第202話 【亘理蓮之介視点】逃亡、襲撃、被弾

【亘理蓮之介視点】


夜の道を馬で駆ける。

空は曇り。

星は見えない。


後ろを振り返る。

灯りの少ない帝都は、この距離でも闇に飲まれていく。


召喚された国。

この国のために戦ってきた。

いや、元の世界に帰るために、この国のために戦ってきた、か……


この国にはそれほどの未練はない。

が、人は……良くしてくれた人たちがいた。

幾人かはもういない。

もう思い出の中の人たち。



……召喚のこと。

大学受験の勉強。

塾の帰り道。

秋。


「共通テスト。近づいてきたわね」


梨乃が隣にいた。

同い年、幼馴染。

一緒の塾。


「蓮は自信ある?」


「ない。だけどやる」


やるしかないと思っていた。

俺は出来ないといけないんだ。


「そっか。まあさ、できるだけやればいいと思うよ。できないことはできないよねえ」


梨乃は気楽を装って、俺の背中を叩く。

俺の緊張を不安を和らげようとしていた、それは知っている。


「あ、蓮君、待って」


桜子が追いかけてくる。

彼女は一つ年下。

塾は同じだが別のクラス。

家は近い。

後から授業が終わったのだろう。

息を弾ませて、駆けてきた。

ここで急がなければ。

俺たちと合流しなければ。

きっと桜子だけは……


「桜はかわいいね」


梨乃が追いついた桜子を撫でる。

桜子は嬉しそうに、崩れた表情で笑う。

それを見て俺も少し微笑めた。

あの頃の……俺の少しだけ楽しい時間……


そして召喚された。


あの頃、俺は幸せだったのか?

親の期待が重かった。

それに応えられない自分が嫌いだった。

だけど生きてはいけた。

そばに梨乃と桜子がいた。

彼女たちは笑っていた。

命の危険はなかった。


「なんだこの点数は? お前、これでT大に行けるとおもっているのか!」


父は県議会議員だった。

祖父も県議会議員。

そう、県議会議員どまりだった。

国会議員にはなれない。

知事にもなれない。

そんなエリートな家系だ。


「パパそんなに怒らないで。ね、蓮之助ももう少し勉強すれば大丈夫よね」


母は間には入ってくれる。

が、T大に行くことは否定してはくれない。

俺が行きたいわけじゃない。

親が入れたいだけ。


「隆一郎だったらな」


隆一郎兄さんはもういない。

優秀だった。

勉強ができた、運動もできた、性格も良かった。

みんなから好かれた。

俺も好きだった。

今は……どうなんだろうか?


しかし、兄は死んだ。

交通事故で死んだんだ。

もういない。

そんな兄と比べられてもな。

俺はそんなに優秀じゃない。

それは俺自身が一番知っている。

そして、きっと俺はT大に受からない。

そのときどうなるのだろうか……


知ったこっちゃない、とも思っていた。

どうしようもない、と悲観もしていた。

父の激怒する姿を想像し、少しだけ笑った。



馬を走らせる。

途中、桜子に回復魔法を馬にかけてもらう。

馬は走る。

なるべく早く、この国を出たい。

王国か……

そこに行けば、帝国は追ってこないだろうか……

放っておいてくれるだろうか……


ルーカス・ブラウン。

帝国軍を一蹴した出鱈目な魔法使い。

優しい顔をして殺戮を行う非情な男。

俺よりも強い老剣士。

エルフの女王を妻とした人類の敵……いや、帝国の敵。

彼等なら俺たちを守れる、か。

しかし、彼等に俺たちを守るメリットもない。

だが、俺には彼らを頼るほかない……



結局、俺は中途半端なんだよ。

隆一郎にはなれなかった。

勇者もクビになった。

俺は何者だ……

どこに居場所がある?

