第32話 12歳、生き残った彼女

…彼女たちを僕の村に運んできた。

もしかしたら隣村の女性たちかもしれないけれど、僕は行ったことがないし、彼女たちを知らない。

まず、僕の村に運んで、元気になったところで送ればよいだろう。


亡くなった女性は水の精霊に冷やしてもらっている。

その女性をお姫様抱っこで、背中に生きている女性を背負う。

身体強化があるので問題はない…


…それにしても彼女たちは細い。

ガリガリだ…

ちゃんと食べられていなかったのだろうか?



村に到着する…

自宅ではなく、絵里香さんの家へ。

絵里香さんは元賢者なので、村の中では一番頼りになる。

ちょっと迷惑かもしれないけど、同郷のよしみで許してほしい…


「おう。ルーカスの坊主。嫁さんでも拾ったか!」


普通に昼間なので、女性2人を抱えていたら目立つ。

近所のおっちゃんにからかわれる…


「違うよ…森で救助したんだよ」


「そうか。人助けか、偉いな。エリカさんとこに運ぶんか? ちゃんと診てもらえよ」


「…うん」


一人はもう亡くなっているんだけどと思いつつ、おっちゃんと別れる。

少し気分が凹む…

もう少しで絵里香さんの家だ。

頑張ろう…



「そう…彼女は亡くなったのね」


「うん…」


絵里香さんの家に彼女たちを運び入れ、事情を説明した。

二人をそれぞれ別の部屋のベッドに寝かせ、現在息のある女性の方を絵里香さんに診察してもらっている。

絵里香さんは優しく、受け入れてくれた。


「こんなに綺麗になって。本当に光属性の回復魔法はすごいわね……うん、傷も全部治っているわ。大丈夫よ」


彼女は手をかざして魔法を使っていた。

診察用の魔法があるのかもしれない。


「もとは紫の発疹があったんだ。病気かもしれない。それは分かる?」


「…紫の発疹?」


彼女は少し眉を寄せたが、すぐに度診察を再開した。


「…うん、そっちも大丈夫。痩せすぎと、栄養不足があるけどね」


「奴隷とかそういうの?」


「主人公は早い時期に奴隷を拾うってやつね。それでパートナーになっちゃうの。でも彼女たちは違うわよ。奴隷の場合は首の後ろに奴隷の紋様があるわ」


やっぱりこの世界には奴隷がいるんだね…

この村では見ないし、貧乏で子供を売っている家も見たことがない。

基本、でっかい魔獣が狩れるので食料の不安が無いってことが大きいかもしれない。


「じゃあ、単純に貧乏だったのかな?」


「うーん…どうかな…お金はなさそうだけどね…」


絵里香さんもハッキリとしない。

本人に聞くのがいいのだろうけど、プライベートすぎるよな。

どうして、あそこに女性2人でいたかとか気になるけど……


「もう遅いから、ルーカス君は家に帰ってね。彼女、多分今日は目を覚まさないでしょう。また、明日ね」



絵里香さんの勧めどおり、いったん帰宅する。

水の精霊は絵里香さん宅に残ってもらって、亡くなった彼女を冷やしてもらっている。

風の精霊と二人。

エイリアナは無言で、僕のそばにいてくれる。

彼女とも長い付き合いだよなぁ…



「ルーカス、女の人を助けたんだって?」


母さんと顔を合わせるとすぐに彼女の話題が出た。

さすが、村。

噂が広まるのが早い…


「うん。森で狼に襲われていた」


「偉いけど、独りじゃ危険よ。他の人にも言って、手伝ってもらわないと」


「でも、急ぎだったし、僕も森に入る資格は持っているよ」


森に一人で入ることは、父さんはもう何も言わないのだけれど、母さんはまだ心配している。

たぶん今ならトカゲもなんとかなるような気がするんだけどね。


「それで、その人たちは大丈夫なの?」


「…うーん、どうだろう…絵里香さんに見てもらっているよ」


何かね…

僕の口から人が亡くなったって言いたくないような…

起きた事実は変わらないし、亡くなったことはすぐに分かるんだけど…


「そう。エリカさんにお願いするのが一番だから、心配しなくていいんじゃない」


「ん…」


僕は自分の部屋に行って、ベッドに倒れこんだ。

だいぶ疲れている。

たぶん、精神的なものだろう…


ああ、ダメだな僕は。

起こってしまったこと、過去のことは変えられないのに、「どうして」って思ってしまう。


「どうして」もっと早く助けに行けなかったのだろう。

「どうして」僕は蘇生の魔法が使えないのだろう。


できることなんて、今の状況を素直に受け止めて、未来をよくするために今を動くだけしかないんだけど…


でも、やっぱり後悔は頭の中をグルグル回る。


今日は寝れそうにないなぁ…

睡眠の魔法で無理矢理眠った。



翌日、早速絵里香さん宅に行く。


彼女はまだ起きていない。

衰弱もしていたしし、疲労もしていただろうから。


