第108話 帝都の混乱

 街のあちこちに空から何かが投げ込まれて、爆発して炎が上がった。

 炎は帝都の複数個所で発生しており、周囲の建物や街路樹に燃え広がっている。

 帝都の住民は逃げ惑い、植民地から連れてこられた奴隷は隙を見て逃げ出して、どこもかしこも酷い有様である。


「クッ……いったい、何が……!」


「消火しろ! 火を消し止めろ!」


 そんな中で、警備をしている帝国兵がどうにか混乱を収めようとする。

 燃えている建物を消火しようとしつつ、暴徒と化した都の住民や奴隷を取り押さえていた。


「いったい、何が起こっているんだ……まさか、これはてきしゅ……」


「にゃん」


「ギャッ……!」


 そんな兵士の首元を何かが掠める。

 途端、真っ赤な血が噴き出して帝国兵が地面に倒れた。

 帝国兵は何が起こったかわからないとばかりに、唖然と両目が見開いている。


「殺」


「殺、殺、殺」


「殺殺殺殺殺……にゃあん」


 兵士達を次々と討ち取っているのは、黒衣を纏った何者か。

 時折、猫のような鳴き声を漏らしている曲者が混乱の隙を突いて、兵士達を殺害していく。


「え……あ、アンタらはいったい……?」


 怪しすぎる一団に疑問の声を漏らしたのは、上半身裸の浅黒い肌の男性。首には金属の円環を嵌めており、奴隷であることがわかった。

 困惑している男に向けて、黒衣の人物が話しかける。


「開ける」


「へ……?」


「開ける。城門。逃亡」


「…………!」


 黒衣の人物が言わんとしていることを理解して、奴隷の男が大きく目を見開いた。


「仲間。連れてく」


「わかった……奴隷仲間を連れて、城壁を開けて逃げれば良いんだな……!」


 千載一遇の好機である。

 このまま帝国人に牛馬のようにこき使われて、殺されるよりもずっとマシだ。

 奴隷の男は同じく逃げ回っている他の奴隷に声をかけながら、一目散に城門に向けて駆けていった。


「この……何者だああああああああああああああっ!」


 そんな黒衣の一人めがけて、帝国兵が剣で斬りかかる。

 背中を深々と斬り裂こうとする刃であったが……直前、頭上から帝国兵に襲いかかる影があった。


「ギャアッ!」


「油断し過ぎだぞ。死んだらどうするんだ!」


 空から降り立ち、帝国兵の頭部を殴りつけたのは白い翼を生やした少女である。


「余計」


「余計なお世話とか言うのはダメだぞ! こういう時は『ありがとう』だ!」


「謝」


「うん、それで良いぞ!」


 少女が満足そうに頷いて、再び空に飛び立った。


「それじゃあ、ルーガはいっぱい街を焼くぞ! そっちも気をつけるんだぞ!」


「了」


 白い翼をもった少女……ルーガの言葉に頷いた黒衣は、猫獣人の暗殺者であるユラだった。

 ルーガを始めとした鳥獣人が空から焙烙玉……火薬を詰めたビンやツボを落として帝都のあちこちを爆撃して、その隙に隠密や暗殺に長けた猫獣人が侵入して、兵士などを抹殺している。二つの獣人種族の共同作戦であった。


「もうじき、王者が来るぞ。楽しみだぞ!」


「楽」


 二人がそれぞれの部族を率いて、帝都を攻撃する。

 帝都には高い城壁があり、魔物除けの結界まで張り巡らされていた。

 そのため、空から襲撃を受けるだなんて予想外のこと。

 おまけに、ゼロス王国のガイ・シングーへの援軍、国境のアームストロング要塞に集まっているアーレングス軍への対策のため、帝都はすっかり手薄になっている。


 建国以来、初めてとなる侵攻による混乱はどんどん燃え広がっており……そして、地獄となった都にダメ押しとばかりに、その男が到着しようとしていた。






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