第257話 さすがに、これじゃないよね感が強すぎる

業務用の無機質なPC。

机の上には2台のディスプレイ。

左のメインにはソースコードが、右のサブには設計書が映っている。

デュアルディスプレイって便利なようで、そうでもないようで。

視線の移動距離が長いから、疲れるような気もする。

……うーん、向かいの席の人がキーボードを叩く音がうるさいなあ。

僕のエンターキー押下音も強いか。

何でエンターキーって強めに叩いてしまうのだろうか?

キーボードの謎だよなあ。

軽く押した方が指にも優しいだろうに。


ソースコードを眺める。

ちなみに僕が書いたコードじゃないよ。

後輩のコードだ。

とりあえず書かせてみたけれど、バグばっかりだ。

全然リリースできるようなものじゃない。

自分で問題箇所を発見し、修正できるレベルでもない。

それで僕が見ているということ。

集中できていないが、何となく、コードの問題箇所が分かる。

そこに視線が集中する。

これもこれまで仕事で長い時間コードとにらめっこした結果か。

一種の超能力?

僕も成長したものだ。

……望まない方向かもしれないし、通常の生活には不必要な能力だけど。


「先輩。修正終わったっす。レビューお願いしまっす!」


後輩のエルリックが穏やかに笑っている。

金髪のイケメン。

……惣次郎じゃないんだな、お前。

なんでエルリックよ?

無理があるだろうが……

ちなみに僕が見ているコードはこいつのもじゃないよ。

別のがいるんだ。


さて、気を取り直して。


「おう。じゃあ、Web会議な」


惣次郎、じゃないエルリックとWeb会議で、画面を見ながらコードの修正箇所を確認する。

おおむね問題なし。

いくつかの細かい指摘をして終了する。

こいつも成長したなとしみじみ思う。

プロジェクトもだいぶ楽になった。

最近は定時で退社できる日が多くなっている。

僕の体調も、心も安定しているように思う。

ああ、帰って、あのアニメを見よう。

コンビニに寄って、弁当とノンアルコールビールを買って、ゆっくりと。


「なんか、先輩、貧乏なこと考えてるでしょ」


後ろから声を掛けられる。


そう、コイツだ。

僕が見ているコードを書いた後輩だよ。

ここでは一人後輩が増えたんだ。

銀髪の美少女。

黙っていれば、本当に可愛いのだけれど、口を開くとちょっと残念な子。

エイリアナ……

そう、何故かエイリアナが僕の後輩になっている。

この配役はだいぶ無理があるんじゃない?

まあ、いいか。


「お前なあ。僕のことはどうでも良いんだよ。お前のコードなあ、全然だめだぞ」


「ははは、それはゴメンなさい。いやね、頑張っているんだけどね」


こいつ、悪びれないなあ。

委縮されるよりはいいけどね。


「それと、ちゃんと仕様書、読み込んだか?」


エイリアナは目をそらす。


「いやあ。だって、あれつまらないんだもん。眠くなるだけよ」


「お前なあ……。つまらなくたって仕様は確認しなきゃだろう。何をもとに、何を作る気だ?」


「そこは私のセンスで!」


「アホ! 仕様を満たしてなきゃ、それは不良品だ」


コツリとやさしく頭を叩く。

まあ、こいつとの仲だからできること。

仲良くないと、パワハラとか、セクハラとか言われるよなあ。

エイリアナも、こっそり僕に見えないように舌を出しているし。

懲りないやつだ。

まあ、可愛いけどさ。



予定通り、定時に上がる。

会社帰りに、アパートの近くのコンビニに寄る。

今日はパスタの口。

懐かしのナポリタンと、サラダ、ノンアルコールビールをカゴに入れ、レジへ。


レジの子はいつものバイトの子。

赤い髪の勝気な美少女。

……ここでインゲルデか。

こいつ、バイトが必要なのか。


「いつもバイトお疲れ様です」


何となく声をかけてみる。

インゲルデだからね。

でも、ここだと何の関係もない、客とバイトだよね。

彼女はチラリと僕を見る。

ちょっと奇異の目で見られる。

うん。

やっちまった感じ。


「……いつも、ありがとう、ございます」


彼女は下を向いたまま、ポツリと。

少しだけ耳が赤くなっているような。

良いけどさあ、性格が違くないか?

うん。

仲良くなれるような気がする。

急がないで、のんびりとね。



ちょっと上機嫌でアパートへと急ぐ。

途中、エルミリーに遭遇する。

なんと彼女は警官でした。

まあ、何となく似合っている。


「お兄さん、ご機嫌だね。あまり機嫌が良いと、変質者と間違われるから、ほどほどが良いぞ」


うるさいよ。

たまには機嫌よく帰ったっていいじゃないか。

スキップまではしてないんだから見逃してよ!


「ふふ。でも、お兄さん、ちょっと良い感じだよ。今度一緒に交番まで来るかい? お茶くらい出すよ」


「何のために交番まで行かなきゃいけないんです」


何も悪いことはしていないが、交番っていうのは怖い。

なんでだろうか?


「ちょっと話すだけだよ。いいだろう? いやあ、女性警官っていうのも結婚が難しくてね。出会いが少ないのさ。それで、ちょっと良さそうなのに手を付けようかと」


「ダメでしょ、それ。仕事中でしょう!」


「まあ、ダメだよ。だから内緒な。だけど、まあ、考えといてくれ」


エルミリーも大変そうだな。

女性警官というのも強いイメージがあるからね。

強い女性を相手にできるのは、自分に自信がある男性か、女性に依存したい男性か……

なんかなあ、どっちも微妙な気がする。

頑張れ、エルミリー。



そしてアパートに到着する。

少し古めのアパート。

地味な外見だが、味がある感じだよね。

まあ、僕の城だ。

落ち着くんだよね。


コンクリートの階段を上り、部屋のある2階へ。

部屋への途中、隣の部屋の女性がドアを背に立っていた。

彼女は会社員で、僕よりも年下だ。

でも、いつも僕のことを気にかけてくれる、優しいお隣さん……?


「あ、ルーカスさん。お帰りなさい」


あ、僕、ルーカスなんだ。

まあ、そこもどうでも良いけど。


薄い水色の髪、少し身長は小さい。

女性らしい可愛らしい声。

そう、彼女はメーリーア……

そうすると、親切なお隣さんというより、ストーカー寄りのお隣さんな気がする……


「あの……いつもコンビニ弁当だけですと、栄養バランスが悪いと思います。だから、私、野菜スープを作りました! 飲んで下さいね!」


鍋をドンと突き出される。

それを受け取るしかない。

彼女は顔を赤らめて、急いで自分の部屋に入った。

まあ、悪い子じゃないんだよ。

ちょっと押しが強いだけだよね。

きっと。



「ただいまー」


部屋のドアを開ける。


「おー、お兄ちゃん帰ったー? お腹減ったー。御飯欲しいー」


廊下、玄関に頭を向けてハーマリーが倒れている。

ああ、妹設定ね。

で、春休みにこっちに来て、兄であるところの僕のアパートで寝泊まりしている。

それほど外に遊びに行かないんだけどね。

なら、実家にいても同じじゃない?

何のためにこっちに来たのか……


で、お腹を減らして、僕の帰りを待っていた。

廊下に倒れたままで。

何もする気がないのが、ハーマリーらしいといえば、らしいね。


そして僕は妹のことを忘れていたので、彼女の分の食事を買っていない……


「これを食え。僕は非常食の即席麺を食べる」


「あー、私ー、即席ラーメンのほうがいいかもー。コンビニの御飯飽きたー」


そっか、僕は仕事が忙しいから平日は自炊していない。

いつもコンビニ御飯だった。

なぜかコンビニ弁当って飽きるんだよね。

美味しいことは美味しいんだけど。

どういう理屈だろうか?

明日は土曜日なので、何か作ってやろう。

こいつが好きなのはカレーか……

カツカレーだな。

そして大食なんだ。

良く食う。


「しょうがないなー。でも、お前だって、即席麺くらい作れるだろうが」


「やだー、めんどうー。だって、お兄ちゃんが作るラーメンのほうが、私が作ったのより美味しいんだもんー」


誰が作ったって同じになるはず……なんだけど、実際は違うんだよね。

コイツの場合は自分で作りたくないだけだろうけど。

まあ、悪い気はしないけどさ。


「じゃあ、作ってやるから待ってろ」


「おー、ありがとー。卵落としてね。あと、御飯もつけてー」


作ってもらうくせに注文が多いぞ妹よ!



ピンポーン。

来客だ。

お湯を沸かしているところだ。

火を止め、玄関へと。

ハーマリーはすでに部屋に引っ込んで、寝ている。

言ったって、玄関に出てはくれない。


ドアを開けると、母さんが立っていた。

何故、母さんがここに?


「ルーカス。遊んでないで、そろそろ帰りましょうか」


しっとりとした声の女性。

黒いドレスを着たこのアパートに似合わない美人。

夜空を切り取ったような美しい人だ。

そう……

母さん役はアルベルタだ。

その配役もどうかと思う。


「いやー、せっかくこんな世界を作ってくれたんだから、少し楽しもうかと」


この世界というのは僕の願望なのかね。

しかし、世界観が滅茶苦茶だよ。

さすがに違和感がありすぎて、夢だと気付くだろう。

面白かったけどね。


「しょうがない子ね。でもね、そんなに余裕がないのよ。現実世界が大変なことになっているわ。帰らないと大切な人が悲しむことになるわ」


「え……それはどういうこと?」


「まずは現実に戻りましょう」


アルベルタは僕の頬を両手ではさむ。

そして、じっと目を合わせる。

彼女の漆黒の目の中に吸い込まれるよう。

意識は暗転。

そして僕は夢の世界から、現実の世界に戻る。



そこはオトド。

地底湖に僕は浮かんでいた。

隣を見る。

サヨちゃんが同じように浮かんでいる。

その目には涙が見える。

どんな夢を見ているのだろうか。


「ああ、起きてしまいましたか」


声の主はレアに似た女性。

紫の髪の女性だ。

おそらくホムンクルス。

そう、帝国にいた錬金術師と同じタイプ。

しかし、その雰囲気は違う。

どういうことか?

