第38話 12歳、後継者とは?

「ということで、おぬしを後継者と認よう。今後も励むがよいぞ!」

「何が、ということですか?」


剣の師匠のところで、定例の剣の修行なのだけれど、開口一番がこれだった。


「おう。おぬしは家を出た。そして、女を養うことになった。ならば、いっぱしの男になったってことじゃ。男なら女を守る力が必要じゃろう。じゃから後継者じゃ!」


別にエレノアさんを養う訳じゃなくて、ちゃんと生活できるまでサポートするだけなのだけれど…

そして守るための力をつけてきたのは今までの修行も同じだと思う。


「彼女も少し肉が付いてきて、いい尻になってきじゃないか」


そして、やはり師匠の基準は尻か…

…師匠、よくエレノアさんを見ている。

確かに瘦せすぎていた体は少しふっくらと女性らしくなってきた。

ただし、僕はまだ12歳のため、そちら側の欲はない。

…もう少ししたらどうなるか…

まあ、それはその時に考えよう。


「しかし、師匠は相変わらず女性のお尻が好きなんですね」


「プリっとしたケツはたまらんじゃないか。のう、おぬしもそう思うじゃろ?」


「そこはノーコメントで。しかし、師匠なら胸とお尻と両方かと思いましたが」


「胸はあるに越したことはないがな。まあ、あれは赤子の物だ。儂がとってしまっては赤子が可哀そうだろ。だから男は女の尻を追いかけるもんだ!」


それ、前にも言ってた…


男性全般を師匠の性癖と一緒にしないでほしい。

…それなりに真理をついている気もしないでもないが、騙されないようにしたい。



話を元に戻そう。


「なんで、僕が後継者なんですか?」


「そりゃ、おまえ。おぬししか弟子がおらんし、必然じゃろ?」


「何ですか! その強制は!」


一応、姉が半分弟子って感じだったけれど、出て行ってしまったからなあ…

今、師匠には僕しか弟子はいない。

まあ、剣の師匠を職業としていないし、働かないといけない歳でもないし、積極的に師匠業?をしているわけじゃないからね。


「老い先短い老人の望みを聞いてくれんかのお…」


いやいや、師匠は殺しても、死にそうにないと思う。

まあ、話くらいは聞いても良いか。


「で、後継者になると何が変わるのでしょうか?」


「奥義を伝授してやろう!」


師匠は胸を張る。

ドヤ顔が若干イラっとする。


「奥義、ですか?」


「うむ、奥義じゃな。つよおなるぞ!」


師匠の話は脱線するので、要約する。


得意げな師匠によると、奥義とはよくある感知系の結界のようなものらしい。

一定の範囲内の敵の動きを察知するもの。

確かに便利だ。

これができれば死角が無くなる。

ありえないと思うが、暗殺者に狙われるとか、戦争での乱戦とかね…


で、だ。

その奥義は、剣技というよりは、魔法に近い。

魔法との違いは魔法陣がないこと、ようは魔力活用法の一つだ。


薄く魔力を周囲に張り、その応答から状況を判断する。

レーダーによる索敵に近いか?

レーザーは直線だから違うか。



有用そうな技術なので、素直に奥義を教わることにする。


これ、すごく薄い魔力でないといけないらしい。

んで、これが難しいらしい。

薄い魔力だと反応が少ないし、そもそも薄い魔力を均等に広げるのが困難だ。


ということで、まずは強めの魔力を周りにまとわせて慣れていく。

強めの魔力だと、相手にバレバレで警戒されるため、不都合が多い。

まあ、相手にバレたって戦闘中なら関係ないんだけれどね。

どうせ相手は警戒しているし。


「いやしかし…坊主の魔力は桁違いじゃな。それだけで威圧になっとる」


「威圧をしたいんじゃないくて、結界をつくりたいんですけど」


魔力量を褒められてもね…

剣士にとっての誉め言葉じゃないよね。

魔術師なら、その誉め言葉は大概当てはまるのではないだろうか?


とりあえず、神様からもらったちょっとだけの才能を信じて練習あるのみだ。



しかし、奥義と言われるくらいなので、すぐに習得できるわけではない。


練習ついでに森でやってみたところ、魔獣が恐れて襲ってこなかった…

魔力による威圧になっているよう。

これでは狩りにならない。

早く習得して、薄い魔力、相手に気づかれないほどの微量な魔力でできるようにならないといけない。



家でもやってみる。


もちろん絵里香さんには気づかれたが、エレノアさんには気づかれなかった。

普通に村人には気づかれたので、エレノアさんが特に魔法関連が苦手みたい。

体も弱いし、魔法も苦手とは…

訓練が必要かなあ?

