第103話 皇帝と呼ばれる男

 大陸の覇者。シングー帝国。

 ゼロス王国を占領し、アーレングス王国の前身であるアイドラン王国とも幾度か矛を交えたその大国は


「フンッ! ほれ見たことか、ワシが言ったとおりになったじゃろうが!」


 得意げに笑い、シワクチャの顔を歪めたのは玉座でふんぞり返っている老人である。

 老人の前には多くの臣下が跪いていた。恭しく頭を下げて、傲然と紡がれる老人の言葉を聞き逃すことがないよう耳を傾けている。


「やはり、ガイめには皇帝の椅子は早かったようじゃなあ! 無様にもこの父に助けを求めてきおったわい! ヒャハハハハハハッ!」


 腹を抱えて笑っている老人の名はベグ・シングー。シングー帝国の当代皇帝である。

 若かりし頃はいくつもの国を滅ぼし、帝国の領土を拡大してきた英雄であったが……今は老いてなお帝位にしがみついている老害でしかない。

 最近は皇帝とは名ばかり。臣下や息子達に仕事を押しつけて、若い愛人と遊んでばかりいる。


「ゼロスとかいう小国を滅ぼして、自らが皇帝にふさわしいとアピールするつもりだったようだが……フヒャ、ヒャハハハハハッ! 反撃にあって助けを求めてくるとは、クヒャヒャヒャヒャ、ハハハハ、ハハゴホゴホゴホッ!」


 どれだけ息子の失敗が愉快だったのか、過呼吸にまでなってせき込んでいた。

 そんな主君の姿に膝をついている臣下は呆れかえりながら、顔には出さずに指示を求める。


「如何いたしましょう。ゼロスに援軍を送りましょうか?」


「フムフム、どうしようかのう。出来の悪い息子にはもう少し、苦しんでもらおうかのう?」


「……身の程を知らぬ辺境国の民に皇帝陛下の威光を示す、良い機会かと存じます。どうか、帝国の太陽である御方の力をお示しください」


「フム? なるほどのう、それは良い」


 臣下のヨイショの言葉に皇帝はまんざらでもない顔をする。

 かつては決断力に富み、即断即決で戦場を駆けていた皇帝も、年を取ったらこの有様だった。

 そんな衰えを象徴するかのように、腹部にはプックリと贅肉が蓄えられており、戦場で槍を振るっていた腕もプクプクになっている。


「良きに計らえ。我が名の下にゼロスとやらに軍を送り込み、弱国の民を蹂躙せよ」


「ハッ、承知いたしました」


 命令を受けて、臣下は動き出した。

 内心で皇帝を侮りながらも、次期皇帝であるガイを救い出すべく動き出す。

 派兵はすぐにできるだろう。すでに軍の準備はできており、皇帝の命令を待つばかりとなっていたのだから。


「あ、お話終わりましたかー?」


 そんな中、緊張感のない声が謁見の間に響く。

 トテトテと間の抜けた足音を立てながら、一人の女性が皇帝に近づいてきた。


「おお、フィーたんではないか!」


 皇帝の顔がだらしなく緩む。

 そんな皇帝の膝に乗って、その少女が馴れ馴れしく身体を寄せる。


「お話が長いから待ちくたびれましたよお。フィーたん、ずっと待ってたんですからねー」


 皇帝の膝の上で猫のように甘えているのは十代の少女だった。皇帝とは孫と祖父ほどの年齢差がある。

 可愛らしい顔立ち、ツインテールの桃色髪。ツリ目がちな瞳は悪戯好きの猫のようだった。


「お話、聞いてましたよー。また別の国を攻めるんですよね?」


「ウムウム、その通りじゃ」


「すごーい、さすがパパ。かっこいー!」


「そうじゃろう、そうじゃろう。ヒョホホホホホッ!」


 フィーたんと呼ばれた女が甘ったるい声を出すと、皇帝が鼻の下を伸ばしてヘラヘラとする。

 フィーたん……フィーリアという名前のその女は、皇帝の寵妃だった。数年前に突如として皇帝に取り入り、すでにいた皇妃を押しのけて寵妃となった。

 フィーリアが皇帝に近づいてからというもの、元々、我が儘で傲慢だった皇帝の暴走は加速するばかり。

 最近では、彼女に宝石やドレスを贈るために無駄遣いをして、皇室の経済を逼迫させていた。


「ねえねえ、新しい国が手にはいるのなら、記念にフィーたんもアクセが

欲しいなー。ネックレスとリングだけで良いですよお」


「ウムウム、買ってやろう。買ってやろう。フィーたんが欲しい物は何だって買ってやるからのう」


「やったあ! パパ、大好きー!」


「ウヒョヒョヒョヒョッ! 可愛いのー!」


「「「「「…………」」」」」


 そんな皇帝と寵妃のやりとりを、部屋に残っていた臣下らが白い目で見つめていた。

 遠からず、多額の資金が投入されて大量のアクセサリーが購入されることだろう。民の血税を削って。

 それを止める力は臣下にはない。

 皇帝に意見をすることができる人間など、遠征中のガイを除けば一人しかいなかった。


「お父様、いい加減になさってください!」


 再び、謁見の間の扉が開かれた。

 新たに現れた女性を見て、臣下から安堵の溜息が漏れる。


「これ以上、無駄遣いをすれば来年度の予算に響いてしまいます! 貴方はこの国の経済を潰すつもりですか!」


「ウ、グ……リィンか……」


 新たに現れたのは青銀色の髪を靡かせた細目の女性。

 皇帝の娘であるリィン・シングーである。






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