第130話 約束の蝶

今夜はサヤノの温泉に泊まる。

この国に来たのなら温泉に来ないと嘘でしょう。

いや、いいよね温泉。

真剣に考えると、何が良いのかよく分からないけれど…

日本人の遺伝子にインプットされているのかもしれないな。

とりあえず、良いと感じるものは良い。



夜。

思い出したことがあるので、宿の人に広いスペースがないかを聞いている。


細い川、その川沿い。

川の流れは早く、意外に大きな音で、水が流れている。

遠くにフクロウらしき泣き声。

空には満天の星。

僕たちの他に人はいない。

あまり強い灯りの魔法を使うのも情緒がないので、薄っすらと光らせる。

足元が危ないのでエレノアさんの手を引いて歩く。

南の国だけど、さすがに冬は肌寒い。

川沿いはなかったかとちょっと後悔する。


「エレノアさん、寒くない?」


「大丈夫、ほら!」


エレノアさんがピトっと僕に抱き着く。

…温かいね。

浴衣の上には茶羽織を羽織っている。

夏だったらもう少し体温が感じられたか?

いや、暑いのでくっ付かないか。

これも冬の良い所。


二人きり。

じゃれ合う感じがいいね。

多妻もいいんだけど、二人だけの時間もいい。

こんな時間をたまには作れたらと思う。



ここに来た目的を果たそうか…

複数の魔法陣を起動する。

同じ魔法なので、単純作業なのだけど、この量はさすがに脳に負荷がかかる。

でも、頑張る。


一つの魔法陣から火で出来た蝶が複数、ゆっくりと飛び出していく。

ふらり、ふらりと、ゆっくりと不規則に飛ぶ。

やがて、僕たち二人の周りを100匹程度の蝶が囲む。

灯りの魔法を消す。

僕たちは、蝶に囲まれて、闇夜に浮かび上がっているだろう。

灯りの無い河原、音もなく揺れて飛ぶ蝶、浴衣の二人だけ。

すこし出来すぎかな?

恥ずかしくなってくる。


「どう? エレノアさん」


「…あ…これって、あの時の魔法?」


「そう、約束だったから。上手くなったでしょ? 火魔法だから触らないようにね」


魔法作成の練習のとき、最初にエレノアさんに見せた蝶の魔法だ。

エレノアさんにちゃんと魔法を習得したら、見せる約束をしていたからね。

ちょっと頑張ったんだ。

あれからずいぶん改良した。

どうかな、ちゃんと本当の蝶のように見えるかな。


「うん…綺麗…」


エレノアさん、涙ぐんでいる…


僕の肩に顔を預ける。

その頭を優しく撫でる。


「ありがとう…」


「うん」


花火みたいなイベントになった。

花火は夏あたりのイメージだけど、冬にやるものいいね。

ただ、少し切なさが勝つかな…

ちょっとしんみりしてしまった。

火の蝶っていうのが余計にね。

冬に火の蝶は似合いすぎる。

そして我ながら美しい。

美しいものは、何故か儚さをもっているね。



『やはり、火の蝶はいいものだな…』


しんみりとインゲルデが呟く。

いつの間にか肩に乗っていた。

もう少し二人の時間を作りたかった。

少し空気を読んで欲しい…


『出番が少ないからな。こういうときじゃないとな』


若干のメタを感じる…

そんなキャラだっけ、お前?



寒いので早々に撤収。

情緒がない!

ま、僕なんてこんなもんさ。

ちょっとロマンチックなことをやろうとすると、決まらない。


体が冷えたので、温泉で温まる。

ちょっと熱燗を飲んだりしている。

あんまりお酒は強くないんだけど、こういうときは良いかな。


もし僕の妻がエレノアさん一人だけだったら、こんなのんびりした時間をもっと持っていただろうか?

逆に、二人だけだと衝突することが増えて、喧嘩が多かっただろうか?

エレノアさんとだったら大丈夫な気がしてるけど。

リネットとだったら…

うーん…

それはそれで楽しかったのかな?

だけど、それだとエレノアさんの位置がどうだってことで、今が良いのかと思う。

その後の、フィオナさん、ティーレ、ミラベルさん…

うーん…

みんな、僕を立ててくれてるから、居心地は良い。

これで、子供ができたらどうなんだ?

