第55話 【レティーシャ視点】再会の誓い
【レティーシャ視点】
なるほど…
トカゲの肉はうまい!
これまで食べてきたどの肉よりもうまかった。
ルーカス殿がうまいぞと言ったのが頷ける。
「レティーシャさん、おかわりはいかがです?」
「頂こう!」
エレノアさんにもう一枚ステーキを焼いてもらう。
それを待つ。
「ご馳走様。僕は行くね。剣を用意しないといけないから」
ルーカス殿は食べ終わり、自室へ戻る。
エレノアさんと二人きりだ。
彼女にもずいぶん世話になった。
「そういえば。レティーシャさんはそろそろ村を出るんですか?」
「ああ。少し長くいすぎたくらいだ。予定では父上の顔を見たらすぐに立つつもりだった」
「そう、ですか…残念です」
何だ?
言葉とは裏腹に、エレノアさんがホッとしたような。
ステーキが焼けて、皿に乗る。
やはり、この肉はうまい。
バターとニンニク、柑橘で作ったソースがまた良い。
さっぱりとしてコクがあり、どんどん肉が食べられる。
「お父様も寂しく思いますよ。ルー君のお嫁さんにって、あれはレティーシャさんにこの村にいて欲しいってことですよね」
「ルーカス殿の嫁? なんの話だ?」
「…あれ…お父様から聞いていませんか……」
私が、ルーカス殿の嫁?
「い、いえ、噂、噂ですよ! ちょっと聞いただけです。モンタギューさんがルー君に娘さんを勧めているって。ただの噂ですから、気にしないでくださいね!」
ルーカス殿と夫婦になる?
父上が薦めている?
種族ということなら問題ない。
母上も人間の父上と夫婦になったのだ。
私はこれまで剣に身をささげてきた。
結婚などはまったく考えていなかった。
必要ないと思っていた。
…だが。
想像してみる。
日が昇るころ、彼と一緒に起きる。
一緒に畑を耕す。
他の畑には野菜が実っている。
朝のさわやかな空気。
心地のよい労働。
野菜を収穫して、早速朝食に食べる。
新鮮でみずみずしい野菜だ。
不味いはずがない。
うまいものを食べると自然に笑顔になる。
ある日の午後、私は庭で剣を振る。
隣では彼は椅子に座り、本を読んでいる。
ペットは犬がいい。
大型の犬がいい。
利口で頼もしい。
フカフカで、シッカリしていて、温かい。
別の日には森に狩りに出かける。
二人で、兎、猪、鹿、魔獣を狩る。
どちらが沢山狩れるか競争になる。
彼は手加減をして私に負けるだろう。
私はそんなのは嬉しくないので、怒るんだ。
彼は困ったように「ごめん」と謝る。
私も本気で怒っているわけではないから、すぐに許そう。
夜には昼に狩った魔獣の肉で夕食を食べる。
そうだ、料理も覚えた方が良いだろう。
夫の方が料理がうまいなんて、それは悔しい。
私だってうまい料理を作って、夫に食べさせてやりたいという気持ちはある。
しかし、きっと料理は上達せずに、いつまでも彼の料理に敗北感を味わうのだろう。
私に料理の才能は無いからな。
夜。
一つのベッドで寝る。
彼もその頃にはもっと身長が伸びて、胸板も厚くなり、腕も太くなっているだろう。
彼の腕枕で、その胸に頭を寄せて、眠りに落ちる。
…
…
そうか、悪くない。
「ちょっと! レティーシャさん、戻ってこーい!」
「ああ、すまない。多少想像してしまった」
「…で、どうなんです?」
「ん? ああ、悪くない」
「悪くない? じゃあ、ルー君と?」
「いや。私にはまだやることがある。残念だがここには居られない」
「…そうですか」
「ああ、そうか! ルーカス殿が私に付いて来ればいいのか!」
「いえ! ルー君にはりっぱな農家になるという夢があります!」
「そうか…さすがに無理か」
これも悪くない将来ではないだろうかと思ったのだが…
ルーカス殿も冒険者になって、私と一緒に国々を旅する。
彼の能力ならすぐにSランクの冒険者になるだろう。
私もSランクになり、夫婦のSランクパーティだ。
良いと思うが…
だが、彼は農家。
畑もある。
長い期間ここを離れることはできない。
大変残念だ。
