第31話 12歳、女性を助けた…

武器の強化についてそこそこの成果が出たところで、他の課題も進めようと思う。

やりたいのは、2重魔法の発動時間の短縮だ。


僕の2重魔法はまだタメが必要。

強力な相手と戦う場合、そのタメの時間が取れない…

相手が強くなれば身体強化も基本強くなる。

動作の速度も上がり、一瞬のうちに接近されてしまう。

単独で戦うのなら、タメなしで魔法を発動する必要がある。



さて、問題は練習場所だ。

村の中で攻撃魔法を撃ちまくるというのはさすがにまずい。

それと、僕の魔力なら一日中でも訓練できるのだけれど、それを見られると、どんなけ魔力があるんだ? ってなる…


ということで、練習場所はやはり森!

風と水の精霊をお供に森に入る。

村から出て近いところ。

ここならそれほど強い魔獣も出てこないはずだ。

それに魔法を撃ちまくっているところに、好き好んでやってくる魔獣もいないだろう。


『じゃあ、あたしが見張っといてやるよ』


「お願い。エイリアナ」


風の精霊は、ふっ、と飛んでいく。

こういうときには風の精霊は頼りになる。

この森は彼女の庭みたいなもの。


『私はルーカスの護衛をしますわ』


「うん。メーリーア。頼りにしている」


水の精霊…

別の精霊を頼った場合、彼女にも声をかけておかないと機嫌を損ねる…

これは経験則。

怒らせて、数日雨が降り続いたこともあり…

農業には大ダメージだ…

農家にとって水の精霊のご機嫌取りはとても重要!

死活問題!



だけど、実際、護衛として水の精霊は有能でもある。

水流での攻撃もできるが、霧で視界を遮ったり、氷で相手の体温を下げて動きを鈍らせたり、最悪、水で相手を包めば呼吸できずに死んでしまう。

結構怖い精霊だった…

怒らせてはいけない。



では…

気を取り直して魔法の練習をする。

森の巨木に向けて、2重の風の矢を放つ。

やはり少しタメが必要だった。


ちなみに、二つの魔法陣を同時に使えるようになったわけだが。

同じ魔法陣を出す方が、違う魔法陣を出すよりもずっと簡単だ。

例えば、風の矢と火の矢を撃つよりも、2つの風の矢を撃つ方が楽。

2重の風の矢は、2つの風の矢を重ねたようなものなので、これができないと複数魔法を同時発動なんて実践では使えない。

チームで戦えばその限りではない。

前衛が時間稼ぎをしている間に魔力を集中し、高威力の魔法を放てばよい。

が、これも前衛に当たらないようにする等、結構大変だったりするけどね。

僕は高い魔力を見られたくないので、基本単独。

なので、発動スピード命だ。



将来的には10本くらいの風の槍を相手の周りから浴びせかけたい。

避けられないほどの魔法を一気に放つ。

ちょっとカッコよさげではないか!

それと実用的でもある。

上級魔法だと地形に影響が出てしまうが、初級の魔法を多数ならばそれがない。

この森の中でも使用可能だ。



それをするにもまずは練習。

とにかく集中しながら数をこなす。

2重魔法の感覚を体に覚えこませる。


風の矢に飽きたので、水の槍に変えてみる。

…すぐに風の槍に変更する。

水の場合、周囲が水浸しになってしまう。

ビチャビチャだ…


『ねえ、ルーカス。なぜ水の魔法を練習しないのかしら?』


あ…

…メーリーアが無表情で見ている。

普段もあまり水の魔法を練習しないし、今回やっと練習し始めたと思ったら、すぐに風に戻してしまったから…


…うん。

村の中では練習できないし、森だし、少しくらいベチョベチョにしてもよいか。

きっと大丈夫!


「ああ。ちょと水と風の違いを確かめたんだよ。これから頑張るよ」


『そう。それならいいわ。一番得意なのが水になるくらいやるといいわ』


メーリーアには悪いけど水が一番の得意魔法にならないと思う…

やっぱり付き合いが長い風が一番使いやすい。

破壊力でいえば火がいいんだけど、これは更に練習しにくい。

山火事とかになったらシャレにならない。

土は練習していると土が溜まって山になってしまう。

これもなかなか難しい…

光は目立ちすぎる…

闇は練習できるのだけど、効果が分かりにくい…

魔法の練習も大変なんだ…


どこか砂漠のようなところがあるといいんだけど。

転移の魔法で飛んで行って、練習できるとよいなあ。



夕方まで、あたりに大きな水溜まりを作りながら魔法の練習をした。

半分沼のようになっている…

…数日経てば元に戻っていることだろう、きっと。

見なかったことにしたい…


さて、練習の成果だ。

そこそこ発動が早くなったと思う。

実戦で使えるまでは、もう少しってところかな。

進捗は良い!



そういえばエイリアナが帰ってこないがどうしたのだろうか?

