愚王子の栄光と終焉 中編
妹からは日常的に苦言を呈されたが……エイリックがその後、生き方を変えるということはなかった。
三つ子の魂百までというべきだろうか……それとも、父親の教育が悪いのだろうか。
エイリックは依然として好き勝手にふるまい続けており、そして……その帰結として、とある事件が勃発した。
それは隣国……ゼロス王国で開かれたパーティーでのことである。
アイドラン王国とゼロス王国は長年の敵対国。
それでも……近年は東の帝国の領土拡大、貿易の必要性などの観点から、お互いの関係を見直す動きが見られている。
そんな外交政策の一環として、ゼロス王国で開かれた式典にエイリックが招かれることになったのだ。
その式典の最中……エイリックは彼女に出会った。
ゼロス王国の王女……エルダーナ・ゼロスという女性に。
「おい、貴様。我が妾となることを許してやろう!」
「…………はい?」
パーティーの真っ最中。
周りに大勢の外賓がいる中で放たれた、最低極まりない口説き文句。
その言葉にもう一方の当事者……エルダーナが固まってしまったのは無理もないことである。
しばし言葉を失っていたエルダーナであったが、王位継承権は持たずとも一国の王女である。
すぐに気を取り直して、無難な言葉を口にする。
「えっと……大変申し訳ございませんが、その申し出は私の一存では答えられません。後日、父や兄と相談して返答いたしますことをお許しください」
それは大人な対応だった。
エイリックよりもいくつか年下だというのに、どちらが国の代表だと言いたくなる。
「ふざけるな! 貴様ごときに断る権利があると思っているのか!?」
しかし……エイリックは穏便に済ませようというエルダーナの言葉を足蹴にした。
「貴様は『喜んで』と頷いて、黙って僕の寝所にくれば良いのだ! ゼロス如き下等国の王女……しかも王位継承権を放棄した身の上で、アイドラン王国が次期国王である僕の要求を断れると思っているのか!」
「「「「「…………!」」」」」
その勝手極まりない言葉に、周囲の空気が凍りついた。
この式典はアイドラン王国とゼロス王国の関係修復のためのものだったのだが、その最中にゼロス王国を下等国と断言して、王女を娼婦のように扱おうとした。
いったい、この王子の頭の中には何が詰まっているのだろう。脳みそを持った人間とは思えないような愚行である。
「無礼な! 我が妹を愚弄するか!」
声を荒げて、エルダーナを庇うように前に出てきたのはゼロス王国王太子……ロット・ゼロスである。
「そんなに死にたいのであれば、今すぐに首を斬り落としてやる! 生きてアイドラン王国に帰れると思うなよ!?」
エイリックは祖国で勝手気ままな生き方を許されており、他国でもまったく同じように振る舞っていた。
もちろん、そんなことが許されるわけがない。
順当にいけば、エイリックはその場で殺される……そうでなくとも、捕らえられて交渉のための人質となっていただろう。
「いやはや……それはよろしくありませんなあ」
しかし、ここで意外なところから助け舟が入る。
エイリックの命を救ったのは初老の紳士……東の帝国であるシングー帝国から送り込まれた外交官だった。
「ここはあくまでも友好のための場。剣を抜いて斬り合いなど、相応しくはありません。どうやら、エイリック殿下は酔っていらっしゃるようですし……私の顔を立てて、穏便に済ませては頂けませんかな?」
「グッ……!」
その取り成しに、ロットを始めとしたゼロス王国側は悔しそうに黙る。
大国である帝国の要人にこうまで言われたら、引き下がるしかなかった。
「クソ……どうして、こんなことに……!」
妹を汚そうとした慮外者を前にしながら何もできず、ロットは歯噛みした。
そもそも……今回の式典はアイドランとゼロス、両国の関係修復のためのもの。
領土欲を持った大国であるシングー帝国に立ち向かうためのものだった。
帝国の要人が招かれているのも、両国の結びつきを見せつけるためである。
それなのに……友好関係を結ぼうとしていた国の代表がとんでもなく愚かだった。
帝国の外交官が取り成しを図ったのも、エイリックをアイドラン王国に無事に帰すため。
彼は確信していたのだ……エイリックが捕らわれることなく本国に帰還すれば、確実にアイドラン王国とゼロス王国の間で戦争が起こると。
両国の仲を完全に引き裂いて、いずれ攻め滅ぼすための布石にすることが目的だろう。
「何だ? 僕はまだ言いたいことが……ムグッ!」
「エイリック殿下は体調が悪い様子! これにて失礼いたします!」
見事に戦争の火種を巻き、油どころか火薬までぶち込んでから……エイリックは臣下に引きずられてアイドラン王国に帰還していった。
ちなみに……エイリックがこれ以上の愚行を起こさないよう、制止した臣下は不敬罪で処刑された。
「ゼロスごときに引き下がるとは何事か! 貴様らのおかげで、あの女を手に入れ損ねただろうが!」
完全な八つ当たりにより、王家に忠誠を誓っていた臣下がまた一人消えた。
アイドラン王国は確実に破滅に向けて、坂を転がり落ちていったのである。
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