第41話 女子会の仲間が増えているよ

 アーレングス王国にある王宮。

 昼間だというのにその部屋はカーテンが閉められており、暗闇に覆われていた。

 やがて部屋の中に火がともされ……燭台にオレンジ色の光が宿る。


「それでは、第二回となります『裏・淑女会議』を開催いたします」


 燭台の光の下に現れたのは……長い黒髪を背中に流して、顔の上半分を白色の仮面で隠している女性である。


「改めまして、私が議長を務めさせていただきます『ブラック』です」


「あの……モア様」


 暗い部屋に置かれた円卓、その席の一つに座る女性が挙手をした。


「私達、いつまで仮面を被らないといけないのでしょう? コレ、汗で貼りついて気持ちが悪いのですけど……」


「コードネームで呼んでください、『シルバー』。汗については、仮面のデザインを再検討いたします。他の方も希望があるようでしたら、あらかじめ教えておいてください」


 モア……ではなく、『ブラック』が答える。

 そして、小さく咳払いをしてから本題に入った。


「さて……今日は新しいメンバーが入りましたので紹介いたします。『カーマイン』と『ローズ』です」


「…………」


「新参者ですが、よろしくお願いいたします」


 新たに現れたのは赤髪の女性が二人。

 一方は腕を組んでおり、仮面の上からでもわかるほど不機嫌な顔になっている。

 もう一方は朗らかな声で先輩メンバーに挨拶をした。


「もう知っての通り……こちらの二人は新たに、ヴァン国王陛下の『房』に加わることになりました。おかげさまで、私達の負担も減って昼間の仕事に余裕が出ています……はい、拍手―」


 部屋からパラパラと拍手が上がった。

『カーマイン』と呼ばれた赤髪は依然として苦々しい顔、『ローズ』と呼ばれた赤髪は困った様子で苦笑している。


「お二人は陛下と結婚こそしてはおりませんが、事実上の妃として扱われます。あり得ない事とは思いますが、身分さを理由に意地悪などはなさらないでください。万が一のことがあれば、お兄様の方からお仕置きがあります……夜に」


「「「「…………!」」」」


 新参者も含めて、部屋の中にいる人間が一斉に息を呑んだ。

 ヴァンから与えられる夜のお仕置きがどれほど恐ろしいものか、ここにいる人間で知らぬ者はいなかった。

 最初から二人を虐げようとしてはいなかったが……先輩二人は改めて、誤解されるようなことはすまいと心に決める。


「さて……『裏・淑女会』では陛下との夜の営みについて話し合う会なのですが、メンバーが五人となったことで各々に休みを取る余裕ができました。スケジュールについては改めてお知らせいたしますが、おそらく夜伽は週一回程度になると思います」


「「「「…………」」」


 部屋から安堵の溜息が漏れる。

 この場にいる人間は全員、すでにヴァンに抱かれていた。

 ヴァンは夜において負け知らず。無双の強さを誇っている。

 夜伽の次の日はほぼ丸一日、身動きが取れないほどに疲労してしまう。

 おかげで妃としての仕事も滞るし、激しい時には命の危機すら感じる時がある。

 本来であれば、寵愛を得られることは妃として誉れであるのだが……この場にいる全員が夜伽が減ることに安心していた。


「ただし……これはあくまでも、平常運転の場合です」


『ブラック』が声を低くして、他のメンバーの安堵に水を差す。


「この中の誰かが子を孕めば、当然ながら夜伽は他のメンバーに回ってきます。また、外交などで王宮を空けている時も同様です。体調なども考慮すると……今後も二日、三日連続で相手にする可能性はありますから、覚悟しておいてください」


「う、ぐ……そうなのか……」


『カーマイン』が肩を落とす。


「まさか、アレが連日……僕の身体は本当に保つのか……?」


「あの……新入りが恐縮なのですが、妃や妾を増やす予定はないのですか? 貴族や有力者の娘を娶るとか……?」


「その予定はありません。この国の現状では難しいでしょうね」


『ブラック』が答えた。


 アーレングス王国の前身となったアイドラン王国には、『馬鹿王子』と呼ばれた王太子がいた。

 エイリック・アイドラン……彼は思うがままに女を抱き、市井から町娘を誘拐してくることが何度もあった。

 エイリックの犠牲になった女性の中には、婚約者がいた娘、夫や子供がいた婦人も少なくはない。

 ヴァンは単純にタフで体力が際限なしなだけだが……エイリックは特殊な行為を強要し、女性の尊厳を踏みにじるようなプレイをしていた。

 おかげで、心や身体を壊してしまった人間が何人いたことか……。


「もしもヴァン陛下が広く妻や愛人を募集すれば、民は思うでしょう。『ヴァン陛下もエイリックと同じなのではないか』と。不安に思っているのは民だけではありません。貴族らも王命による婚約・結婚の強要を禁止するべきだと主張しています。彼らに娘を差し出させることも難しいでしょう」


 先王らの悪事に加担していた人間は別として、まともな貴族にとって王族は恐怖の対象でしかない。

 アイドラン王家は滅んだが、アーレングス王家が二の轍を踏むことを何よりも恐れているはず。彼らを不安がらせるようなことは避けるべきである。


「ですから、国内から新たな妃を求めることはできません。娶ることができるとすれば……国の外からでしょうか?」


「…………」


『カーマイン』が不愉快そうに唇を歪めた。

 自分と妹こそが、まさしくそれに引っかかった人間であると気がついたのだ。

 ヴァンが、モアがいつから計画していたのかわからないが、まんまと蜘蛛の巣に飛び込んできてしまった蝶だった。


「北のゼロス王国では内乱による混乱が生じています。御二人には申し訳ないですが……我が国は手出しをしません」


「……そうか」


「…………」


『カーマイン』が視線を逸らす。『ローズ』は無言。

 かつてゼロス王国の王族であった二人としては、怒るべきかもしれない。

 あるいは、内乱を止めるように働きかけるべきかもしれない。

 しかし……国に振り回されたせいで割りを喰らってきた二人は、いつの間にかそんな気持ちも消えていた。


「好きにするといい……僕はもう国に帰れない。他の王子達がどうにかするだろう」


「未練がないようでしたら結構です……さて、北は良いとして、これからどうしましょうか?」


『ブラック』がまるでデザートのケーキを選ぶような、楽しそうな声で言う。


「東の帝国、南の大森林、西の海の向こう側……次はどこから、お兄様の相手を選びましょうか。迷ってしまいますわ」


「「「「…………」」」」


『ブラック』の言葉に、他のメンバーが複雑そうな表情になった。


 長年の敵対国であるゼロス王国が内乱に発展している一方で、アーレングス王国は内政を進めて国を安定させていく。

 その一方で……飢えた獣の眼差しは次なる獲物を求めて、暗闇で不気味に光っていた。

 東か南か西か、あるいはまた北か。

 鋭く尖った獣牙がどこに向けられるのか、それは神のみぞ知ることであった。

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