第48話 【エレノア視点】なんでもないよ
【エレノア視点】
我が家の朝は早い。
特にルー君がね。
日の出とともに起きて、畑に行く。
実家の畑、自分の畑と大忙しだ。
私は彼が出かけるときに起きて、お見送り。
そして、彼が帰ってくる前に朝食を作る。
この2年で生活に必要な魔法が私も使えるようになった。
少しだけだけどね。
さて、集中、集中…
水魔法を発動!
よし!
成功。
こうして顔を洗う水と料理の水を確保する。
ルー君に任せれば一瞬で終わってしまう作業なんだけど、私の魔法修行も兼ねて任せられている。
私の魔法の先生はルー君だ。
…ルー君の指導はキビシイ。
何度諦めようとしたことか……
諦めるなんて許されないんだよね…一緒に住んでいるし。
たぶん、本当に私が諦めればルー君も無理強いしないと思う。
だけど私はできることを増やしたい!
この村で生きていくために。
だから諦めたくない。
魔法の特訓の成果が出てきてホッとする。
食材をマジックバッグから取り出す。
このマジックバッグ、エリカさん作成のやつだ、これはすごい。
前住んでいた街ではマジックバッグなんて持っているのは貴族と一部の豪商くらいだ。
このレベルのものを持っていたら、商人としての成功は約束されたも同然。
…殺されて、奪われるかも。
ちょっと怖い。
前の街は殺伐としていたな…
では、朝食の準備をしますか。
ウサギ肉と野菜を取り出して、スープを作る。
ヨーグルトを準備して、パンを切った。
洗濯をしながら、ルー君の帰りを待つ。
ルー君は朝食後、また出かける。
畑とか、モンタギューさんところとか。
で、昼食に戻ってくるんだけど、その時に野菜とか、魔獣の肉とか持ってくる。
途中で友達のクリフ君のところに寄って、牛乳とかチーズとかヨーグルトとかもらってくるみたい。
この村では本当に食べるのに困らない。
これはすごいことだ。
大概の村では食べるのにいっぱいいっぱいだ。
そういえば、領主に税として、生産物を納めていないような気もする。
どうなっているのだろうか?
この村って一応サンバートフォード王国の一部だよね。
不思議だ。
お肉と言えば、ルー君がたまに持ってくるトカゲ肉が特に美味しい。
あのとろけるような食感。
脂の甘み。
肉のうまみ。
この前、カツにして食べた。
忘れられない…
ルー君が作ってくれたチュウノウソースというのをかけて食べたら、それはそれは……
おっと、涎が落ちそうになる。
危ない危ない。
私は年頃の可愛い女性。
しっかりと自分に言い聞かせる。
女性らしさ、忘れちゃダメ!
午後。
掃除が終われば夕食の準備まで少しの自由時間。
昼寝をしたり、本を読んだり、近所の奥さんと世間話をしたり。
ルー君は家にいることもある。
そういうときは、大抵、安楽椅子に座って、ゆっくりと魔法書とか書籍を読んでいる。
…たまに居眠りしている。
…ちょっとルー君の寝顔をのぞき込んでみたりする。
まだ15歳の少年。
一応大人の年齢だけど、顔はまだ幼さが残るし、肌もみずみずしい。
まつ毛も長いし、男性にしては、というか、とても綺麗な顔をしている、と思う。
……
畑仕事をしているはずなのに肌も白いし…
私より美白…
うらやましい…
あと2年もすれば、もっと素敵になって、きっと女の子が放っておかないだろう。
現時点でも村長さんの娘さん、リネットちゃんが明らかに狙っている…
ちょくちょく家に来て、食事をして帰る。
特に用もないだろうに…
例えばこの前も。
「ねえ、エレノアさん。おいくつになったんでしたっけ?」
リネットちゃんは私の年齢を絶対知っているはずだ。
まったくわざとらしい。
「ええ。まだ、21歳ですよ」
「そうですか。もう21歳ですか…そろそろ結婚したい年齢ですよね。お相手、紹介いたしましょうか?」
それはそれは可愛く笑うんだ。
本当に親切心ですよってか?
そんなこと私は頼んでいないっての!
私を早くルー君から引き離したいのがバレバレだ!
「いえ。大丈夫ですわ。こちらでルーカスさんのお世話もありますし。ルーカスさんともうまくやっていると思いますよ。ね、ルー君」
ルー君に振って、仲の良いところ見せてやる!
「うん。僕もエレノアさんがいてくれてすごく助かっているよ」
ほらね!
いい笑顔でルー君が返してくれる。
「ルーカスの世話なら私がやってもよいと思っていますわ」
いやいや、また直球な。
身寄りのない私が一緒に住むのと、町長の娘さんが一緒に住むのじゃ意味が違うでしょ。
それはほぼ結婚でしょうが!