訓練すれば強くなれるんだろうか?

少なくとも村人レベルまではなってもらわないといけない。

それまでは守らないとね。



さて、継続は力ということで、1週間ほどやっていると、魔力の出しっぱなしにも慣れてくる。

そして魔力に何かが触れたという感覚が分かるようになってきた。

不思議なものだ。


凄いことに精霊の動きも把握できる…

ちょっと感動する。

…ということは、師匠は精霊を感知している?

…ま、どうでもいいか。


ちなみに有効範囲は2メートルほど。

狭い。

これではまだ実践では使えない。



さて、少しだけど成果が出た。

すると試したくなるのが人情というもの。


エリカさんにお手伝いをお願いする。


僕は目隠しをして視界をなくす。

そこにエリカさんに石を投げてもらう。

もちろん石は小さいヤツだ。

痛いのは嫌なので。


「本当にいいんですか?」


「はい。お願いします」


「それじゃあ、投げますよー」


「いやいや、エレノアさん。不意打ちでやってもらわないと意味ないんですって」


エレノアさんに再度趣旨を説明し、理解したもらった。



改めてやり直しだ。


魔力を展開し、集中する。



反応あり。

2時の方向。

手で石を受け止める。

よし!

成功!


「…すごいですね! 本当に分かるんだ…」


しかしちょっと物足りない。

石の速度が遅かったんだよね。

エレノアさんは基本優しいんだよね。

加減をしてしまう。


「もうちょっと強くできますか」


「はい。…では!」


だから、掛け声を出すと、タイミングがバレバレだから。


9時の方向。

速度は少しだけ早くなったけど、まだぬるいな…

彼女は身体強化も苦手そうだし、こんなものかな。


成果も確認できたし、そろそろ終わろうかと思っていたとき、ゴニョゴニョを話し声がする。


「…これくらいは…」


「…さすがに…無理…」


「…ファイト…」


何やら危険を感じ、目隠しを外す…


エレノアさんが人の頭大の岩を持ち上げようとしていて、横で絵里香さんが応援している。

…あれを絵里香さんが、エレノアさんに投げさせようとしたけれど、エレノアさんの力が足りなくて持ち上がらないってところかな。


まあ、あの程度の大きさ、魔力で強化されていない岩なら全く問題ないけれど。

絵里香さんの悪戯ね。

たまにするんだよね。


そうだな…

もし投げる担当が姉であったなら、ナイフ程度は投げるのではないだろうか?

複数、しかも身体強化した筋力で。

避けるのが精一杯かも。

さすがに、武器を魔力強化して投げることはしない、とは思いたい…



「おう、まあまあじゃな」


師匠に成果を見せる。

一応の合格点らしい。


「これで第一段階クリアじゃな!」


「第一段階ですか?」


「まあ、おぬしもそれではダメだと気付いているんじゃろ?」


そう、確かに。

魔力の反応で相手の動きを確認するということは、その魔力を乱すことで簡単に誤検知をさせられるということだ。

まともに使用できる技術ではない。

それに、まだ、魔力量が多くて、範囲も狭いという点も解決できていない。


「ここまでクリアできるものは…そうじゃな、10人に1人くらいかの」


…なるほど一割程度習得できる技術なら奥義とは言えないだろう。

ここからの鍛錬が重要ということか。


「それでも数年は修行が必要なもんじゃが…」


何か師匠がつぶやいているが聞き取れない。


「まあ、続きがあるということじゃな。これを昇華させて、相手にどんなに乱されても、そこから情報を認識できるようにしないとためじゃ!」


「なるほど…コツとかあるんですか?」


師匠はこちらをみてニヤリと笑う。


「そんなものはない。使い続けるだけじゃ!」


適切なアドバイスは無いらしい。

師匠の教えは大抵力業だ。

教えるのが下手なのではないかと最近思い始めている…


「そうすれば息をするようにこの状態を維持することができるじゃろう。次第に周囲に妨害がある状況でも物をはっきりと判別できるようになるはずじゃ。光の無い全くの闇でも周囲を確認できるぞ!」


うん。

これは長い修行になりそうだ。

この状態をキープするのは精神的に疲れるが、たぶん魔力の絶対量の訓練にもなるはず。


「まあ、おぬしの魔力なら一日中維持することも可能じゃろうて」


師匠がなにかブツブツ言っている。


「魔力が枯渇して、維持できないのが普通じゃて。案外早く会得するかもしれんのぉ…楽しみじゃ…ほっほっほ」


師匠も歳を取って独り言が多くなったか?

そろそろボケるかもしれない。

少し気を付けた方が良いかもしれないなあ…

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