第102話 皇子の受難
ゼロス王国を巡る戦いは混沌を極めていた。
二人の王子が内乱を起こしている隙に王都を占領したシングー帝国。彼らは第二王子ジークオッドを敗走させ、第三王子ジェイコブを討ち取った。
王族狩りは順調に進んでいる。打ち漏らしはいくらかあったものの、逃亡中なのは無能なジークオッドとジェイコブの腰巾着の第五王子ジェインズ。
問題なく、ゼロス王国は帝国の掌中に収まるはずだった。
だが……ここで予想外のアクシデント。
ゼロス王国各地で民衆の反乱が勃発し、それをまとめ上げるようにしてジェインズが挙兵した。
ジェインズはジークオッド、ジェイコブ両陣営の残党を取り込み、民をも吸収しながら帝国軍と渡り合っていた。
「第三部隊、現在交戦中。第四部隊は後方の町まで撤退いたしました……相手の動きは恐ろしく速く、まるで我が軍を空から見下ろしているかのように動きを把握されています」
「…………」
「また、民衆の中に手練れが混じっているようです。おそらく、どこかの勢力の正規兵が民に扮しているのかと。数の差のせいで形勢不利に陥っています。このままでは、いずれ敵が王都まで押し寄せてくる可能性もあるでしょう」
「…………」
部下からの報告を聞いて、ガイ・シングーは無言。
司令部のテーブルに両肘をついて、頭を抱えるようにしていた。
「……アーレングス王国はどうだ?」
長い長い沈黙の後で、ようやくそんな言葉を口にした。
現在、帝国軍は追い詰められていた。
ジェインズだけならば討伐できる。民衆のクーデターだけならば鎮圧できる。
だが……両方が同時に起こってしまうと、簡単に片付けることはできない。
このままでは、本当にガイがいる王都にまで敵軍が押し寄せてきかねない。
そんな彼らにとっての最大の懸念事項は南のアーレングス王国。この情勢下で彼らが国境を割って軍を送ってきたら、ガイと帝国軍は押し潰されてしまっただろう。
「国境を見張らせている兵士の報告では、何の動きも無いと。おそらく、自国が攻められる可能性を想定して守りを固めているのでしょう」
「そうか……」
ならば、とりあえずは安心である。最大の懸念が片付いた。
「……本国に援軍を要請する」
ガイが苦渋の選択をした。
シングー帝国本国、そこにいる皇帝に願い出て、援軍を送ってもらう。
もしもそれが叶ったのであれば、ゼロス王国内での問題はすぐに片付くだろう。
しかし……それはガイにとって本末転倒な展開だ。
そもそも、ガイはゼロス王国とアーレングス王国を征服して、その勢いを持って皇帝に帝位の譲渡を迫るつもりだった。
それなのに……皇帝に助けを求めるようなことをすれば、「それみたことか」と皇帝の椅子に縋りついている父は嘲笑うことだろう。
「よろしいのでしょうか、ガイ殿下……」
「帝国の繁栄には代えられぬ。せっかく手に入れたゼロスの地を手放すことなどあってはならん」
帝位は欲しいが、それ以上に優先させるべきは帝国。
シングー帝国を大陸の覇者にすることこそが最優先事項であり、そのための足掛かりを失うわけにはいかない。
ゼロス王国が手に入れば、南のアーレングス王国もまた連鎖的に落ちる。西の海を手に入れて、シングー帝国はさらなる飛躍を遂げられるはず。
「祖国の繁栄に比べれば、朕の名誉など塵芥と同じ。父が死ぬまで日陰者の日々に耐えれば済むだけだ」
「殿下……畏まりました」
英断をしたガイに敬意を示し、部下の騎士が跪いた。
「すぐに本国に早馬を送ります」
「ああ、書状は朕が書く。しばし待て」
遠からず、シングー帝国より援軍が届くことだろう。
民衆の反乱も、ジェインズの抵抗も押さえつけられ、ゼロス王国は完全に帝国のものになる。
確実に……そうなるはずだった。
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