…サラ、またね。私がおばあちゃんになってそっちに行くまで待っててね」


私は生きよう。

死ぬまで生きようと思う。


次にサラに会ったときに、胸を張って、「私一生懸命生きたよ。死ぬまで生きたんだ!」って言うために。

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