リザーと愛の卵

「うっわ……汚ねえ……」


「え……?」


「ゴメン、これは受け取れないや……勘弁してくれ」


 婚約者となったはずの男から向けられた心無い言葉に、『鱗の一族』のトカゲ獣人であるリザーは身を引き裂かれるような痛みを感じた。


 リザーにとって、ガラムは婚約者であり、族長だった叔父を倒した男である。

 獣人にとって強者こそが正義。『鱗の一族』で最強だった族長を倒したのだから、ガラムを主君として戴くことに一切の異論はない。

 むしろ、強者に嫁ぐことができるのは女として誉れだった。


(ガラム殿は叔父上を倒した。おかしな策謀を使ったようだが……関係ないな)


 叔父から命じられてガラムに嫁ぐことになったリザーであったが、彼女は前向きだった。

 相手が誰であろうと、強者の妻になれることを嬉しく思っていた。

 だからこそ……リザーはこれまで大切に守っていた『それ』をガラムに捧げることにした。


「これを受け取って欲しい。私の宝物だ」


「これは……え? もしかして、卵?」


 リザーから『それ』を受け取り、ガラムは困惑した顔になった。

 リザーが渡したのは片手で持てるくらいの球体。それはリザーが産み落とした卵である。

『鱗の一族』の獣人は卵生であり、子供を卵で生み落とすのだ。

 子供を作る方法自体は人間と変わらない……いわゆるセックスなのだが、生まれてくる子供は卵から誕生する。

 そして……リザーが手にしているのは、彼女が成人と同時に産んだ卵。子種が宿っていない無精卵だった。


「我が一族では、女は初めて産んだ卵を大切に持っておいて、夫となる男に渡すのです。どうか、これを受け取ってもらいたい」


 リザーにとって、それは当然の行動だった。

 一族のしきたり、伝統。初めて産んだ卵を捧げることにより、相手の男性に永遠の操を誓う……それがトカゲ獣人にとっての愛の証なのだ。


「うっわ……汚ねえ……」


「え……?」


「ゴメン、これは受け取れないや……勘弁してくれ」


 しかし……ガラムの口から出た言葉は、リザーの予想とは百八十度違うものだった。


「な、何故……?」


「いや、だって……要するにこれって排泄物だろ? 普通に気持ち悪いって……」


 ガラムは顔をしかめながら、差し出された卵に触れようともしない。

 リザーにとってそれは愛の印、ガラムを生涯愛するという証だったのだが……。


「そっか……トカゲ獣人って卵から生まれるのか。うーん、それはちょっと厳しいかも……?」


「え? え? ええっ?」


「苦手なんだよなあ。蛇が人間を食べる映画がトラウマになってるし……どうして、鳥獣人は普通に生まれるのに、トカゲは卵なんだ? 意味がわからないよな……」


 困惑しているリザーをよそに、ガラムはもう一度「気持ち悪い……」とつぶやいた。


「まあ、リザーはおっぱいも大きいし、エッチができるのなら別に良いか。でも……避妊はした方が良いかもなあ……」


「…………!」


 その言葉に、リザーは身を引き裂かれるような痛みを感じた。

 自分には愛する男の子を産むことすら許されないというのか。

『鱗の一族』が……トカゲ獣人が汚らわしい存在だとでもいうつもりか。


「あ、ごめんごめん。今のはさすがに酷かったよな!」


「…………」


 言葉を失っているリザーに、ガラムが慌てて言葉を取り繕う。


「今のは無しで! ちゃんとリザーとも子供を作れるように頑張るから、許してくれよな!」


「…………ああ、わかったとも」


 頷きながらも、リザーは胃に黒くて重い物が入り込んでいるような感覚になった。


(私はこの男の妻となり、子を産むことになる……だが、彼は私が生んだ子供を愛してくれるのか?)


 もしもリザーが子を産んでも、「卵から生まれるなんて気持ち悪い」と抱いてくれないかもしれない。

 そうなってしまったら、とても悲しいことである。


(強者の妻になることは名誉。義務だ……でも……)


 リザーは胸に痛みを感じながら、それでもガラムに夫として付き従った。



     ○     ○     ○



「あ、あの……我が殿、これを受け取って、もらえないだろうか……?」


「……コレは?」


 リザーが恐る恐る差し出した『それ』に、ヴァンは首を傾げた。


「わ、私の卵だ……」


「卵……ここから子供が生まれるのか?」


「い、いや……子種が入っていないので生まれない」


「フム……?」


 ヴァンは不思議そうな顔になりつつ、差し出された卵を受け取った。


「子供が生まれないのなら、コレはどうすれば良い? 食べるのか、飾るのか?」


「か、飾ってくれ……出来ればで良いので」


「そうか、では部屋に飾っておこう」


「あ……」


 ヴァンは躊躇うことなく、卵を貰っていった。

 少しも気持ち悪そうにしている様子のないヴァンに、リザーは胸が温かくなるのを感じる。


「ありがとう……」


 涙ぐむヴァンであったが……別に優しさというわけではない。

 単純に、深く物事を考えていないだけである。

 あげるというから貰った、飾れというから飾る……その程度の理由だった。

 しかし、そんなオウム返しのようなリスポンスがリザーにとっては、涙がにじむほど嬉しいことなのだ。


「我が殿、これからもしっかりとお仕えするぞ……!」


「よろしく頼む?」


 涙ながらに言ってくるリザーに、ヴァンは理由もわからずにパチクリと目を瞬かせるのであった。

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