第16話 7歳、水泳の授業は問題だらけ
この村には水泳の授業というのがある。
村の近くの湖に泳ぎに行くのだけれど、森の中なのでもちろん魔獣が出る。
子供たちを警護する人員も必要になるため、毎年の開催はない。
数年ごとに実施される。
今年はその年で、12歳から6歳までの幅広い子供たちが授業に参加する。
まあ、学校に通っている子供に、村長の娘のリネットちゃんと農家の娘スージーちゃんを追加しただけだけどね。
護衛は狩人の二人アランさんとグレッグさん。
アランさんは学校で剣術の教師も兼任してくれている。
それに樵のデイヴさん。
ビリー君のお父さんだ。
樵も森で仕事をするため、ある程度戦闘力が必要な仕事となっている。
デイブさんはガチムチのおじさんだ。
将来ビリーもこんな感じになるんだろうか?
ちょっと想像がつかないな…
さて、湖は村から2キロくらい。
道中、魔獣が出ることもなく順調に到着した。
森が開けると、パッと青が目に飛び込んでくる。
湖だ。
とても水の透明度が高い。
済んだ水、真ん中あたりは深さがある。
吸い込まれるように青い。
とても綺麗だ。
ここで泳ぐのは気持ちが良さそう。
直径は500メートルくらいだろうか。
到着したところは浅瀬になっている。
ちょっと水に手を入れてみる。
夏だが、ヒンヤリとしている。
ちょっと寒いかもしれない…
水は透明なので、底の方まで見えるけれど、魚は見えない。
…魚の魔獣はいないのだろうか?
「アラン先生、湖には魔獣はいないのですか?」
「いるぞ。ただし、臆病だからな。人間を襲わない」
…ちょっと怖いね。
事故があったって話は聞かないから大丈夫か?
「食べられるヤツですか?」
「ああ、うまいぞ。なかなか出てこないから捕まえるのは大変だがな」
川魚ね…
確かに村で食べたことはない。
ちょっと泥臭かったりするのだろうか?
この湖の水ならそんなことはなさそうだけど。
「もし遭遇したらどうしたらよいですか?」
「逃げろ。水の中じゃ俺らに勝ち目はない。まともな攻撃ができないからな。水の中で使える魔法はそれほどねえし、銛での攻撃は避けられる。川の外から槍を投げて運よく当てるか、釣り上げるくらいだろ」
逃げろって、これから水泳を教わる子供だし、難しそうに思うが…
絶対相手の方が速いだろう。
まして捕まえるのは…
…うーん、ちょっと食べてみたいが、なかなか難しそうだ。
さて、子供たちは服を脱いで下着姿になる。
この世界、この村だけかもしれないが、水着がない。
下着で泳ぐことになる。
泳ぐ機会が少ないので専用の衣類を作ることはないだろう。
子供だから恥じらいもなく…
すぐに、喜んで水に入る…
すると、当たり前だが、衣類は体に張り付くし、濡れてちょっと透けていたりする…
子供だからって、このくらいの歳から胸のふくらみが少し…ね…
…男の子と女の子を分けて授業した方が良いのではないだろうか?
僕はロリコンじゃないけど、それでも目のやり場にちょっと困る。
…意識しているのは僕だけか?
……いや、ジェフリーもちょっと視線を外している。
仲間だ。
「ルーカス、遊ぼう!」
うお!
リネットとスージーに水を掛けれる。
冷たいが、とても気持ちがいい。
ここには遊びに来たわけじゃないと思うけど、子供としてはこれに乗らないといけないだろう。
手で水をすくい、リネットに水を掛け返す。
クリフ君も加わって、女の子たちとキャ、キャと遊ぶ。
飛び散る飛沫に、夏の太陽の光が反射してキラキラしている。
小さな虹ができて、それを見てまた喜ぶ。
この年代の子供は性別なく遊べる。
良いね。
あと数年すれば距離ができてしまうのだろう…
このまま仲良く成長していきたい。
だけど、途中で男女を意識し始めるのかな?
