第69話 貴族と奴隷

転生者が歩けば魔物に襲撃されてる人たちに遭遇する、とはよく言ったものだ。

案の定、村への帰宅途中に僕もそのイベントに遭遇した。


しかし、ちょっと遅かったようだ…


僕はいつもちょっと届かない。

サラさんのときも、先日の村救助のときも。

きっと主人公出ないからだろう…


横転し破壊された馬車。

村の馬車とは違い、高級なものだっただろう、キャビンに細かい細工がされている。

身分の高い人が乗っていただろう。


僕、クリフ君、ブライアンさんが確認に行く。



馬車周辺に護衛らしき複数の死体。

様々な部位がない。

血の海に浸っている。

遠目にも死んでいることが分かる。



少し離れたところに二人。

地面に倒れている。

こちらはもしかしたらまだ生きているかもしれない。


一人は男性、一人は女性。

女性は服が破られてるが、その割に外傷はなさそう。

しかし意識はないように見える。

男性は腹を食い破られ、重症みたいだ。

こちらは意識がありそうだ。

唸っている。


服に派手な装飾がある。

これは貴族ってやつかな?


「大丈夫ですか!」


とりあえず声をかけてみる。


「ふ…ふは。冒険者か…」


おう…

思っていたよりも強い力で男に肩をつかまれた。


「あいつを、あいつを殺せ! あいつは死神だ!」


はて、アイツとは?

少し離れたところ女性のことだろうか。

それ以外に生きてそうな人間はいない。


いや、それよりもこの人、治さないと死ぬよね…


「ちょっと待って…」

「このバカ! あいつをヤるんだ、バカが!」


馬鹿、馬鹿、五月蠅い…

このまま死ぬのを待ってもいいかな、と思い始める。


ブライアンさんとクリフ君を見る。


「あー、俺は放っておくに一票」

「僕は、助かる人は助けた方がいいかな…」


助かる命、助けられる能力。

例えば連続殺人鬼が瀕死だとしたら見殺すだろう。

しかし、彼がそれほどの悪人かは現時点では分からない。

他人を殺すことを命令する人間は、良い人ではないと思われる。

が、思われるだけだ。

もしかしたら彼の方が正しいのかもしれない。

可能性の問題だ。

たぶん、この男の方が悪い人のように思えるけどね…


「うーん…見殺しにする罪悪感がね…助けようか」


もしかしたら彼を見殺しにした方が他の何人もの人が幸せになるかもしれない。

しかし、もしかしたら、彼が悪人だとしても、改心して何人もの人を幸せにするかもしれない。

未来なんて分からないものだ。


ワー、ワー、喚いている男を無視して、回復魔法を掛ける。

光の回復魔法は目立つので、水の回復魔法だ。

回復力が低いため、回復には時間と魔力が必要になる。


それでも僕の魔力は多量なので、何とか回復する。

全快ではないかもしれないが、動ける程度になったはずだ。


「ふ、ふ、はは! 生きているか、俺は! 生きている!」


確かに全快ではないはずなのだが、男は元気だ。

これ以上の回復はいらないかな。


「は、は、は!……お前、褒めてやる。そうだ、そこの女をやる。俺の奴隷だ!」


死神とか殺せとか言っていた女性を?

それは褒美にならないのではないか…

厄介事を押し付けただけなのでは?


ちょっと唖然としていた隙に男は素早く僕の手を掴んだ。

そして宣言する。


「我はこの者に奴隷『ネル』を譲渡する!」


やられた!

油断していた!

たぶん奴隷の所有権移譲。

こんなに簡単に出来るとは思わなかった。


ステータスを確認する。

称号に「奴隷の主人」が追加されている。


「ルーカス、アイツ逃げたぞ!」


男は脱兎のごとく逃げていた。

あれだけ元気なら問題ないだろう。

身分の高そうな男で、護衛がいない状態で大丈夫だろうかとも思ったが、大丈夫そうだ。


アイツを捕まえて、奴隷を戻すこともできるのだけど…

なんか悪人臭いんだよね。

奴隷は女性だし、それもためらわれる。


それよりも…

奴隷の女性だ。


彼女、服はボロボロになっている。

明らかに魔物に襲われていた。

しかし外傷はない。

あきらかに不自然だ。


死神とか言われていたし。

何かあるのか?


失礼だと思ったが、ステータスを確認してみる。


----

人間、女性

 称号:転生者、不死者、錬金術のたまご、奴隷

----


なに!

「転生者」!?


いや、それよりも「不死者」!


チートじゃないか。

なぜ、奴隷なんだ?

普通に使えば強力な冒険者になれただろう。


いや…

この世界のステータスは簡単に使えないし、情報も少ない。

もし、神様が「不死者」を与えたと教えていなかった場合、その所有を発見できるだろうか?

もし、その所有を理解していなかったとしたら…

転生者にして奴隷…

彼女はどんな人生を歩んできたのだろうか?


一応、回復魔法を掛けておく。

が、多分必要ない。

勝手に回復するような称号だ。


そして「転生者」、絵里香さん以来の同郷かもしれない。

その彼女が奴隷になっていて、僕が主人?


あ…

それ以前にリネット!

どうする?

奴隷を連れて帰ったら?

あー、嫌な未来しか想像できない…


「ねえ、ブライアンさん、この奴隷契約、いらない?」

「いらねえ」

「即答?」

「新婚で奴隷なんて作ってみろ! シンディーさんとの二人きりの時間が無くなるだろうが! それにシンディーさんにどう説明するよ!」

「僕だって同じだよ! なんてリネットに言えばいいんだよ! 殺されるよ!」


ブライアンさんが同情の表情をする。


「リネットね…ありゃあ、怖いぞ…」


「他人事だと思って……クリフ君はダメだよね」


「僕はヴェラのお世話でいっぱいだよ」


確かにそうだ。

ヴェラを任せた手前、奴隷を押し付けることはできない。


一番いいのは奴隷の解放なんだけれど。

さて、その条件は?

通常は自分を買い戻す、だろう。

その金額は?


所有者が権利を放棄できないものだろうか?


とりあえず、彼女を保護し、村に帰宅するしかないかな。



彼女を連れて馬車に戻る。

背負い、歩く。

その体は例によってガリガリだ。

あばら骨が浮き出て見えるくらい。

奴隷だからね。

まともに食事食べさせてもらえないのだろう。

あの主人だったし。


「どうしたんです。その女性は?」


「あれ、どうしたの?」


サイモンさんの声にシンディーさんが出てくる。


「服、ボロボロじゃない! ちょっと待ってて。私の服出してくるから」


シンディーさんが貸してくれた服は、ちょっとフリルの多い、淡いブルーの女性らしいワンピース。

胸のあたりのサイズが違いすぎてスカスカだ。

ちょっと悲しい。


彼女を馬車の荷台に乗せて走り出す。

村に向かう。

今度こそ面倒事なしで、帰宅できますように。

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