第11話 待ち構えているよ

「お爺様、兵を出しましょう! 王位を簒奪した謀反人を討つのです!」


「そうです、辺境伯様!」


「偽王に仕えるなど武人の恥! 王都に攻め込みましょう!」


「…………」


 臣下と傘下の下級貴族、そして孫娘からの訴えを聞いて……老人は渋面になる。

 場所は東の国境である『アームストロング要塞』。

 幾度となく東の大国からの侵略を食い止めてきた要所である。

 そんな守りのかなめを任されているのがその老人……ネイバー・ウルベルス辺境伯だった。


 要塞の中枢にて、ウルベルス辺境伯は戦友と孫娘から詰め寄られている。

 彼らの訴えの内容は一つ。

 王都を占領した反乱軍を殲滅するべきだという主張である。


「お爺様、我らは武人。戦うことしかできない『剣』です! 王にとって我らは道具でしかないでしょう。しかし……それでも『持ち手』を選ぶ権利はあります!」


「…………」


「反逆によって王位を奪った謀反人に仕えるなど言語道断! アイドラン王家に仕える臣下として、反乱軍を討つべきです!」


「……そうか、それがお前の考えか。リューシャ」


 ウルベルス辺境伯にとって何よりも頭が痛いのは、詰め寄ってくる面子の中に孫娘がいること。

 リューシャ・ウルベルス辺境伯令嬢。

 銀色の髪をポニーテールにまとめており、顔立ちは整っているが目元の鋭さのせいで男を寄せ付けない冷然たる麗人である。


「当然です。反逆者は殺して首をさらさねばなりません。それが道理なのですから」


「…………」


(まったく……我が孫は血の気が多いというか、猪武者というか……いずれ辺境伯家を継ぐ者として思慮を身に付けてもらわねば困る)


 孫娘の将来を案じるウルベルス辺境伯であったが……彼自身、若い頃は似たり寄ったりだった。

 ウルベルス辺境伯家は武門の名家であるため、一族郎党、そろって脳筋が多い。

 辺境伯自身もわりと最近までそうだったのだが……二十年前に息子夫婦を亡くしてからは、変化が起こっていた。

 当主である自分がもっと思慮深く行動していたのであれば、息子達が死ぬことはなかったのかもしれない。

 そんな反省から短慮を避けるようになったのだ。


(だが……我が孫もウルベルスだな。ワシや息子の若い頃とそっくりだ)


「お爺様、どうぞご決断を!」


「戦はせぬ。これは決定事項だ」


「お爺様!」


「わからぬか? 我らが王都に軍を出せば、東の大国が動くのだ!」


「ッ……!」


 リューシャが、他の者達が息を呑む。

 東の大国であるシングー帝国は大陸最大の版図を持った軍事国家であり、あちこちに戦争を吹っかけては領地を増やしている。

 この国にも例外ではなく、何度となく攻め込んできては要塞で激戦を繰り広げていた。


「其方達の言い分はわかるが……帝国めにこの地を奪われるわけにはゆかぬ。リューシャ、お前の両親を殺した帝国に辺境伯領を差し出せというのか?」


「…………」


 リューシャが唇を噛んで黙り込む。

 リューシャは正義を愛して仁義を重んじる女であったが、情は誰よりも深い。

 家族を殺した帝国の名前を出せば、さすがに冷静にもなる。

 他の者達も同様だったようで、悔しそうな顔で押し黙っていた。


「では……大人しく我々も従うというのですか? 三百年の恩義があるアイドラン王家を裏切り、アーレングス王国なる得体のしれない国の一部となれと言うのですか?」


「……それしかあるまい。帝国に降るよりはマシだ」


「そんな……」


 リューシャが拳を固く握りしめる。

 爪が刺さり、掌からわずかに血の粒が床に落ちた。


「安心せよ、皆の者。兵は出さぬが黙って従うつもりはない。アーレングス王国が国王なるヴァン・アーレングスの器はワシが見定めてくれよう」


 ウルベルス辺境伯が両手を叩き、力強く宣言する。


「王都に書状を出し、ヴァン・アーレングスめに決闘を挑んだ。戦士の一撃は千の言葉にも勝るもの。の人物が卑劣な簒奪者なのか、それとも堂々たる武人なのか……我が剣で問うて見せようぞ!」


「お爺様が……御自おんみずから……!」


 リューシャが瞳を見開いた。

 ウルベルス辺境伯が類まれなる戦士であることは知っているが、すでに六十を過ぎた年齢である。

 前線を退いて久しく、戦う機会は滅多に見られない。


「それとも……我が目が曇っていると申すか? 老いさらばえた老兵では、王の器量を測るに不服だと思う者がいるのか?」


「い、いえ! そんな!」


「辺境伯様であれば力不足などということはありますまい!」


「安心いたしました! お任せいたします!」


 先ほどまで詰め寄ってきていた者達がそろって首を横に振る。

 彼らは誰よりも、ウルベルス辺境伯の強さを信じていた。

 決闘によって相手を見定めるという方法もまた、脳筋の者達には受け入れやすいものである。


「書状の返事が来たら、さっそく王都に向かうことにする。もしも決闘を断ってくるようならば……」


「辺境伯様、失礼いたします」


 ドアをノックしてから、兵士の一人が入室してきた。


「王都より早馬での書状です。ヴァン・アーレングスという人物からです」


「噂をすればか……とりあえず、決断力はある人物のようだな」


 兵士から手紙を受けとり、ウルベルス辺境伯は中に目を通す。

 手紙を読んでいた辺境伯であったが……やがて噴き出すようにして笑った。


「ブハッ! ハハハッ! なんとまあ、剛毅なことだ!」


「お爺様?」


「リューシャ、お前も読んでみろ!」


 ウルベルス辺境伯は笑いながら、リューシャに手紙を渡す。

 怪訝な顔で受け取ったリューシャであったが……それに目を通すや、唖然とした顔になる。


「これは……」


「どうやら、ヴァン・アーレングスは人格者のようだ! この老骨を気遣って、わざわざ王都から出てきてくれるそうだぞ!」


「ええっ……!」


「そんな……!」


 手紙にはウルベルス辺境伯が高齢であり、王都までの旅時は厳しいだろうと気遣う内容が書かれてあった。

 だから自分の方から行くと、目を疑うような文面も。


「そんな馬鹿な……王を名乗る男が自分から、臣下の呼び出しに応じるというのですか……!?」


 リューシャも愕然としている。


 あり得ない。

 そんな王はあり得ない。

 臣下から決闘を挑まれて応じるだけでもおかしいのに、わざわざ、あちらから来るなどあり得ない。

 ましてや、ウルベルス辺境伯は独立をほのめかしているのだ。

 敵地になるかもしれない場所にのこのこと出てくるなど、勇敢を通り越して愚かですらある。


「なるほど……これは俄然として面白くなってきたな! 歓迎の準備を整えて待とうではないか。アーレングス王がやって来るのをな!」


 ウルベルス辺境伯が愉快そうに笑い、ヴァンのことを初めて心から『王』と呼んだ。

 本当は決闘の結果などどうでも良かった。

 勝とうが負けようが、決闘に応じてさえくれれば良かったのだ。

 決闘をしてくれれば、「アーレングス王は勇敢な人物だった」とリューシャや臣下の暴走を抑えることができるのだから。


(だが……これは楽しみになってきた)


 服属する名目としての決闘が、それだけでは済まなくなってきた。

 ウルベルス辺境伯はヴァンとの決闘を心待ちにして、加齢により枯れかけた闘争心を燃やすのであった。

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