…普通のことだけど。
…前に進むことだけど。
今は、今を楽しむのがいいかな。
ちなみに姉は一人で湖の真ん中のほうまでガンガン泳いで行っている。
水泳の授業は2回目ということ。
華麗なフォームでクロール。
すごいスピードで泳いでいる…
相変わらず体を動かすことについては天才だ。
それにしてもストイック。
遊べばよいのに…
「おーいガキども、遊んでばかりいないで、そろそろ授業するぞ! 泳げないヤツは集まれ!」
年齢の若い子供たちはアラン先生の所に集まる。
クリス君、リネット、スージーも。
僕はどうしようか…
前世の経験があるので、普通に泳げる。
でも、授業を受ける前から泳げるのはちょっと不自然。
泳げない振りをしようか…
ちょっと面倒。
まずは水に慣れるということで、顔を水につけてみたり、水に潜ってみたり。
次は水に浮いてみる。
だらーんと力を抜いて水に浮く。
仰向けに浮けば口が自ら出るので呼吸ができる。
人間の体は、少しだけ浮くようにできているらしい。
顔だけ自らだして、のんびり。
次はバタ足、クロールと進む。
何か皆すんなり習得している。
前の世界の子供よりも身体能力が高いのかも?
たぶん、ゲームとかの遊びがない分、体を動かす遊びが多くて、だから体を動かすのが得意なのかもしれない。
リネットとスージーもすでにクロール、平泳ぎができるようになり、楽しそうに泳いでいる。
僕は湖の中央の方に向けて泳いでみる。
身体強化を使うと簡単に泳げる。
力を入れることもなく、リラックスして泳いでいるのだけど、前世よりもスピードはでているだろう。
中央付近に到着した。
仰向けになり、水に浮いてみる。
水が気持ちいい。
天気も良く、空は青い。
日光が降り注ぎ、包まれている感じがする。
あ、光と風の精霊が飛んでいる。
一緒についてきたらしい。
何しているんだ?
追いかけっこか?
風の精霊が光の精霊を追っているが、捕まらない。
風と光じゃ速度が違いすぎるよね。
仲がいいんだか悪いのだか…
ちょっと魚を探してみようと思う。
家ではほぼ、野菜と肉、パンなので、魚を食べたい!
もうちょっと中央に行くといるのかな?
ゆっくりと泳ぎながら魚を探す。
いた!
底の方に何か動いているように見える。
かなりの速さだ…
確かにアラン先生が言うように捕まえるのは難しそう。
漁業用の魔法とかないのだろうか?
素手じゃ無理だな…
魚は僕の下、湖の底の方で円を描いて泳いでいる。
とても小さいように見える。
前世での小魚の大きさかな?
まだ子供だろう。
この世界の魔獣は大きいからね。
ま、捕まえなくてもいいか。
食べ応えはなさそうだし…
それは、ふいに僕に向かって一直線に上昇する。
僕を獲物と認識したか!
どうする?
湖の真ん中!
魚が速すぎて逃げられない!
うお!
足にかみつかれた!
…そのまま水の中に引き込まれる!
身体強化を全開にして暴れるが振り払えない!
くそ!
すでに全身が水の中だ。
どうする?
どうする?
魔法?
水の中で有効な魔法は何だ?
風か?
風だ!
ありったけの風魔法を底の方へ放つ。
クッ、ダメ…
水中では威力不足だ…
引き込む力の方が強い。
少し上昇しただけで、水中からの脱出は叶わない…
ん、どういうことだ?
足にかみついている魚を蹴ろうとしてみるが、手ごたえがない…
幽霊みたいなものか?
聖属性でないと効果がない?
光魔法?
エルミリー…
水の中では届かないか…
ああ…
…だめだ…
息が漏れる…
苦しい…
苦しい…
怖い…
水の中…息ができないことがこれほど怖いことだとは…苦しいことだとは…
ああ…だいぶ下の方まで引きずり込まれたなあ…
…周りは青く透き通った水、上方から光が差し込んでいる…
キラキラと…
綺麗だなあ……
…ああ…ここまでか…
前世で死んで、この世界に転生して7年か…
短い人生だった…
…ああ…この世界でも何もできなかったな…
ごめんね…母さん…
また先に行くね…
今回こそは…母さんより長く生きたかったな…
それくらいしか、僕には親孝行できないからね……
…きっと…さ…良い息子じゃなかった…
…意識が遠く…
目の前に小さい女性。
その顔が近い。
水を形どったような、透き通るような、女性…
彼女は、小さな手で僕のほほを包み、そして、唇にキスをする。
ドクンと胸が熱くなる…
これは!
…精霊との契約?
『やっと契約できたね』
彼女が微笑む。
ああ…彼女は、たぶん水の精霊だ…
『ほら、もう苦しくないでしょ』
確かに苦しくなくなっている。
『水の精霊と契約したらね。水の中で生活できるようになったのよ』
水の精霊が僕の周りを泳ぎ回る。
速い。
そして、嬉しそう。
そういえば、僕の足にかみついていた魚は?