せめて元の世界に戻って、俺が優秀でないことを証明したかった。

これがお前の遺伝子だと、父に分からせてやりたかった。

……それはつまり、まだ父の影響下にあったってことか……

別に父など、無視すればよかったんだ。

父を意識する必要なんてなかったんだ……

いまさら、もう遅い。



腕の中、桜子が体を震わせる。


「寒いか」


「ううん、大丈夫。ごめんね、蓮君。私、馬に乗れなくて。こんなんだったら一緒に練習しておけばよかったな」


「桜子は聖女だからな。いいんだよ。光の魔法が使える。それだけでいいんだ」


「うん。だけど、もっとあのとき頑張っていれば……」


「いらないよ。桜子。それはいらない。今で十分だ。今の桜子でいいんだよ」


せめて桜子はそのままで。

きっと大人になって、女性になって、綺麗になる。

だけどそのときまでは、あのときの桜子のままで。



「蓮! 後ろ!」


梨乃が鋭く叫ぶ。

後ろ、神経を集中する。

追ってくる者がある。

単独。

速い。

追いつかれる!


この速度……実力者だ。

迎え撃つか?


梨乃が馬上で弓をつがえ、放つ。

器用なものだ。

彼女の弓は、魔法の弓だ。

聖弓。

物理的な矢はなく、魔法でできた矢が放たれる。

そして途中でいくつにも分離し、敵に降り注ぐ。

しかし、敵は簡単によける。

あの数を!

ヤツの反撃。

剣、か……

この距離で。

いや、しかし。


「梨乃! 避けろ!」


力が走る。

遠距離の攻撃!

剣で?


梨乃が馬から転がるように落ちる。

その直後、馬が斬られる。

梨乃は地面に激突、転がる。

斬られるよりはいいが……


「梨乃ちゃん!」


馬を止める。

桜子が梨乃へと向かう。

俺は敵へと向かう。


飛ぶ斬撃……

魔法剣か?


身体強化、武器強化をかける。


相手は……

あれは……見たことがある。

おそらく元剣聖ブルーノ・ガーフィールド……

帝国、剣、指南役。


しかし、様子がおかしい。

あんな顔だったか……

笑っている。

あの男は、自信過剰で、皮肉気に苦笑するような奴だったはず。


「は、は、は……。ワタリィ、死んでもらうぞ! 殺すぞ! 殺しちゃうぞ!」


やはり様子がおかしい。

手には黒い剣。

あれか……

魔法剣ではなく、妖剣か。

精神を食われたか……


遠距離攻撃があるのなら、距離を詰めるべきだ。

斬りかかる。

簡単に躱される。

反撃をギリギリ避ける。

やはり強い!

元剣聖。

そして嫌な感じがする。

あの剣に斬られてはいけない気がする。


数合斬り合う。

ギリギリだ。

本当にギリギリ躱す。

技量が違う。

俺では届かない。

確かに技量は元剣聖が上だった。

しかし以前なら身体能力でゴリ押しできた。

今は筋力も互角。

厳しい戦いになる。


「蓮!」


梨乃の声。

体を横にずらす。

梨乃の魔法の矢が元剣聖へと走る。

元剣聖は躱し、別れた矢を剣で叩き落とす。

その隙!


袈裟懸けに斬る。

全力だ。

殺すつもりで斬る。

俺の剣は、元剣聖を斬った。


「は、は、は、は……。いてえなあ……。おい、ワタリィィィ、痛いんだよ!」


まだ死なない。

左肩からざっくりと斬られ。

体が千切れそうになっている。

しかし、まだ笑う。


「なあ!」


元剣聖が剣を振り下ろす。

飛ぶ斬撃。

黒い力が空を飛ぶ。


地面に転がり避ける。


「きゃあ!」


後ろ。

桜子。

左腕が肩から無い。

血が噴き出している。

桜子が斬られた!