そうだね……きっと魂が違うからかな。

この世界は魂があるらしい。

生きとし生けるもの全てに。

なら、考え、行動している彼女たちにも魂が宿っている。

そして一人一人魂が違うので、性格も雰囲気も違うんだろう。


「で、どうするの。僕と戦う?」


彼女は頭を横に振る。


「いえ。私ではアナタに敵いません。無駄なことはしない性質なんです。そして、マスターにそれほど忠誠を誓っているわけでもありません」


「へえ……そういう子もいるんだ」


「はい。私は七番目ですから。七番目のヴァイエラです。六番目とは違います。六番目はマスターが好きなようですよ。女としてね。しかし、私にはそういう感情はありませんから」


「確か、君たちには自殺装置がついているんだよね。この任務が失敗したから、君は死ぬのかな?」


「いえ、そんな無駄なことはしません。私は五番目ほど真面目でもありません。それに任務も失敗しているわけでもないかもしれません」


「それはどいうこと?」


「私の任務はアナタの足止めです」


「……僕はどれくらい寝ていた?」


「一日くらいでしょうか。とても楽しそうな顔をしてましたよ」


敵の目的は、僕の足止め?

どうして僕なんか……

そして一日寝ていたのか。

急に体が固まっているような気がしてくる。

伸びなんかしてみたりする。


『ルーカス、急ぎましょう』


珍しくアルベルタが急いでいる。

これは本当にヤバそうだ。


ここへ来た目的はサヨちゃんだ。

彼女を起こさないといけない。

どうやって?

魔法で良いんじゃない?


まあ、僕は睡眠の魔法を使える。

ということは目覚めの魔法も使えるんだよね。

相手を眠らせても、都合の良いところで起こせないと使い勝手が悪い。


僕が寝ていた位置は足が立つ浅瀬だった。

歩いてサヨちゃんの元へ。

目覚めの魔法をかける。

彼女は一種の神。

だけど力を抑えている状態なら僕の魔法も届く、かもしれない。


そして彼女の目が開いた。

まだ体は水に浮かんだまま。


「サヨちゃん、おはよう」


「……夢を見ていたの。懐かしい夢を。楽しい夢を。だけど、やっぱり夢は夢。現実じゃないの。だから、やっぱり目覚めないといけないの。だって夢だから」


彼女は少し寂しそうだった。

夢の方が楽しいこともあるだろう。

だけど、そこに生きていけるわけじゃない。

手触りもなく、匂いもないような幸せってどうなのだろう。

ただのぬるま湯に浸かっているような幸せ。

いつしか疑問を持たないだろうか?

この幸せに何の意味があるのかと。

幸せに意味なんか必要ないと思うけどね。


「ありがとうルーカス」


サヨちゃんは両手を伸ばす。

僕はその手を取り、彼女が体を起こすのを手伝う。

彼女はそのまま僕に寄りかかり、僕を抱きしめた。

ん……?

サヨちゃんの体が大きい……

彼女は少し体を離す。

彼女の顔が見える。

大人の女性だった。

サヨちゃんが成長した姿。

長い黒髪の繊細な顔をした女性。

そして、その力は……まさしく神。


「ふふ。驚いた、お兄ちゃん。私を助けてくれたお礼をしなくちゃね」


彼女は僕にキスをした。

あ、メーリーアが騒いでいる。

が、まあいい。


ドクン。

体が熱くなる。

これは……称号か……

「神へと踏み出した者(弱)」。

おい、それはどうなの?

いらないって、こんな称号。


「お兄ちゃんもこのまま神様になる?」


「いえ。遠慮しておきます」


彼女は声を立てて笑った。


「少しだけ、お兄ちゃんを助けるね。お兄ちゃんの問題が起きているところに転移してあげるからね。頑張ってね、お兄ちゃん」


僕とヴァイエラ・ナナは、彼女にはじき出されるように転移させられた。


「またね、お兄ちゃん。また、遊んでね」


小さいサヨちゃんの声が聞こえた。


小さいサヨちゃんは、このことを忘れるのだろうか?

まあ、それもいい。

僕が覚えていればいいだけのことだよね。

またね、サヨちゃん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る