2日後、ルーカス殿から剣を渡された。
「鍛冶屋さんにちょっと細身の剣を打ってもらって、そこにドラゴンの素材を合成しました。ちょっとだけ魔法による強化も入っていたりします…問題ありますか?」
剣を鞘から抜く。
美しい…
刀身は仄かに紫に光る。
前の剣より少しだけ重いだろうか。
身体強化の強度も増したはずなので、慣れれば問題ないだろう。
いや、しかし…
これは前の剣とは比べ物にならないくらいのモノだと思われる。
ドラゴンの素材を使っているからだろうか、存在感が違う。
これ程の剣は王都でも買えないだろう…
「たぶん前の剣より魔力に強く、魔力に馴染みやすいはずです。レティーシャさんのあの技でも問題ないはずですよ」
ルーカス殿は優しく微笑んでいる…
「…どうして…ここまで。私にしてくれる?」
彼は首を傾げる。
「だって師匠の娘さんです。あとレティーシャさんは良い人ですから、あなたの役に立ちたいと思うんですよ」
こっそりとエレノアさんに聞かれないように。
「それに同じ精霊師でしょ」
彼は笑う。
私は…
無意識に彼を抱きしめていた。
「…ありがとう」
何故か、涙が溢れそうになる。
ぐっと堪える。
「レティーシャさん!」
エレノアさんが慌てる。
それを見てちょと落ち着く。
…このように男性を抱きしめたことなんてなかった。
初めてだ。
ちょっと混乱していた。
ふむ…
だが、悪くはない。
線は細いがしっかりと筋肉があり、温かく、そして良い匂いがする。
ルーカス殿は顔を赤くしている。
女性の経験は少ないのかもしれないな。
「いつまで! 離れなさい!」
エレノアさんにはがされる。
「お礼の抱擁な訳だが」
「長いでしょ!」
それほど長い間抱き合っていただろうか?
もう少し抱きしめていたかった。
剣を振ってみる。
問題ない。
むしろ手にしっかりと馴染んでいる。
「では、魔力を入れて見てください」
ルーカス殿の言われ、魔力を剣に入れて見る。
刀身の光が強くなる。
美しい…
そのまま剣を振ってみる。
太刀筋は光の尾を引く。
「ラナの力を乗せても大丈夫でしょうか? 確認してみてください」
「ラナ」
『オッケー!』
ラナから受けっとった魔力を剣に注入する。
前の剣に比べて素直に魔力が入る。
剣は魔力を留める際にその何割か外に放出し無駄となるが、その量が少ないようだ。
精霊の力が剣の力を増し、輝きが強くなる。
風の精霊の力が加わり、紫が少し薄くなり白い輝きが強くなる。
剣を振る。
この状態を保つためにも精神を使うが、この剣は扱い易い。
きっと、この剣で私は確実に強くなる。
「ありがとう。本当にありがとう!」
剣に頼って強くなるのも情けない話ではある。
が、私はこの剣に見合う力を必ず身に着ける。
「ストップ!」
ルーカス殿に抱き着くところををエレノアさんに止められた。
彼女の警戒が上がっているか…
侮れない。
ルーカス殿が苦笑いしながらバッグを一つ出す。
「これも持って行ってください」
「これは?」
「マジックバッグです。トカゲの素材とか、森での狩りの成果を持っていくのに必要でしょう」
「いや、しかし、狩りの成果は宿代ということで…」
「兄弟弟子に宿代をもらうことはできませんよ」
「そうですよ。うちは宿なんて高級なものじゃないですし」
彼らは笑う。
生活が満ち足りて、幸せなのだろうか。
少しうらやましく思う。
こうして剣とバッグをもらい、彼らや、父上、親しくなった人達に見送られ村を出た。
こんなに優しくしてくれた村は初めてだ。
きっとすぐに恋しくなるだろう。
「この恩を返すためにきっと帰ってくる」と言ったら、エレノアさんに微妙な顔をされたが、きっと帰ってくる。
人間は寿命が短い。
なるべく早い方が良いだろう。
「では、行くか」
『行こう!』
ラナとともに森に踏み入れる。
行きと違い不安はない。
今は二人。
森はさわやかな風が吹いている。
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