てことはあるけど…

いつも、人生は悩み事でいっぱいだね…


「そういえば…エレノアさんと『だけ』結婚の予定だったんだよな…多妻の予定はなかったんだよね…」


ふと呟いてしまった。

エレノアさんに聞こえてしまったよう。


「ルー君は奥さんが沢山いるのは疲れる?」


「うーん…たまに疲れることもあるけど、楽しいよ。僕よりさ、エレノアさんが大丈夫だったのかって心配してる」


「私も楽しいよ」


「…あのとき…どうしてリネットを妻に推薦したの?」


「…そうね…何となくね、言っちゃったって感じ。今思えば、ルー君に奥さん一人って、そっちの方が普通じゃないのかなって思うよ」


「え、どうして?」


「ルー君はね、私の中では英雄なのよ。あの日、私を助けてくれたときから私の英雄」


「いやあ…英雄なんて大それたものじゃないと思うけど…」


「それはさ、私が決めることだよ。助けた方はそうは思わなくても、助けてもらった方は感謝しているんだよ。英雄さん」


「…たとえエレノアさんの英雄だとして、だから多妻ってのは?」


「英雄色を好むっていうでしょ」


「僕はそんなに女好きじゃないよ!」


「ふふ、そうね。たまに女の人の胸を見てるけどね」


やっぱりバレてた!

だって、年頃の男性なら、女性の胸に目が行くのはしょうがないでしょう?

いたって健全だよね!

それがないと人類滅ぶよ!

それに、僕は師匠ほど見てないからね。

…比べる対象が適していないとも言うけれど…


「まあ、それはそれとしてね。ちょっと情けない話だけど、私一人だとルー君に釣り合わないかなって…」


「そんなことない! エレノアさんはとても素敵な女性だよ!」


「ありがと。ルー君はそう言うけどね、他の人が見たらどうかな?」


「そんなの気にしないでいい」


「うん…まあね…ルー君を支えるのも一人だと大変だなって思うのよ。きっと今後色々起きるんでしょう。私は戦う力もないし、家のことをするしかできないし…リネットちゃんだったらルー君と並んで戦うことはできるでしょう」


僕は別に女性に戦闘力を望んでいるわけじゃないけど…

エレノアさんはそれに負い目を感じているのかな。

そのあともフィオナさん、ティーレ、ミラベルさんだし。


「僕は、僕が安心して家に帰れるのはエレノアさんのおかげだと思ってる」


「うん。しっかり家を守るよ。だから、ルー君は心配しないで、もっと大きなことをすればいいんだよ」


…僕が大きなことをする?

ああ…

他の人から見るとそう見えるのか。

力があると何かをするのだろうと思われる。


嫌だなあ…


でも、きっと彼女の言う通りなんだ。

否応なく巻き込まれていく。

「転生者」ね…

面倒な宿命だ。


きっと僕はそれに流されて、受け入れて生きてく。

逆らえないのだろう。

僕が出来るのは逃げるか、従うか。

逃げていてもきっといいことないよなあ…

自分が何か使命を持って生まれたとは思わないけれど、歩いていけば多少何かにつまづく。

僕は立ち止まって、体勢を立て直し、歩き直す、ただそれだけだ。

そうも思う。


一つ息を吐く。

力を抜く。


僕はエレノアさんに弱いよね。

好きになったらんだからしょうがない。


まあ、さ…

なるようになるかな?


転生者は色々と引き寄せるらしい。

だけどそれはその時に考えよう。

今はのんびりだし。


「…僕は、エレノアさんがね、幸せならいいなって思うんだ」


「うん。私は幸せ。すっごく幸せだよ!」


それならいい。

エレノアさんが幸せならいいんだ。


ちょっと自信がなかった。

僕はちゃんと良い夫なのだろうか?

彼女たちを幸せに出来ているんだろうか?

結婚して、いきなり5人の妻がいるんだから。

彼女たちが不満を持っていてもおかしくない。


エレノアさんに聞けて良かった。

幸せだと聞けて、安心した。


これからもしっかり愛せたらいい。

前世ではできなかったことだ。

神様に命を貰って、やっとここまで来た。

不安なことはたくさんあるけど、一歩ずつやっていこう。

彼女たちとなら、問題ないはず。

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