第40話 お姉ちゃんは苦労するが関係なく食べるよ

「良いのですよ、お姉様……私は少しも自分が不幸だとは思っていませんから」


「エルダーナ……!」


 そんなわけがないのに、気丈に振る舞う妹の姿にシャーロット・ゼロスは泣きそうになってしまった。

 ロットにとって、エルダーナは絶対に守りたいと思っていた宝物だった。


 ロットは第一王子としてこの世に生を受けた。

 ゼロス王国は長子継承を重んじており、性別や母親の身分にかかわらず、長子が王太子となり次期国王となることが決まっている。

 それは継承争いによる国の混乱を防ぐためだが……それにより、ロットは苦界に落とされることになった。


 ロットは女性である。

 ゼロス王国では女性も王になれるが、それでも男性が王になるべきだと主張する者も多い。

 おまけに、ロットとエルダーナの母親は身分が低かった。

 国王の寵愛によって妃になったが……本来であれば、王妃になれるような身分ではない。

 王に溺愛されていただけの女が生んだ子供、おまけに女性が王になることを快く思わない人間は多かった。


 だから、必死になって努力した。

 周りの評価を高めるために勉学で好成績を収めて、積極的に貴族や騎士と交流を持って味方を増やしていった。

 幸い、第二王子であるジークオッドが愚かな男だったため、ロットの優秀さはより際だてられた。

『あの馬鹿王子よりは血筋の悪い女王の方がマシ』などと影口を聞いた時には、思わず声に出して笑い出しそうになってしまった。


 ある時期から、妹のエルダーナが気落ちしていたこともロットの背中を押した。

 エルダーナは何でもないと話していたが……嘘に決まっている。

 おそらく、ロットには直接手出しができない連中に嫌がらせをされたのだ。

 妹を守るためにも、もっともっと力を着けなくてはいけない。


 そうして邁進を続けていくロットであったが……一年前の戦争により、全てが崩れることになった。

 長年の敵国であるアイドラン王国に敗北を喫したことにより、それまで高めていた評価が地に堕ちたのだ。

 王太子の地位こそ保留とされたものの、それまでロットを支持していた貴族は第二王子、第三王子の派閥に鞍替えした。

 敗戦の原因であるヴァン・アーレングスを憎みもしたが……それが理不尽な八つ当たりであることくらい、ロットもわかっている。

 将兵として命を懸けて戦った戦士をどうして、憎むことができるだろう。

 それでも、本当に憎むべき人間……エイリック・アイドランがすでに処刑されているため、ついつい当たってしまったのだ。


 そして、二度目の敗戦。

 これにより……ロットは全てを失った。

 王太子の地位もすでに取り上げられているだろう。ゼロス王国に戻れば、途端に殺されるか蟄居が待っている。

 最後までロットを支持してくれていた騎士や兵士も、ほとんどがジークオッドの手によって殺された。

 難を逃れているのは、ロットと一緒に捕虜になっていた数名だけである。


 全てを無くした。

 たった一つの宝玉を除いて。


(エルダーナだけは僕が守らないと……僕に残っているのは、この子しかいない……!)


「コレ、似合っているだろうか?」


「ええ、とても良くお似合いです。お姉様」


「……そうか、それなら良いんだが」


 扇情的なネグリジェ姿になった自分を姿身に映して、ロットは複雑そうな顔になる。

 女としての自分を捨てるつもりで『ロット』という名前を名乗るようになったが、ここにきて女の武器に頼ることになろうとは思わなかった。


(だが……やらなくてはいけない。エルダーナを守るために、ヴァン・アーレングスを全力で誘惑する……!)


 ロットがエルダーナを守るためには、もはやそれ以外に手段はない。

 ヴァンを誘惑して、ロットに夢中にさせる。

 そうすれば……エルダーナにかかる負担は最小限で済む。


(正直、容姿に関してはエルダーナに勝つ自信はないな……優っている部分といえば、胸の大きさくらいか?)


 ずっとサラシで締めつけていたのだが、形が崩れてはいないだろうか。

 ロットはネグリジェの上から自分の胸を触って確認する。

 しばし、そうしていると……部屋の扉がノックされて、部屋付きの侍女の声が聞こえてきた。


「失礼いたします。国王陛下がお渡りになりました」


「来た……!」


「お出迎えいたしましょう。お姉様」


「待て、僕が前に出る!」


 ロットがエルダーナの前に立ち、ヴァンを出迎えた。

 扉が外から開かれて、ヴァンが現れる。


「よ、よくぞお越しくださいました……ヴァン陛下」


 ロットは引きつりそうになる顔で精いっぱい、媚びた笑顔を浮かべる。


「今日はどうぞ、可愛がってくださいませ。まずはワインを……」


「お前達を抱く。準備をしろ」


「へ……?」


「やるぞ」


 ロットの意図はその言葉によって打ち砕かれた。

 あっさりと、あまりにも他愛なく。


「お前もだ、エルダーナ」


「あっ……!」


 それはエルダーナの方も同じである。

 彼女が胸に抱えていた懊悩や葛藤、自己嫌悪もまた姉の散弾と同じように破壊されることになった。


「ヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「ンアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 胸のうちに何を抱えていようと……腹を空かせた魔獣にとっては、関係のないこと。

 二人は圧倒的な『牡』によって呑み込まれ、貪り食われることになるのだった。

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