愚王子の栄光と終焉 前編

 アイドラン王国が王太子エイリック・アイドランの人生は栄光と虚飾に満ちていた。

 金も色も、望むのであれば何だって与えられた。

 今はまだ王太子であったが、いずれ国王になれば国の全てを好きなように動かすことができるだろう。


「まあ、しばらくは父上に王冠を預けておこう。好き勝手に遊べるのは今だけだからな!」


 エイリックは王になるために生まれてきた人間だ。

 いずれは世界から求められて、王になる日がやってくる。

 焦らずともその日は必ずやってくる……少なくとも、エイリックだけはそれを心の底から信じていた。


 そんな祝福された日々に終わりが来るなどと知らぬまま。



     ○     ○     ○



「お兄様! これはどういうことですか!?」


「ア……?」


 怒鳴りつけられて、エイリックは重い瞼を開いた。

 途端に瞳に飛び込んでくる眩しい光。

 頭がガンガンする。寝る前に呑んだ酒のせいだろうか……意識がハッキリとしなかった。


「お兄様、起きてください! お兄様ッ!」


「ウッ……静かにしないか、メディナ……」


 王太子であるエイリックを怒鳴りつけられる人間は多くない。

 その一人がメディナ・アイドラン。エイリックの血を分けた妹である。

 どうして、自分の寝室に妹がいるのだろう。エイリックが酒精に侵された頭を捻るが、答えは出てこない。


「どうしたんだ……朝っぱらから騒いだりして。淑女がはしたないと思わないのか……?」


「どの口で……お兄様こそ、これはどういうことか説明なさい!」


「これって……」


 ベッドの周りは散々たる光景が広がっていた。

 いくつもの酒瓶が転がっており、むせ返るようなアルコールの匂い。

 おまけに……大勢の女が裸で眠っている。女達はいずれも死んだようにグッタリとしており、メディナの叫び声に反応しない。


「ああ……ちょっと飲み過ぎたようだな……」


「そういう問題ではないでしょう……ここにいる女性は何だと聞いている!?」


「タダの野良猫だ……頭に響くから騒ぐんじゃない」


 エイリックが忌々しそうに言う。

 部屋には五人の女がいたが、いずれも町で拾ってきた野良猫である。

 側近と飲み歩いていた際に見つけて、気に入ったから連れて帰ってきたのだ。

 自分達には恋人がいるとか、婚約者がいるとか騒いでいたが……何発か殴ったら大人しくなった。


「ひ、姫様……こちらの女性、息をしていません……!」


 メイドの女が叫ぶ。

 名前は憶えていないが……メディナがいつも連れ歩いているメイドだ。

 それなりにマシな見た目をしているので抱いてやろうと思っているのだが、メディナが邪魔をして手を出すことができていなかった。


「そんな……アン、すぐに医者を呼んでください!」


「ああ……どうやら、薬の量が多すぎたみたいだな」


「薬って……お兄様、どういうことですかっ!?」


 メディナが怒鳴る。

 そんなに大声を出さなくても良いのに、本当にお転婆な妹だった。


「やたらと騒ぐから、媚薬を飲ませただけだ。量を間違えたようだが……まあ、こういうこともあるだろう」


「こういうことって……人が死んでいるんですよ!? 我が国の民が命を落としたのですよ!?」


「民なんて雑草と同じだ。放っておけば、すぐに増える」


 むしろ、死ぬ前に王族の精を受けることができたのだ。

 きっと光栄に思いながら死んだことだろう。


「お兄様……!」


「大声を出すなと言っている……フア」


 エイリックは大きな欠伸をして、椅子に掛けてあったガウンを羽織った。


「誰かいるな」


「……こちらに」


 呼びかけると、中年の騎士が扉の外から現れる。

 騎士は部屋の惨状にわずかに眉をひそめるが、特に何も言うことなくエイリックの前まで歩いてきた。


「生きている女達を城の外まで連れていけ。それから、死んだ女の家族に金を渡しておけ……金貨十枚もあれば十分だろう」


「……ハッ、畏まりました」


「お兄様、金の問題では……!」


「わかった、わかった。静かにしろ」


 メディナが詰め寄ってくるのを、エイリックが鬱陶しそうに手で払う。


「それから……この女に恋人か婚約者、あるいは父親にでも伝えておけ。『それなりに良かったぞ』とな」


 一方的に言いたいことを口に出して、エイリックは寝室から出て湯殿へ歩いていった。

 背中に妹の怒声が聞こえてくるが……神経質な年頃なのだろうと、エイリックは少しも意に介することはなかったのである。

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