第5話 5歳児は剣の師匠と出会う。しかし尊敬はできない

剣の稽古を始めてから数日、稽古中におじいさんに声をかけられた。


「のう、少年。剣は楽しいかい?」


急に話しかけられてビックリした。

全然気配がなかった……

ここに来たときにも人はいなかった。

いつの間に来たのだろうか。


年齢は七十くらいだろうか。

薄い白髪頭で、白い髭をしている。

痩せたおじいちゃんだ。

椅子に座ってこちらを見ている。

背筋はまっすぐなので、歳のわりに若く見える。


「ううん、そんなに好きじゃない……だけど、必要だから」


「ほう、魔物退治でもしたいのかね」


「ううん。お姉ちゃんの稽古が痛いから、少しでもついていけるようにしないと」


別に隠すようなことはないし、正直に答える。

嘘をつく必要もないだろう。


「はっは。お姉ちゃんが怖いか。それはいい。じゃが、その稽古じゃあ強くなれんじゃろう。基礎がなっとらん。そうじゃな、儂が教えてやってもよいかの」


椅子から腰を上げる。

ちょっとうざいくらいのドヤ顔で見てくる。

この人も教えたい症候群?


「おじいちゃん、強いの?」


とても強そうには見えない普通のおじいちゃんだ。


「こう見えても若いころはまあまあじゃったんじゃが。まあ、歳でのう。今でも教えることくらいはできるわい!」


ガハハと笑った。


この村ではほぼ全員護衛のために剣を習っている。

少なくとも僕よりは基礎を知っているし、強いだろう。

自分でただ素振りをしているだけでは埒が明かない。

そうだね、教えてもらうことにするか。



その日からさっそく教えてもらう。

まずは基礎体力が必要とのことで、ランニング。

何事も体力が必要で、下半身が重要らしい。

とても疲れた。


そして、そのまま素振り。

おじいちゃんに木剣を借りて行う。

正しい握りを教えてもらい、正しい振り方を教わる。

ゆっくりと剣を振り、体に正しい剣の振り方を覚えさせる。


意外。

一人でやっていたときよりずっといい。

なんとなく剣を振れるようになってきた。

充実感がある。


「のう、少年。お姉ちゃんはそんなに強いのかの」


お姉ちゃん以外と戦ったことがないので、彼女がどの程度のレベルかはわからない。

しかし、ガキ大将という身分のため、少なくとも同年代よりは強いはずだ。

学校の授業を見学すればわかりそうだけど、学校に顔を出すのは恥ずかしい。

確かなのは自分との実力差だ。

僕はお姉ちゃんに全然かなわない。


「僕より全然強いよ。動きが速くてついていけない。力も強いし」


「ほお。速くて強いか? もしかしたら、魔力で強くなっているのもしれないのお」


「魔力で強くなるの?」


「身体能力を上げることができるのじゃ」


おお!

この世界でも魔力による『身体強化』があるようだ。

今まで魔力の制御を訓練していたが、これには気付かなかった。

ぜひ教えてもらいたい!


「お姉ちゃんは何歳なんじゃ」


「八歳だよ」


「ほほ、八歳か。それはなかなか才能のある子かもしれんのお」


なるほど。

八歳で身体強化は早いか。

お姉ちゃんは戦闘の才能があり、魔力を持ち、それを身体強化に使える。

将来有望な戦士だね。


ありそうな話だと、剣聖のスキルを持っていたり、「姉が剣聖で……」みたいな話だろうか?

その場合、僕の役割は?

姉に鍛えられて無自覚に最強になるとか、姉に溺愛されてそれから逃げるとか、一緒に冒険に出て最強な姉に振り回されるとか、そんなところだろうか。


どれも嫌だなあ。

巻き込まれたくない。

……お姉ちゃんを避けるか?

しかしそれはなあ、家族だから嫌だ。

まあ、そうそう物語どおりにはならないだろう。

お姉ちゃんに才能があるのなら、彼女に対抗できるだけの力をつければこの世界で問題なく暮らせるだろう。

最強になる必要はないけど、力はあったほうがいいさ。



「……ルーカス、いた」


「お姉ちゃん……」


噂をすればなんとやら。

お姉ちゃんのことを話題にしていたら、本人の登場だ。

見つからないようにしていたのだけれど、ついに見つかってしまった。

お姉ちゃんは腰に手を当てて仁王立ちしている。

怒っているね。

うん、なかなか強そうだ……


ここでの秘密の訓練も終わりか。

まだ、剣の腕はお姉ちゃんに全然届いていないのに。


「ほっほ。これはこれは可愛らしいお嬢ちゃんじゃの。こんにちは」


「……おじいさん? 用はない。ルーカス、一緒に行く!」


お姉ちゃんが手を伸ばすけれど、僕はそれを取れない。

僕はまだここで剣を教えてほしいのかなあ?


「儂はこの子に剣を教えていたのじゃよ」


「……まだ五歳。その年齢じゃない」


いや、お姉ちゃんも剣の稽古だって、僕にやっていたじゃないか。


「そうじゃのお。村のルールではそうなっておる。じゃが、個人的に教えることは禁止しとらん」


おじいちゃんは無邪気に笑う。

うーん、たぶん、おじいちゃんはお姉ちゃんをからかっているんだろう。

嫌味なく笑っているのは歳の功かな。

お姉ちゃんはおじいちゃんを睨みつける。


「……なら、アタシが教える!」


それでは今までと変わらない。

お姉ちゃんとしては弟を鍛えているだけかもしれないけれど、弟が嫌がっているのならパワハラになるんじゃないかな。

いろいろXXハラとかでくくる世界は面倒くさくて、生きにくいと思っていたけど、いざ自分が被害者側(?)になってみると嫌なものだね。


根性のない僕は何も言い返せないで、黙って下を向いている。

我ながら情けない……


「なぜ、儂じゃいけないのかの?」


「……私はいつも一緒にいる。いつでも教えられる」


「教える側は身内じゃないほうがいいんじゃないかの。客観的に指導できるからの。客観的、わかるかの?」


「……知ってる! おじいちゃん、もう体も動かない、剣は教えられない!」


おじいちゃんの目が光ったような気がする。


「ほう、儂が弱いか試してみるか? まだ嬢ちゃんには負けないて」


「……やる!」


お姉ちゃん、顔が真っ赤。

頭に血が上っている。

冷静にならないとダメだ。

正しい判断はできない。

おじいちゃんは相当自信があるみたいだ。


二人は木刀を構えて向き合った。

試合形式で力を試すらしい。


お姉ちゃんが初めに動く。

おじいちゃんに向かって飛び込み、木刀を振り下ろす。

やはり、速い。

外から見ているから動きを追えているけれど、お姉ちゃんと対峙していたら見えない。

おじいちゃんはぎりぎりでその剣をかわして、カウンター。

……ではなくて、姉の横を通り過ぎざま、お尻をぺろんと触る。

うん、痴漢だね!


「うぎゃ!」


お姉ちゃんはびくりと体を震わし、後ろに飛び退き、距離をとる。

フシューと唸って、怒っている。

……猫。

野良猫だ。


お姉ちゃんは仕切り直し、また、おじいちゃんに向かっていく。

しかし冷静さを欠いている。

剣が大振りになっている。

おじいちゃんはそれを軽くいなす。

今度はお尻をぱんと叩く。

やはり痴漢攻撃……


おじいちゃんの動きは速いわけではない。

しかし、最小限の動きでお姉ちゃんの剣を躱し、反撃する。

たぶん技量が違いすぎる。

達人というやつかもしれない。


お姉ちゃんは諦めずに向かっていったが、おじいちゃんにあしらわれるだけだった。

何度も挑むが、すべて軽く躱される。

ついに、お姉ちゃんは立ち止まり、肩で息をしている。


「どうじゃ。儂は合格かの?」


お姉ちゃんはキッとおじいちゃんを睨んでから、ドスドスと足音を響かせて、帰っていった。


僕としてはだいぶ「不合格」寄り。

痴漢爺さんだった。

ダメな人かもしれない。

しかし剣の腕では確かか……


「ほっほ。なかなか才能のある子じゃて」


嬉しそうに笑っている。


「で、きっといい尻のいい女になるじゃろて」


いい尻は必要か?


お姉ちゃんは大丈夫だろうか。

凹んでないかな。

お姉ちゃん、負けず嫌いだから、一層剣に励むんじゃないだろうか。

これがきっかけで世界有数の剣士に成長したりして……

ありそうで怖いね。


「で、少年。おぬしは胸派かの? 尻派かの?」


何の話?

この爺は五歳の子供に何を聞いているんだ。


「……どちらかと言えば、両方?」


素直に答えておく。

年上には敬意をもって接しないといけない。


「ほ、ほ、欲張りじゃの! 儂は尻じゃよ、尻! 胸はのお、赤ん坊のもの。じゃから尻は儂のものっちゅうことじゃ!」


女性の体は奪い合うものじゃないような気もする。

が、男性には魅力的に映って、そうじゃないと種の危機になるわけで……

たまにほんのちょろっと見るくらいはしょうがないよね。

許してほしい。

前世で彼女いなかったし……


「プリっと上を向いた尻もよし、年齢を重ねて少し生活感のある尻もまたよし!」


爺さんが何か言っているが、無視だ、無視。

見てもいいけれど、評価はしちゃだめだと思う。



家に帰ると、お姉ちゃんがパパ、ママに、僕がおじいちゃんに剣を教わっている件を確認したんだけれど、すんなりとOKが出ました。

意外に信用度が高いお爺さんだったみたい。

本当に意外だよね。


さて、それでは、まず、魔力による身体強化を教えてもらいたいと思っています。

この世界で生き残るために。

お姉ちゃんとの訓練で青あざを作らないために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る