先に帰っても勝手に戻ってくるので大丈夫なのだけど、置いていくと機嫌が悪くなるからなあ…



『ルーカス! 大変だ!』


噂をすればで風の精霊が帰ってくる。

珍しく慌ててている。


「なに? 魔獣?」

『魔獣だけど、そうじゃない! 人間が魔獣に襲われてる!』


これは……テンプレ?

主人公がヒロインを助けるイベント的な。

まあ、普通に生活していれば、数年に一回くらいで襲われている人がいるかも。


「もしかして女の子?」

『大人の女性! あと少しで死にそう! 助けるか?』


女性か…

ちょっと下心。

助けてお近づきになるルートの可能性があるかな?

大人の女性か…

年上。

でも、僕は転生者。

前世の記憶も含めると結構年数生きている。

そうなると年上ってのも全然気にならない。


『力がないのに、魔獣のいる森に入ってくる方が悪いんじゃない。放っておけば』


メーリーアは放置を主張か…


自殺志願者の可能性を考える。

その場合は助けることが良いことなのだろうか?

これは難しいところ…


…しかし、知ってしまったからにはねえ…

これでも少しは力をつけてきたんだ。

助けられるのならば、助けたい。


「助けたい! 案内して!」

『おし! 行くぞ!』

『ルーカスは優しいんだから。しょうがないね』



風の精霊を追いかけて、森を駆ける。

身体強化をする。

さらに風の精霊の力でスピードを増す。

風の精霊の力での加速は体が軽くなり、空気抵抗もなくなる感じ。

まさに風になったように走れる。

これは気持ちがいい!


光の精霊の力を借りて加速という手もある。

しかし、その加速は直線的で、速度も速すぎて制御が難しい。

何もないところを走るのは良いけれど、森のような障害物が多い場所を走るのには向かない。

その加速魔法、僕が闇系の魔法ばかりを練習しているのを光の精霊が嫉妬して、無理矢理覚えさせられたもの。

闇の方は気にしないんだけど、光の方は闇を気にするんだよね…


複数の女性、精霊なのだけれど、と一緒にいるのはこの辺りが難しい…

彼女たちに平等に接しないと。

でも平等に接すると怒る子もいるんだよね。

主に水の精霊…

前世で女性にモテたことのない僕には本当に難しいことだ…

多少諦めはある。

怒られながらやっていけばいいかなと思っている。

…あまり怒らせると、見限られるかも?

難しいね…



女性が魔獣に襲われている場所は森の入り口付近とのこと。

僕たちの村から一番近い村へと続く道があり、それからちょっと外れたところ。

僕は初めて行く場所だ。

森の浅いところなので、強い魔獣は現れないはず。

鼠くらいなら女性でも対処可能だと思う。

イレギュラーに、強い魔獣が浅いところまで行ったのだろうか?


そこには2人の女性が5頭の狼に襲われていた。

大木を背に一人の女性がもう一人を抱きかかえ、木の棒を振り回して狼を威嚇している。

抱きかかえられている女性は意識が無いようだ。

体がだらりとしている…

彼女たちの体は傷だらけで血を流している…

ちょっと危ないかもしれない。

ギリギリか…


狼たちは彼女たちを取り囲み、もて遊ぶ様にちょっかいを出している。


狼の危険度は兎と猪の中間くらいだ。

高さは2メートル弱。

体長は3メートルを超える。

猪と比べて攻撃に迫力はないく、毛皮も柔らかく、防御力が低い。

しかし、グループで獲物を狩る習性があり、その場合は危険度は猪よりだいぶ高くなる。



まあ、僕ならそれほどリスクなく倒せる。


まず、風の槍を3連射する。

2本同時に撃つこともできるのだけれど、その場合狙いの精度が落ちる。

僕の魔法発動はまあまあ早いので、3連射の方が効果的と判断する。


2頭に命中!

最後の1本は避けられた。

残り3頭…


狼たちは新手の乱入に慌てている。


身体強化と風の精霊の速度強化のまま、1頭に駆け寄り、剣を横一閃。

狼を切り裂く!

錬金術で合成したトカゲ×鉄の剣、驚くほどの切れ味だ!

ほとんど抵抗なく切れた。


残り2頭…


斬った勢いのまま駆け抜け、狼と女性たちの間に陣取る。


さて、次はどちらにしようかと剣を構える。


……


実力差が分かったらしく、残り2頭は慌てて逃げていった。

まあ良い。

今は女性たちを助けに来たわけで、狼を狩りに来たわけじゃない。


「大丈夫ですか?」


「…あ、…サ、サラが…助けて…サラが…」


意識がある方の女性も、思ったよりも重症だった。

絞り出すようにそれだけ言うと気を失った。


意識のないほうの女性、多分サラさん、の方はもっとひどい…

狼にかじられ、引っ掻かれた跡が多数…


…なんだ?

それとは別に体中に紫色の発疹がある。

何かの病気か?