『ねえ、驚いた? ちょっと意地悪しちゃった。ルーカスを水に沈めちゃった!』
彼女は楽しそうに笑う…
「なんで?」
『だって、私のところに全然来てくれないんだもの。それなのに風、土、光と先に契約して……なんで私が最初じゃないの? 私はいつもあなたを見ていたのよ。雨の日も、雪の日も。だけど、あなた全然私のところの来てくれないから…やっと会いに来てくれたから、ちょっと嬉しくなって、悪戯したくなっちゃうじゃない。ねえ、驚いた?』
…ああ。
この子、だいぶマズイ子なのではないだろうか?
待望の水の精霊なのに…
もう契約済みで、チェンジできない。
「…それは驚いたよ。もう死ぬかと思ったし」
『水の生き物はね…愛する人を水に引き込むのよ。そして、キスをして、契約する。彼は水の中で生きられるようになり、一生一緒に暮らすの!』
彼女は歌うように、嬉しそうに…
「それはマーメイドとかセイレーンとかかな? 海の中に男を引きずり込んで殺すんじゃないの?」
『それじゃつまらないじゃない。せっかく好きな人を捕まえたのに、すぐに殺してしまっては。それは好きな人の肉を食べるのもいいけれど、やっぱり一緒にいたいじゃない!』
殺して食べるのか…
いや、海の女性って怖い…
「考え方が妖怪とかそっち系だと思うんだけど…」
『大丈夫よ。精霊にお肉を食べる習慣はないから』
食べないとは言っているけど、殺さないとは言っていないんだよね…
『ねえ、ルーカス。一緒に遊びましょうよ。この湖、綺麗でしょ。今なら自由に泳ぎ回れるわ。小さな水の精霊たちも喜んでいるわよ』
僕の周りを小さな粒が舞っているように見える。
これが小さな水の精霊たちなのだろう。
光が当たって、雪が降っているようだ。
綺麗だ。
光が当たっているということは、エルミリーが来てもよさそうなものだけど、どうしているのだろうか?
『呼んだかの。どこに行ったかと思えば、水の中とはな』
エルミリーが水の中に現れる。
さずが光の精霊早い。
というか今頃?
これで聞こえてるんなら、さっき助けてくれよ!
『ちょっとエイリアナがしつこくてな…それにしても水の精霊か…』
『何さ、光の精霊! 私より少し前に契約したからって偉そうに…』
いや、エルミリーが偉そうなのは元からだよ。
『水の精霊とやら。ルーカスと契約したのなら、儂ら同じ立場。仲良くやろうぞ』
『別に私はルーカスだけがいればいいのよ! あなたと仲良くする必要は無いわ!』
『はは。いや、ルーカス。なかなか難しい精霊と契約したな。まあ、そなたを好いているのだから大切にせねばな!』
ねえ、精霊ってみんなこんなのばっかなの?
彼女らは中級の精霊とのこと。
とすると、上級の精霊がいるはずで、それはもっとヤバい性格なのかもしれない…
…関わらないほうがよさそう。
ま、どこにいるかも分からないのだけどね。
『あ、そうじゃ。上は騒いでいたぞ。そなたが居らんようになったと』
…うわ…
それは大変。
水泳練習中の子供が一人湖で消えたなんて。
それは大騒ぎになる。
これは怒られるなあ…
…ああ、やだな…
みんなのところに戻ると、先生と姉に大変叱られました…
僕が悪いわけじゃない!
むしろ被害者だと思う!
けど、精霊のことは言えないし…
契約がなった手前、僕の精霊ってことだし…
やっぱり僕が謝るしかないってことで。
大人しく叱られていました。
さて、水の精霊です。
やっぱり農業の助けになります。
水の管理が非常に楽になりました。
土、水、風、光。
彼女らにサポートしてもらえば、農業がだいぶ楽になる。
もしかしたら作物の味もよくなるかもしれない。
もっと実験が必要そうだけど。
そして水の魔法の覚え、効果も強くなった。
水の魔法には回復のものもある。
光の回復魔法の方が効果が高いが、人前で使いずらい。
聖者認定されてしまうので。
通常は水の回復魔法を使うことにする。
後は水の中で使える攻撃魔法が欲しい。
光に精霊に相談したところ、レーザーのような攻撃魔法を教えてもらった。
威力は大きいけど、魔力も消耗し、まだ発動も遅い。
どうも高レベルの魔法らしい。
まだまだ僕には重いかもって魔法だった。
そう、僕はまだまだ弱い。
もっと体、魔法を鍛えないといけない。
そうしないとこの世界で生きていけないだろう。
今回は本当に死にそうだった…
うん。
…本当に怖かった……
水の精霊……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます