第62話 その炎と愛情は同じものでしょうか

「おはよう、ルー君」


僕が目を覚ますと、隣にエレノアさんが寝ている。

エレノアさんは先に起きていた。


「おはよう、エレノアさん。起きていたの?」


「ちょっとだけ早くね。ルー君の寝顔可愛い」


恥ずかしい…

凄く恋人感が出ている。

なんだかずいぶん甘ったるくなってしまっている。

普段の感じに戻したら、エレノアさん怒るかなあ…



朝食を食べながら考える。

ところで、指輪はどうしようか?


村では婚約したときに男性が女性に指輪を送る。

前世とは違い婚約指輪、結婚指輪の違いはなく、一つだけになる。

男性、女性が同じ指輪を着けて、相手はいますよ、と目印にするわけだ。


村に指輪のようなアクセサリーを作れる技術者はいない。

男性は街に指輪を買いに行くことになる。

森を抜け、隣村を通り、街に行く。

魔獣の素材を売り、そのお金で指輪を買う。

昔は自分で狩った魔獣を売るのが習わしだったが、それだと戦闘力の低い男性は大変なので、今では狩人に狩ってもらった魔獣でも良いことになっている。

その代金は他の労働で返却する。

まあ、これも男性が家族を持つにふさわしい大人になるための試練みたいなものだ。


「エレノアさんはどんな指輪がいい?」


「け、結婚指輪かな? どんなのでもいいよ。ルー君がくれるのならさ」


エレノアさんが嬉しそうに笑う。

それを見てちょっと心が優しくなる。

…これが幸せってものだろう。



「ん、ルー君、行ってらっしゃいのキス!」


僕は仕事に出かける…



まずは娼婦さんたちの回復だ。

彼女たちは昨日仕事をしていないので、それほど重要ではないが、不便があったりするのかも聞かないといけない。


「こんにちはタバサ。よく眠れた?」


昨日と同様に回復魔法を掛けていく。


「うん。私、枕が変わっても寝れちゃう方なんだ」


「そう。それはいいね。僕は苦手かも」


前世では旅行とかでなかなか寝付かれなかったんだよね。

旅行中はテンションが上がっているからか大丈夫なんだけど、帰宅後にどっと疲れが出たものだ。


「食事もおいしかったし、ここは良い所ね」


「ただの田舎だよ。でも、気に入ってくれて良かったよ。何か欲しいものはない?」


「んー、そうだね。村を散歩したい」


それはそうだ。

この屋敷に閉じ込められたままでは気が滅入る。


決まりで彼女たちはこの屋敷から出られないことになっている。

犯罪者でもあるまいに。

目立たないようにすれば散歩くらいいいんじゃないだろうか?

娼婦さんたちがここに来ていることは村人ほとんどが知っている、女性も知っているだろう。

知らないのは子供たちだけかな?

なら、散歩くらいいいのでは?


「ちょっと村長さんに相談してみるね」


「ありがとう。えと…その…」


「なに?」


「今夜来てくれたら…その」


「うん。お誘いは有難いんだけど、僕には決まった人がいて」


「…そっか。残念。ルーカスみたいな人だったら全然歓迎だったんだけど」


ちょっともったいないことをしたのだろうか?

折角のお誘い。

でも昨日エレノアさんと一緒になったしね。

彼女を裏切ることはできない。



タバサさんで回復は終わり。

村長宅へ向かい、村長に散歩の話を切り出す。


「散歩ねえ…」


「さすがに2週間籠りっぱなしでは健康によくありませんよ」


「だが、決まりだからなあ」


「決まりを変えていけない道理はないでしょう」


「…しかし、女性陣が…」


「じゃあ、奥さんに聞いてみましょうよ」



村長さんの奥さんも参加してもらう。


「そうねぇ。女性たちの中には彼女たちを良く思っていない人たちも確かにいるわ。だけど妻を持っている人は彼女たちを買えないし、想い人が彼女たちと寝たからって、それは彼女たちの責任じゃないのよね」


彼女は続ける。


「でも、理性で分かっていても感情は抑えられないものよね。良くは思われないわよ」


「だめ、ですか」


「いいえ。いいんじゃない。何かしなきゃ何も変わらないし。それにルーカス君が彼女たちを守るんでしょ?」


「はい」


僕も一緒に付いていくつもりだ。

暴力沙汰にはならないと思う。

ちょっと視線は冷たいかもしれないけれど。


「じゃ、いいんじゃない。彼女たちだって真面目に働いているだけだしね」


と、奥さんの決定でタバサたちは散歩できるようになりました。

村長さんも奥さんには逆らえないってことだよね。

村長さんは困った顔をしていたよ。

奥さんが村の女性陣に説明をしてくれるとのこと。

明日には散歩できるようになるだろう。



「そういえば…ルーカス君、うちのリネット知らない?」


奥さんに声をかけれらる。


「今日は会ってませんよ」


「そうなの? たぶんルーカス君のところに行っていると思うんだけど」


「家でしょうか」


「たぶんね。娘が迷惑かけるかもだけどよろしくね」


奥さんが苦笑する。

僕は一抹の不安を感じた…



…家にはリネットが来ていた。


「おかえり。ルー君」

「おかえりなさい。ルーカス」


いつものようにお茶をしていた。

茶菓子はクッキー。

だけど手を付けていないようだ。

リネットの様子がちょっとおかしいような気もする。

ちょっと雰囲気が重い。

エレノアさんは複雑な表情?


「リネット、今日はどうしたの?」


「ねえ、ルーカス…」


思いつめているように見える。


「あなた、女性を勉強する歳でしょ」


やっぱり知っていたか…

ちょっと気まずくはある。


「…まあね」


「…私にしなさい」


「え?」


「だから、私にしなさい! 私が相手をしてあげるって言ってるのよ!」


何を?


「だって、君…」


男性経験ないでしょとはさすがに言えない。


「大丈夫よ。愛があるわ! ねえ、お願いだから私にしなさいよ!」


彼女は瞳から涙が溢れ落ちる。

そして、魔力の暴走、体から炎を吹き出す。

ヤバいな、火事になる。


「ねえ、ダメなの? 私のモノにならないの? なら、ねえ…一緒に死のう」


彼女は泣きながら笑う。

悲しそうに。

愛が重い…

僕に手を伸ばす…

燃える手を…


「ルー君、いいんじゃないの」


リネットがエレノアさんを見る。

炎がゆっくりと消えていく。


「…でも、いいのエレノア」


「私は良いのよ」


エレノアさんは微笑む。

公認の浮気ですか?

…いや、リネットは浮気相手になりたいんじゃなくて、本妻になりたいんだから、ちょっと違う。


「エレノア、本当にいいの? あなたルーカスを…」


「ええ、いいわ。私は先に済ませたから」


えっと、エレノアさん?

このタイミングでバラしますか?

そのうちバレるとは思っていますが…


「……えっと、エレノア。『何』を済ませたの?」


ほら、また炎が噴き出す。

今度は修羅の顔だけど。


「リネットも一緒にルー君の奥さんになればいいのよ」


「ルーカスの奥さんに一緒に?…」


ゆっくりと炎が消えていく……

それはリネット的に「あり」なのでしょうか?


「…そうね、ルーカスを失うくらいなら、シェアをするものいい…か」


どうも「あり」だったようだ。

良く分からん…


「おじいちゃんも多妻だったし、幸せそうだった…なら、私だって」


リネットのお爺さんは元村長さんかな。

多妻だったんだ…

と言うことは、この国は一夫一妻制ではないということか…

一夫多妻も、多夫一妻も、アリだろうか?


一夫多妻ね…

動物的には強い個体の子供を沢山残そうって感じだろうか…

人間だと優生学みたいになってきて大手を振って賛成はできないよね。


多夫一妻のメリットは?

夫が子供を作る能力が低かった場合はメリットがありそうに思うけど…

あとは、女性を中心に社会を作ることで、男性中心の社会より争いごとが減るとか?

良く分からん。



しかし、このままだとハーレム的な展開になりそうだ。

転生物だと一般的だが、まさか僕がそれになるとは思わなかった。

僕に二人の女性を愛することができるのだろうか?

たぶん、平等に愛する必要があるのだろうけれど。


そしてもう一つの問題、彼女の父、村長。

結婚を許してくれるか?

それも多妻…

…まあ、それは後で考えればよいだろう。

少なくとも今ではない。


「ルー君もそれでいいでしょ」


「でも、リネットの年齢は…」


「私、早生まれだからもう成人よ」


「ルー君、リネットちゃん嫌い?」


リネットとエレノアさんが僕を見つめる。

何故エレノアさんはリネットを薦める?

可哀そうだから?

エレノアさんはそんな性格じゃないよね…

一人で僕の妻をするのが大変?

二人の方が楽しそう?

分からない…


でも…


「嫌いじゃないよ、むしろ好き、かな…」


そう、ちょっと怖いけれど、好きな方ではある。

小さいときから遊んだ仲。

整った顔立ちに、意志の強い瞳。

頭の回転も速く、魔法使いとしても優秀…

彼女は素敵な人だ…

まあ、それはそれとして…

僕の感情的に恋愛か? 結婚をしたいか? と言われると…距離がある気がするが…


「私のこと『好き』なのね」


リネットは嬉しそうだ。

その笑顔は素敵だけど、やはりちょっとだけ重い気もするが…


本当に彼女を妻にして良いのだろうか?

後悔はしないか?


「うん。リネット、僕の妻になってくれ」


僕は決めた。

リネットを幸せにする。

こんなにも僕を愛してれるのなら、それを受け止めるのもありだろう。

愛されるものいいものだと思う。


「ああ、ああ、ルーカス。私、あなたの妻になるわ。喜んで!」


リネットは僕に抱き着く。

僕はリネットを抱きしめる。

細く、小さく、華奢な体だ。

これからは僕が守っていくんだ。


…彼女を受け止めないとどうなるか?

…という問題もあるしね…

それと僕くらいしか彼女を幸せにできないような気もする…


『そういうことよ。リネットはルーカスと一緒になるのが一番幸せなのよ』


アルベルタさん、それは「リネットは」だよね?

ルーカスは幸せ?


『なるようになっただけ。受け入れることはきっと良いことだわ』


僕の質問は無視ですか…


なんかな…

女性に引っ搔き回されている感じがある。

まあ、悪い感じはないからいいけど…

男性として情けないような…

女性に従っていた方が賢明なような…



こうして僕は二人目の妻を得た。

そして幸せな生活が始まるのだろう。


きっとね。

…もうこれ以上増えないよね。

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