第9話 やっぱり、お姫様に嫌われたよ

「い、妹ちゃん……どうしよう。王女様に乱暴なことをしちゃったよ……」


 メディナに求婚した翌日。

 ヴァンはいつもと同じように妹に泣きついていた。


「お酒に酔ってたせいだ。お姫様を襲っちゃった。未婚なのに、結婚式も挙げてないのに……!」


「あらあら、それは大変ですこと」


 兄に抱き着かれて、モアは恍惚とした笑みを浮かべた。


(思い通りになったようですね。さすがはお兄様、一国の姫であった女性を蹂躙するだなんて並の男にはできませんわ)


 今回の展開も、もちろんモアの掌の上である。

 ヴァンは昔から酒癖が悪かった。

 ごく限られた人間しか知らないことだが、酒を飲むと急に野性的になり、暴力性に目覚めるのだ。


(お兄様は歴史上でもまれなほどの戦士。軍神のような方です。普段は優しいのでそういった面は隠れているのですが、お酒を飲んだ時だけ表面化するのでしょうね)


 ヴァンは優しくて気弱な性格だ。

 理由が無ければ他者を傷つけることは、決してしない。

 理由があったとしても、他者を傷つければ自分自身の心を痛める。

 そうやって普段は抑圧されている戦士の本能が、酒に酔ったときだけ現れるのだ。


「大丈夫です、お兄様。これは必要なことだったんですもの」


「必要なこと?」


「メディナ王女殿下は他の王族のように腐ってはいませんでしたけど、彼らを放置していたという点では罪があります。実際、彼女にも責任を取らせるべきだと主張する者もいます」


「でも……国王達の暴走は王女様にはどうしようもなかったんじゃ……」


「そうですね。だからこそ処刑はしなかったし、牢屋にも入れてはいません。だけど……けじめは必要だと思いませんか?」


 メディナは清廉な人格者で、腐敗した王国を立て直そうとしていた。

 それでも、彼女が民の血税によって生活していた王族の一人であることに違いはない。


「家族の仇であるお兄様に抱かれ、子を孕むことこそが王女殿下にとっての罰になるでしょう。お兄様が罰を与えることで、初めて彼女はアイドラン王家の人間ではなく、一人の女性に戻ることができるのです。だから、安心してこれからも抱いてあげてください」


「…………」


「もっとも……罰を与える立場であるお兄様がそのことで傷ついてしまうのは良くありませんね。もしもお兄様が王女殿下を懲らしめることが辛いというのであれば、別の男性にお願いしても……」


「ダメだ」


 ヴァンが妹の言葉を切り、断言した。


「それはダメだ。王女殿下を他の男には渡さない」


「…………」


 絶対に譲らない……そんな傲慢さすら孕んだ言葉にモアは笑みを深くする。


(そうです。それで良いのです)


 ヴァンは優しい人間だが、王となるには『欲』が足りない。

 もっともっと求めるべきだ。傲慢であるべきだ。

 決して満たされることなき渇望こそが、覇王になる者の素質なのだから。


「はい、それではそのように。覚悟を決めた以上、これからもお兄様には王女殿下を罰していただかなければ困ります。今後も夜に王女殿下を訪ねる時には、事前にお酒を飲んでおくようにしてください」


「えっと……何で?」


「女性はちょっと強引な殿方を好ましく思うのです。お酒の力で勢いをつけておいた方が絶対に良い結果を生むでしょう」


「よくわからないけど……妹ちゃんがそういうのなら従うよ。妹ちゃんはいつだって正しいから」


「過分な評価をいただいて恐縮です。今後ともよろしくお願いいたします」


 これで良い。

 ヴァンは指示された通り、これからも酒を飲んでメディナのところに通うことだろう。

 メディナはヴァンを虜にして操ることを考えているだろが……はたして、いつまで野心を持ち続けられるだろうか。

 圧倒的な強者に求められ、食らいつかれて。

 それでも、ヴァンに対して優位に立てるという幻想を抱けるものだろうか。


(絶対に不可能ですわ。私が保証します)


 そう、それができないことはモアが誰よりも知っている。

 ヴァンには勝てない。

 争うことすら、おこがましい。

 それはモアが我が身を持って、他の誰よりも痛感していることなのだから。

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