「この野郎!」


元剣聖の首を斬る。

頭が落ちる。

まだ笑い声を立てている。


「桜子!」


桜子は自分の肩に回復魔法をかけている。

神の奇跡。

聖女の回復魔法だ。

部位欠損も治療する。


「なんで! なんで治らないの!」


梨乃が叫ぶ。

傷は塞がった。

血は流れていない。

しかし、腕が治らない。

肩から下がない。


「だめ……。私の力じゃ治らないの……。変な力があるの」


桜子の傷に触れる。

少し嫌な感じがある。

冷たい感じがする。

何かが回復を阻害している。

どうしてだ!

何で回復しない!


俺が傍にいたのに!

桜子に怪我をさせた。

俺のせいだ……

俺が避けたから。


「どうしよう、蓮……」


莉乃が珍しく狼狽している。

俺がここで折れちゃダメだ!

そんな最低にはならない。

勇者は廃業だ。

だが、人間として、友達として、男として、その誇りは失わない!


しかし、聖女の力でも回復できないなんて……

どうしたら……

そうだ!


「エルリックだ。王国の英雄エルリック! 聖女がいたはずだ」


桜子がダメなら、王国の聖女なら。


「あのルーカスが言っていた人ね」


あの化け物みたいなルーカスが頼れと言っていた人だ。

エルリックはおそらく化け物。

なら聖女も化け物の可能性がある。


「蓮君、馬が一頭……」


馬が一頭絶命している。


「梨乃は馬に乗れ。桜子、俺の背中に」


「え……」


「私が馬に乗るのより、蓮と桜子が乗った方が良くない?」


「俺が走った方が速い」


「体力バカだよね、勇者って」


莉乃も口が悪い。

が、少しだけ気がまぎれる。

桜子がためらいながら背中にのる。


「ありがとう、蓮君。よろしくね」


予想より、軽い。

小さい。

片手がない。

片手だけが俺の体に……

俺がしっかりと桜子を支える。


「行くぞ」


光の身体強化を発動しながら移動する。

仄かに光る体。

目立つだろう。

が、帝都からここまで離れれば。



移動を開始し、少し。


「桜子、眠っちゃった?」


「ああ」


背中の桜子は眠っている。

腕を切られ、回復し、疲れたのだろう。


「大丈夫よ、王国の聖女が治してくれるよ」


その、確証はないが、それにすがる……


「俺がふがいないばかりに……もし兄さんなら……」


「何言ってるのよ。蓮は隆兄さんじゃないよ。当たり前じゃない。蓮は隆兄さんより勉強も出来ないし、運動も出来ないし、顔も良くないし、性格も暗いし、きっと身長も低いし」


……だいたい合っているが、身長は……

兄さんは14歳で亡くなっている。

そこからどれだけ伸びたかなんて分からないだろう。


「だけどさ……。蓮は頑固だし、頭硬いし、不器用だし……」


普通、だけどの後……良いことを言うところじゃないだろうか……


「蓮なりの優しさってのもあって、頼りないけど、真面目だし、裏切らないし、悲劇の主人公ぶっているけどたまに抜けていたり……」


良いことのはずが……

やはり良くない……


「だけどさ……。そんな蓮だから、桜子は安心するし、私だって……」


梨乃……


「蓮は蓮でいいんだよ。そのままの蓮でいて欲しいと思うな」


俺が桜子がそのままでいて欲しいように、梨乃も俺が今のままでいて欲しいと思っている。

子供のあの頃の関係のまま?

違うな。

徐々に変わりながらも、変わらないものがある。


「だからね、私……」


風が吹く。

秋風が冷たくなっている。

梨乃の声は小さく、走る足音と、風にかき消される。


少し寒くなってきた。

背中の桜子が風邪をひかないように、光の身体強化を強くする。

俺の体は温かくなるだろう。

武器強化をするように、桜子まで魔力で覆えればいいのだが……


「蓮……。聞こえてないよね」


「どうかしたか?」


「……良かったんだか、悪かったんだか……」


梨乃は少し俺を睨む。

そしてため息。

よくあること。

だが、馬が走ってくれているとはいえ、前を見ないと危ないだろうに。


「まあ、まだね。今のままがいいかな」


そうだな。

まだ、今のまま……

何がだろうか?

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