第66話 生き残りあり。それは確実に良いことだ

間もなく、オーガを討伐完了した。


「エイリアナ、生き残りは?」

『一人だけ。あっち!』


一人か…

一人でもいてくれてよかった。


「クリフ君、一人生き残りがいるみたいだ」

「え、よかった! どこ?」


倒壊した建物の下、そこにいるらしい。


「微かに声が聞こえるね」


クリフ君の五感は鋭い。

魔法が使えない分、そちらの感覚が発達しているのではないかと思っている。

身体能力といい、基本スペックは高いんだよね。


二人でガレキを除ける。

身体強化しているのでガレキを持ち上げるだけなら簡単だが、崩れないように慎重に進める。


ちなみにブライアンさんはオークの残りがいないか、人間の生き残りがいないか捜索中だ。

風の精霊が調べ終わっているが、それは伝えられないので。


「がんばれ! もう少しで助けるよ!」


クリフ君が励ましの声を掛ける。

その声が聞こえたのだろう、泣き声が大きくなった。

命があるなら大丈夫。

最悪、重症でも奇跡と呼ばれる光の回復魔法がある。

治癒できる。


ガレキを除けると、親子、がいた。

母は子供を抱きしめている。

頭から血を流し、もう、命はない…

しかし、子供の命は守った。

母としての愛か…

せめて、命と引き換えの最後の願い…

それは果たされた…


「大丈夫? 助けに来たよ!」


クリフ君が話掛ける。

僕はガレキを除く作業を続ける。


「ママが! ママが! 返事しないの! お願い、助けて!」

「うん、うん。もう少し、もう少し待ってて」


ガレキを除く。

母はすでに命が無いことを僕は知っている。

エイリアナは生き残りは一人と言った。

この子に母の死をいつ伝える?

…難しい告知だ。


二人を助け出した。

母は子供をしっかりと抱きしめていた。

その母の手をゆっくりと、優しくほどく。


子供は母に縋り付き、声をかける。


「ママ、助かったよ。ねえ、ママ、ママ?」


母は起きない。

そこにもう魂は無いから。

もしかしたら、その魂は子供の無事を見届けるまで見守っていたかもしれない。

しかし、もう旅立ったあと。


子供は助けましたよ。

安心して向こうに行ってください。


「ルーカス君、お母さんは…」

「うん。もう…」


僕も子供を持つと、この母のように強くなれるのだろうか?

少なくても子供より後に死にたくない、と思う。

しかし、残された子供が悲しまないわけがない。

どうしたって死には悲しみが付きまとう。


そして子供は母を強く揺する、声をかける、泣きながら…

どうして母は動かない?

目を覚まさない?

