第104話 寵妃と皇女
「グッ……うっ……リィンか……」
先ほどまで阿呆のようにだらしなく笑っていた皇帝であったが、リィンの顔を目にした途端、気まずそうに言葉を噛む。
皇帝は実娘のリィンのことを苦手としていた。
理由はリィンが皇帝の実母にそっくりなこと。
いかに屈強な戦士も母親には勝てないというが、皇帝の場合も同じである。
リィンに叱られていると、亡き母親から説教をされた幼少時代を思い出してしまい、言い返せなくなってしまうのだ。
おかげで、皇帝が問題を起こしたらまずリィンに相談しろというのが、帝城における不文律となっていた。
「ただでさえ戦費によって財政が圧迫しているというのに、皇族が贅沢にふけるとは何事ですか! 恥を知りなさい!」
「い、いや、リィン……それはだな……」
「ああん、リィンちゃんってば怖ーい」
皇帝がしどろもどろになる中、空気が読めていないのかフィーリアが甘ったるい声を上げた。
「そんなに怖い顔をしたら、また男に逃げられちゃいますよー? 皇女が二十五歳にもなって独身だなんて、お母様恥ずかしいわー」
「……誰のせいだと思っているのですか。お・か・あ・さ・まっ!」
皇帝にしがみついているフィーリアに、リィンが語気を強めて言う。
リィンは二十五歳。フィーリアよりも二つ年上だ。
帝国における結婚適齢期を過ぎた年齢であったが、その原因はフィーリアである。
リィンには同い年の婚約者がいたのだが、その男はフィーリアによって寝取られてしまったのだ。
結婚を半年後に控えていたというのに……こともあろうに、その男とフィーリアは帝城にあるリィンの寝室で交わっていた。
裸でベッドにいる義母と婚約者を見て、リィンはしばし唖然としたが……すぐに激高した。
即日、婚約破棄。義母の不貞について皇帝に訴えた。
その結果、婚約者は斬首刑に処されたものの、フィーリアはお咎めなし。一方的に襲われて、力ずくで陵辱を受けたという馬鹿馬鹿しい主張を皇帝が認めてしまったのだ。
その後も求婚者が何人か現れたものの、いずれも破談になっていた。理由はお察しの通りである。
「リィンちゃんってば、そんなに怒鳴らないでくださいな。私は皇妃、あなたは皇女。身の程をわきまえてくださいねー?」
「貴女が皇妃だなんて誰が認めているというのですか……愛人か娼婦の間違いでしょう?」
「何を言っているのか聞こえませんよー。もっと大きな声でしゃべってくださーい」
「貴女はっ、本当に最高のお義母様ですよっ! 死んだら盛大にお葬式をあげて差し上げますから、お喜びくださいねっ!」
「えー? リィンちゃんってば気が早ーい。年齢はそっちが上ですし、先に死ぬのはリィンちゃんじゃないですかー?」
フィーリアとリィンが言い合いをして、間に挟まれた皇帝がオロオロとしている。
寵妃のフィーリア、母の面影を持つ娘のリィン。どちらに味方をすれば良いかもわからず、ダラダラと顔に汗を流している。
「フーンだ、もういいですよー」
「あ……」
自分の味方をしてくれない皇帝に業を煮やしたのか、リィンがその膝からヒョイッと降りる。
「リィンちゃんのせいで余計な汗をかいちゃいました。湯浴みでもしてきますねー」
「ちょっと……話はまだ終わってませんよ!」
「さよーならー」
フィーリアがスタスタと謁見の間から出て行ってしまい、リィンがそれを追いかけていく。
二人がいなくなり……広い部屋にしばしの沈黙が降りる。
何とも言えない空気の中で、臣下の一人がゴホンと咳払いをした。
「……それでは、ゼロス王国にいるガイ殿下に援軍を送るということで。軍の編成はこちらでしておきます」
「ウム……頼んだ」
臣下の申し出に、皇帝は気まずい表情で頷いたのである。
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