「リネットさん。お父様の許可が必要ではないでしょうか?」
「いやいや、リネット。結婚前の女性と男性が一緒に暮らすのはさすがにまずいと思うよ」
ルー君も慌てる。
ルー君もまだ結婚とか考えてなさそうなんだよね。
15歳なら早い人なら結婚している年齢なんだけど。
「私は全然まずくないんだけどな…」
と可愛く拗ねて見せている。
たぶん演技。
あざとい。
…ということがあったりした。
この村の娘さんたち、人数はそれほどいないけれど、みんな可愛い。
とてもレベルが高い。
ルー君がコロッと引っかからないか心配だ。
だけど、それでルー君が幸せならいいのか?……
うーん…モヤっとする。
エリカさんが亡くなったあの日…
葬儀からこの家に帰ったとき…
ルー君…
いつもの家に帰ってきて、そのときにやっと、いつも家にいる人がいなくなったことが実感できたんだと思う。
ルー君が泣いて、私が抱きしめて、私も泣いて…
きっとその時から、ルー君も普通の男の子だと思えるようになったと思う。
それまでは物語の主人公というか、存在感を感じなかったというか。
現実感が薄かったと思う。
だって、この「絶望の森」で、「デスウルフ」の群れを蹴散らして、私の怪我も病気も治して…
普通考えられないじゃない?
だけど、ルー君もまだ線の細い少年で…震えて、泣いていたんだ……
守ってあげなきゃって思った。
…彼が幸せになればいい。
そういえば、抱き着いたときに思ったんだけど、ルー君はいい匂いがするんだ。
普通のときはもちろんだけれど、剣の修行とかして汗臭いときも。
なんでだろう?
洗濯前のシーツとか枕カバーとか匂いたくなる……
…たまに匂いを嗅いでいるのは秘密だ。
「リネットちゃんも、もう少し遠慮して来てくれるといいんだけど」
本日もおやつ時間にきて、パンケーキを食べて帰っていった。
一応、夕飯の準備前に帰っていくから、常識はあるってことだろうか?
「リネットは学校を卒業して村長さんの仕事を手伝っているらしいけど、それほど仕事が無いのかもね。平和な村だし」
ルー君はハーブティーを飲みながらまったりしている。
「コーヒー」というものが好きと聞いたことがあるが、この辺では「コーヒー」なんて聞いたことが無い。
どんな味がするのだろ、いつか飲んでみたい。
「そういえば、リネットちゃんのお友達のスージーちゃん?」
「うん。リネットと同い年で、農家の娘さんだよ」
「そう、その子がクリフ君と付き合い始めたって聞いたけど」
この前、養鶏さんに卵をもらいに行ったときに、おばさんに聞いた。
村で娯楽も少ないので、そういう話ってすぐに広まるよね。
筒抜け。
「え、そうなんだ。クリフ君はそんなこと言ってなかったけど…」
「恥ずかしかったんじゃない?」
「そうかな…」
クリフ君は恋愛関係の話を言いふらすようなタイプじゃなさそうだし。
「だからね。リネットちゃんも焦っているのかも」
「リネットが?」
ルー君は首を傾げる。
「何で? 彼女、まだ14歳だし、可愛いし、モテると思うよ」
…あのねルー君。
女性の前で、他の女性の容姿を褒めるのはナシだと思うよ。
リネットちゃんは意中の人に振り向いてもらえなくて焦っているんだと思う。
友達に先を越されるわ、彼の横には他の女性が近づいているわで。
まあ、その邪魔な女が私なんだけど。
もちろん、そんな話はルー君にはしない。
「彼女も、もう少し来るのを控えてくれないかなって話。ルー君の仕事とか修行にだって影響が出ちゃうでしょ」
たぶん、彼女はその辺り気を付けて来てるっぽいけど、ちょっと意地悪言ってみた。
「そんなこと言わないで、僕の少ない友達の一人なんだから。ね」
ルー君は困ったように笑う。
まったく…
優しいんだから。
そして、私はそんな困ったルー君を見たくてたまに意地悪を言ってしまう。
ちょっと自己嫌悪もあるけれど、この顔が見たいのでしょうがない。
気弱と言えばそうだけれど、たぶん私が何を言っても受け入れてくれるんだろうな。
安心できるんだよね…
甘えられちゃう。
ん?
あれ…
それって…
…ああ、そっか。
私、ルー君のそばがいいんだ。
ずっと彼と一緒にいたいんだ。
そっか…
好きになっちゃってたんだね…
きっと、そういうことだ。
それならさ、リネットちゃんになんか負けられない!
私の方がずっとそばにいるんだから。
「ん? どうしたの、何かおかしかった?」
「いいえ、なんでもないよ」
不思議そうなルー君がおかしくって、ちょっと笑ってしまった。
この日々が続いていくように。
女の闘いやら、なにやら、いっぱいあるけどさ。
頑張っていきましょう!
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