さて…彼女が起きたとして、サラさんが亡くなっていることをどのように伝えようか…

彼女はサラさんを助けようと懸命だった…

きっと仲が良かったのだろう。


気が重い…

不幸な事柄を伝えるのは勇気がいる。

とても苦手だ。

これを何の抵抗もくなく伝えられる人はきっと勇気がある人ではなくて、ただ無神経な人だと思う。


取り合えず、木刀を振って心を鎮めよう。


庭に出て木刀を振る。

モヤモヤするときは体を動かすのが良い。

木刀を振ることに集中して、少しの間悩みを他に置いておく。


…うん。

結局はなるようになるしかないよなあ。

事実は変えられない。

それなら伝え方と、相手の受け取り方次第。

伝え方も、素直なのが良いだろうな。

それしか僕にはできないし…



暫くすると彼女が起きてきた。

居間の入り口に申し訳なさそうに立っている。


「…すみません…」


消え入りそうな声だ。


「よかった。目が覚めたのね。体は大丈夫?」


居間で本を読んでいた絵里香さんが聞くと、彼女のはコクリと頷いた。


「はい、助けていただいてありがとうございました。体は全く痛いところももありません」


良かった。

回復魔法はちゃんと効いたみたいだ。

病気が治るくらいだったので、傷は治っているはずだとは思う。


「…あの、サラは…一緒にいた女性はどうしたのでしょうか?」


僕は絵里香さんと顔を見合わせる。

彼女をサラさんと会わせないといけない…

サラさんのところに案内しないと…


「うん。別の部屋に寝かせているんだ。ただ…」


「あ、助けてくれた方ですね。その節はありがとうございました」


「…うん。そうですね…こっちの部屋へ来てください…」


彼女をサラさんが寝ている部屋に連れていく。

ドアを開ける。

部屋からヒンヤリとした空気が流れ出てくる。

遺体が傷まないように水の精霊が冷やしてくれていたからだ。


カーテンが引いてあるので、部屋は薄暗い。

奥にベッドがあり、サラさんが寝かせられている。

皮膚は青白く、生命感はない…


助けられた女性、まだ名前を聞いていないな、は、不穏な空気を感じたのだろうか、立ち止まり、その後ゆっくりとベッドへ向う…


「…サラ? ねえ、サラ…」


彼女はゆっくりと近づき、ベッドの横に立つ。


「ねえ…起きてよ、サラ…」


手を伸ばし、サラさんの体に触れる…

そして、すぐに手を引っ込める…


「冷たい…」


「…はい。亡くなっています」


「…え?」


「亡くなりました」


「嘘!」


彼女はサラさんの肩をつかみ、体を激しく揺する。


「起きてよ! ねえ、サラ、起きてよ! ねえ、ねえ…」


やがて、サラさんを抱きしめ泣き始めた。

嗚咽が聞こえる。


「…なんで…なんでよ…」


このようなとき、僕はどうすればよいのだろうか?

分からない。

ただ見守っていることしかできない…

女性が泣いている…

苦手だ…


「…なんで、私だけ……なんで、私だけ助かったのよ。サラを助けてくれなかったの!? ねえ、なんで!」


僕がたどり着いたとき、多分すでに亡くなっていた。

だけど、それを今の彼女に言って何の解決があるのだろうか?

ただ、かける言葉がない。

情けない…


「ごめん…」


だから僕には謝るしかなかった。


彼女は声を出して泣いた。


僕たちは彼女を残し、部屋を出た。


もう少し早く助けに行けたなら、助けられたのだろうか?

僕にもう少し力があったなら。



「あまり、思いつめちゃだめよ。君はできることをしたんだから」


「分かってはいるんだけど、彼女を見ると、もう少しできたことがあるんじゃないかって…」


「もう起きたことは変えられないわ。悩んでもあまり意味は無い。この世界では魔獣に襲われて死ぬ人は沢山いるわ。そのすべてを助けることはできないでしょ」


…そう、分かってはいるけれど…

僕の目で見える範囲の人は助けられるんじゃないかって思ってしまう。

全知全能の神様でもないし、聖人でもないし、ただの人間だってことは分かっているけれど。

もう少し何かできたんじゃないかって、悔しくなる。

理屈と感情は違うものだ。

理屈では、感情を抑え込むことはできない。

抑え込めたと思っても、後で噴き出てくるんだ…


きっと今日の出来事は将来、何回も思い出すだろう。

その度に悔しい気持ちになるんだ。

自分が嫌になって、叫びだしたくなるだろう。

忘れられないだろう。


記憶って、楽しいことは忘れていくけれど、嫌なことはずっと残るんだよなあ…

ああ、どうしようもないなあ…

どうしようもない…

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