第10話 決闘を挑まれたよ、妹ちゃん!

 かくして、ヴァン・アーレングスとメディナ・アイドランの婚姻が正式に発表された。

 王族の婚姻であれば大規模な結婚式が開かれるものだが、今回は行われない。

 資金節約という理由もあったが、国王らによって犠牲となった者達の喪に服すためだと発表されていた。

 王家の生き残りであるメディナが嫁いだことは、アイドラン王家が完全に滅亡したことを意味している。

 面従腹背。アイドラン王国を復興しようと暗躍していた一部の貴族は、反撃の大義名分を失ってしまった。


 二人の婚姻が発表されると同時に、新たな国の建国もまた宣言される。


 国名は『アーレングス王国』。


 ヴァンがしきりに恐縮して嫌がり、それでもと周囲の人間に後押しされた国号に決められた。

 初代国王となったのはもちろん、ヴァン・アーレングス。

 反乱の立役者であり、最強と謳われる騎士が王として君臨したのである。



     〇     〇     〇



「あわわわわっ! 決闘を挑まれちゃったよ、どうしよう妹ちゃん!」


 王の執務室にて。

 いつものようにヴァンが混乱の悲鳴を上げた。

 その部屋はヴァンが王として仕事をするための部屋だが、実質的な主は妹のモアである。

 部屋にはヴァンとモア以外はおらず、防音も完璧。

 ヴァンが気弱な発言をしたとしても、それを聞いてしまう人間はいないだろう。


「落ち着いてください、お兄様。まずは現状を確認しましょう」


 錯乱して泣きついてくる兄の頭を撫でながら、モアがいつものように慈母の笑みを浮かべる。

 今回、ヴァンを追い詰めることになったのは王宮に届いた一通の書状。

 それは東の辺境に領地を持ったウルベルス辺境伯からの手紙である。

 ウルベルス辺境伯は手紙の中で、新国家樹立とヴァンの即位に祝いの言葉を述べていた。

 しかし、手紙の最後にはそれは覆す記載。

 辺境伯領と周辺地域がアーレングス王国から独立を検討している旨が書かれていた。


「や、やっぱり俺なんかが王になっちゃダメだったんだよ! 俺が情けないから、ウルベルス辺境伯も離れていこうとしているんだ!」


「お兄様、それは違いますよ。手紙には『独立を検討している』としか書かれていません。検討しているだけで、独立するとはハッキリ書かれていませんよ」


 本気でアーレングス王国から離れたいのであれば、勝手に独立を宣言してしまえば良いのだ。

 こちらが独立を認めるかどうかは別として、ご丁寧に事前申請する意味はない。


「それで、独立をしないための条件が『決闘』ですか?」


「うん……」


 そうなのだ。

 手紙には独立を検討しているが、ヴァンが決闘に応じれば考え直すと書かれていた。

 一国の王に対して決闘を挑むなど不敬極まりないことである。


「とはいえ……あの御仁であればおかしくはありませんね。何たって、ウルベルス辺境伯ですから」


 ウルベルス辺境伯は東の国境を守護している貴族で、武闘派として知られている人物だ。

 幾度となく敵国の侵略を退けており、王家の盾としての役割を果たしていた。

 彼らは武門の名家だけあって、脳筋な部分がある。

 何でもかんでも力ずくで解決しようとする傾向があるのだ。

 わざわざ決闘を挑んできたのも、ヴァンが王として相応しいか見極めようとしているのだろう。


「相手がウルベルス辺境伯であるならば話は簡単です。求められた通りに決闘に応じて、正面から堂々と倒せば良いのです」


 ウルベルス辺境伯は曲がったことを嫌う。

 決闘と称してヴァンを暗殺しようだなんて小細工は考えていないだろう。


「えっと……倒しちゃっていいの? それなら簡単なんだけど……」


「簡単……ですか。さすがはお兄様ですわ」


 ウルベルス辺境伯はかつて『最強』と呼ばれていた武人である。

 現在、王国最強がヴァンであるならば、上の世代での最強は間違いなくウルベルス辺境伯だ。

 武勇伝も年の分だけ多く、諸外国にその圧倒的な強さが恐怖と共に広まっている。


「クーデターが起こったにもかかわらず、東の大国がその隙をついてこないのもウルベルス辺境伯のおかげでしょうね」


「ふうん、立派な人なんだね」


「ええ……ですから、出来ることならば生かしたまま傘下に入ってもらいたいものです」


「うん、任せてくれ」


 ヴァンが珍しく自信満々に胸を叩いた。

 難しいことを考えるのが苦手なヴァンであったが、得意分野には強い。

 余計なことを考えずに戦うだけならば、こんなに楽なことはなかった。


「ウルベルス辺境伯は俺が倒すよ。それじゃあ、さっそく東に行ってこようかな?」


「書状にはあちらから王都にうかがうと書いてありますけど?」


「さすがに来てもらうのは悪いよ。国境守護の仕事もあるだろうからね」


 ヴァンが当然のことのように言う。

 王が自分から城を出て臣下の領地を訊ねるなど、普通に考えたらありえない。

 少なくとも、かつてこの地に君臨していたアイドラン王であれば絶対にしなかった。


「どうせ俺がここにいてもやることはないからね。妹ちゃんがいてくれたら仕事はないし、メディナさんもいるからね」


 ヴァンは戦いは得意だが内政は苦手だ。

 王としての政務はほぼ妹に任せきりになっている。

 最近では、妻になったメディナも手伝ってくれていた。

 会うたびに顔を真っ赤にして睨みつけられているが、仕事は真面目にやってくれている。


「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。すぐに戻ってくるから心配しないでね」


「お気をつけて。早馬でお兄様が行くことは伝えておきますので、どうぞ存分なる戦いを」


 ヴァンは買い物に行くような気軽さで告げて、東の国境地帯へと向かっていった。






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