かなり進んでいるように見える…

もう片方の女性にも同様にある…

こちらは少しだけ軽いか。

でも十分にヤバい状態に見える…


…今は止血が先決か。

急を要する。

光魔法の回復を使用する。

まずはサラさんにかける。

体が光り、傷がふさがっていく。

とりあえず止血まで。

次にもう一人の方、こちらも止血まで。

よし、傷は塞がった。


サラさんの方は…

顔色が悪い。

…胸が動いていない…

呼吸音しない…

…心臓の音がしない…?


心臓が動いていない!?


もう一度、回復の魔法!

全力で!!


彼女の紫色の発疹も消えて綺麗な体になった。

でも、呼吸は回復しない…


光の回復魔法で心臓を動かすことができなのか?


ならば電気ショック?

雷魔法を覚えていない。


心臓マッサージか?


どうやるんだっけ?

胸の真ん中に手を当てて、押すのか?

どのくらいの間隔で? 強さで?

分からない!

ちゃんと心臓マッサージを学べばよかった。

今後悔してもしょうがない。

やれるだけやってみる。

心臓が動いているのをイメージして、それに合わせて胸を押し込んで、戻す。


動け!

動け!

動け!


……


…メーリーアの手が僕の手に重なる。


『…ルーカス。だめよ、その子の霊体はもう行っちゃったわ』


「でも! 心臓が動いて、脳に血液が行けば!」


『だめよ。体が生きていても、霊体がそこになければそれはただの肉体なだけ。人ではないのよ』


「何だよ! 霊体って! そんなの知らない! 分からないよ! 心臓が動いて、脳に血液が行けば!」


『ルーカスはネクロマンサーじゃないものね。霊体は見えないかもしれないわね。でもね。生物は肉体に霊体として宿っているのよ。それが離れてしまえば、それはもう『死』なのよ』


「じゃあ、彼女の霊体を戻せばいいんだろ?」


『そうね。彼女の霊体が体に戻ればいいんだけど、彼女はもう『大いなる流れ』に帰ってしまっているから、呼び戻すのは難しいわ』


「大いなる流れ? なんだよ、それ!」


『すべての霊体の大元。霊体、魂といってもいいわね、それは、そこから生まれ生命になって、生命が終わるとそこに帰っていく。人間も精霊も魔獣も同じ。そこに帰ったら魂はそれに混じり合って、個人を取り出すことは不可能よ』


「知らないよ。そんなの知らない! どうして!…魂なんか…」


『大丈夫。ルーカス、あなたは十分頑張ったわ。彼女を助けようと懸命だったわ。もう十分よ。きっと彼女も感謝しているわ』


「だけど!…だけど、僕は…」


『あなたが今することは、まだ生きているそちらの女性を助けることじゃないかしら? 彼女を助けられるのはあなただけなのよ』



…ああ

…そうか、僕はこの女性を助けられなかった…

…この女性は死んだんだ…



僕は…

転生者だけどチートになりたくない、目立ちたくないって思っていたけど、心の奥底では他の人たちより自分の方が色々簡単にできると思っていたんだ、きっと…

望んだことはみんなできる…

思い通りになる…

そんなに甘くない…

望んだことを全てできるなんてないんだ。

僕の手でできることなんて限られている。

…せめて今できることはやらないといけない。


…まだ息のある彼女を助けないといけない…

…せめてこの子だけは…



「…ごめん、メーリーア…ありがとう…」


『ん。いい子ね。私の可愛いルーカス…』


メーリーアが優しく僕の頭をなでる。

子供扱いはしないで欲しいけど…

彼女の子供よりも小さな手。

彼女の手はヒンヤリと気持ちがいい…


…ゆっくりと深呼吸をする。

眉間にも肩にも力が入っている。

息をゆっくりと吐きだすと同時に力を抜いていく…


まだ頭が回らない感じもあるけれど…

逆に沈んで戻れなくなりそうになるけど…なんとか…



生きている方の彼女。

服もボロボロ、髪も乱れている。

表面上の傷は治っているが、まだ、予断はできない。

体全体に紫色の発疹がある。

何かの病気だと思う。

こんなにも病気が進んでいるのならば体力も消耗しているはず。

この病気も治した方がよい。


光の回復魔法を使う。

この魔法は聖女が使う奇跡の魔法だ。

傷から病気まで万能に効く。


水属性の回復魔法は被回復者の生命力を増強し回復させるような効果を発揮する。

そのため体力の無い者に使用した場合、体力を消耗し、気を失うこともあるそうだ。

最悪、体力不足で死ぬこともあり得る…

亡くなった彼女の傷が回復したのは光の回復魔法だったからかもしれない。

亡くなった彼女の傷も回復し、綺麗な体に戻した奇跡の魔法。


回復をかけている彼女の体が薄く発光する。

徐々に発疹が消えていき、やがて全くの綺麗な体になった。


彼女の胸はゆっくりと上下している…

呼吸をしている…

ああ…彼女は生きている…


『ルーカス、よくできました。もう大丈夫よ』


メーリーアの言葉を聞いて、ホッとする。

ちょっと泣きそうになったけど、何とか堪えた。


もう少し頑張って、もうだけ少し人を助けられるようになろう…

きっと、僕にはできるはずだ…

そう思い込もう…

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