いずれその死に気づく…

それなら、その別れの時間を見守るしかない…



「お別れはできたかい?」


クリフ君の言葉。

子供には残酷な言葉だ。

しかし、子供はコクリと頷く。

本当に理解しているかは分からない。

だけど、母の死を受け入れて、生きていこうとしているのだろう。


クリフ君は子供に寄り添い、手を繋いであげている。

この世に知り合いが一人もいなくなった子供の不安はどれ程だろうか。

村は全滅している。

知った顔も、友達もいない。

僕たちがなるべく安心させてあげたい。


この村のみんなを供養することは僕らだけではできない。

だけど、せめてこの子の母だけでも送り出しておこうと思う。


きっと、本当のところでは子供は母の死を受け入れられていないだろう。

だけれど、葬儀で一区切りをつけて、歩き出さなければいけない。

生き残った者だから。

それが母の望みだろうから。


母を静かに横たえる。

タオルで顔を拭き、汚れを落とす。

綺麗な女性だ。

子供と似ている。

まだ若い。

本当に…死ぬような年齢ではない。


子供は母を見つめる。

その頬にツツと涙が伝う。


「よく子供を守ってくれました。俺は貴方を尊敬します」


ブライアンさんが言う。


「お子さんはきっと守って街まで送り届けます。どうぞ安らかに眠ってください」


クリフ君が言う。


「貴方の眠りが、温かく、優しい光で包まれていることを切に祈ります」


僕が言う。


火魔法、光魔法を混ぜた、浄化の炎を彼女に灯す。

白く、神々しい光は彼女を焼いていく。


「…ママ、ママ」


子供は声を殺して泣いていた。

涙をこらえて、こらえきれずに…



移動魔法で街へと戻った。

四人だとどうかと思ったが、何とかなるものだ。

日が落ちる前に帰れて良かった。

夜中に光魔法はだいぶ疲れるんだ。


本当は闇の転移魔法で移動した方が早いのだけれど、さすがにチートすぎる。

光の移動魔法だけでも見せすぎだと思う。


子供、そういえばまだ名前も聞いていないな…

子供は放心していた。

色々あって、頭がパンクだろう。

ゆっくりと寝てほしい。

こういうときは何も考えず、何もせず寝るのが良いと思う。

思い出が巡って寝れないなら睡眠魔法で寝てもらおう。



ギルドへ報告に行く。


「え、何かありましたか! 引き返してこられたんですか!」


「依頼は達成したよ」


ブライアンさんが答える。


「え、え、もうですか? マスター!」


マリーさんが慌てて二階に上がっていった。

彼女は階段を駆け上ることが多いのだろう。

足腰には良さそうだけれど、疲れそうだ。


「おう! 早えな! で、どうだったよ。ん、その子は?」


早速マスターが下りてくる。

足音も声も大きい。

元冒険者らしいが、偵察とかの任務は不向きそうだ。


「この子は…名前なんだっけ?」


「…ヴェラ」


「へえ、女の子みたいな名前だな」


「…女だよ。もう10歳だよ。悪かったな痩せぎすで」


え、女性だったか…

僕が聞かなくてよかった…


身長も小さいしもう少し年下だと思っていた。

体はガリガリで、やはり食べられていないんだろうな。

通常、村は貧しいからな。

髪も短く、男の子と見分けがつかない。

言い訳か…


「はっはっは、ダメだぞ、ブライアン。女性を男と間違えるのは、それはやっちゃいけねえな!」


マスターが笑う。

だけど、あんた、ヴェラが女性だって気づいていたのか?

結構疑わしいな…



「で、村は生き残りが一人だけ。オーガが32匹か…」


マスターは腕を組む。


「マリー、後続隊は出発しているよな」


「はい。Bランク冒険者のパーティを派遣済みです」


「後処理に人手がいるだろう。空いてるC級共も向かわせろ」


「承知しました」


マリーさんはテキパキと処理を進める。

有能な人だ。


「32匹を3人で全滅か。さすが村出身だな」


「…村?」


ヴェラちゃんが首を傾げる。


「ああ、こいつらは森ん中の村人だよ。本業は冒険者じゃない、村人だ」


「強いのに?」


「ああ、強いことが村人の条件だかなな、あそこは!」


ガハハと笑う。


「そうだ、嬢ちゃんはどうする? このギルドで面倒見てやろうか?」


「……」


「それとも、村に行くか? 森に入りさえしなけりゃ、平和だぞ」


「…クリフと行く」


ん?

クリフ君が気に入られてたか。


「うん。一緒に行こうよ。美味しいものいっぱい食べられるよ」


クリフ君は嬉しそうだ。

だが、いいのだろうか?

君は新婚さんだぞ。

それが指輪を買いに行って、違う女の子を連れて帰って。

子供だとしても…


ああ、僕でなくてよかった…

エレノアさんは最悪許してくれるとしても、リネットがねえ…

危ない、危ない。


やはり3人でイベントを受けたのが良かった。

僕一人だけだったら、ヴェラが懐くのが僕になっていた可能性がある。

悪いことではないのだけれど、新婚生活には…ね。


何気にクリフ君も英雄体質かもしれない。

低身長に、可愛い顔、優しい性格。

身体能力馬鹿の狂戦士。

スパイク付き金棒の両手持ち。

ハーレムの匂いがする。

なんとなく…


ブライアンさんはシンディーさん一筋だからねぇ。

クリフ君もスージー大好きだけど。

いや、僕だって、エレノアさんとリネット好きだよ!



「で、だ。普通のオーガだったか?」


…魔物の情報は確かに重要だよね、冒険者ギルドとしては。

だけどね、あまり公開したくないんだよね。

上位種とかを倒せるとなると色々押し付けられそうだし。

僕は冒険者ではなく、農家として生きていきたい。

本業に支障が出るようなのはダメだ。


「一匹デカいのがいたな。ルーカスが仕留めたぜ」


いや、ブライアンさん。

素直に言っちゃダメですって。


「おう、ルーカス。そのマジックバッグに入ってるんだろ? 出しちまえよ」


「えー、そんな普通のオーガでしたよ。ちょとだけ大きかったですけど」


「おいおい、そりゃこっちが決めるこった。お前さんは魔獣のプロだろうが、魔物は素人だろ? 見せてみろよ」


「普通、普通ですよ。ちょっとだけ大きいだけで…」


「いいから、出せって! 悪いようにはしねえから」


うーん、ダメか。

逃げられなさそうだ。


マジックバッグに手を入れ、オーガの頭を取り出す。

大きいよな…

角を入れれれば1メートルくらいある。


ギルドないがザワつく。

やっぱり問題になりそうだ…


「おい…こいつぁ、ブルーだろ」


「はい…ブルージャイアントオーガですね。私、初めて見ました…」


いつの間にかマリーさんも帰ってきていた。

じっくりと頭を調べている。


「こいつをルーカス一人か…綺麗に首を切ってやがる。おめえ、魔法が得意じゃなかったか」


「まあ、そうですよ。ですが、魔法だと素材が悪くなりますから…」


「こいつを相手に余裕か…」


マスターに呆れられた。

だってねえ、珍しいヤツだし、もったいないじゃない。


「ね、ルーカス君。これって食べられるかな?」

「んー、あまりおいしそうじゃないけどね…」

「食べてみないと分かんねえよ。狩ったやつはとりあえず食ってみようや。上位種らしいし、旨いかもしれねえ。ルーカスが毒抜きの魔法を入れりゃいいさ」


「あれですね、森の村って、化け物ぞろいですね。もはや同じ人間と思わないことにします」


それは失礼ですよマリーさん。

僕たちは良い村人です。

最近、ちょっと戦闘力が普通の人と違うかなって思い始めていますが。

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