第98話 帝国の皇子

 ゼロス王国王都。

 かつては北方の雄が君臨したその地は、今や斜陽の時を迎えていた。

 第一王子ロット・ゼロスの失脚。

 第二王子ジークオッド・ゼロス、第三王子ジェイコブ・ゼロスの後継者争い、そこから発展して勃発した内乱。

 そして……極めつけに、南のシングー帝国の侵攻。

 二人の王子はまるで外敵に立ち向かうため、表向きは停戦したものの、実際にはまるで連携をとることができずに殲滅されることになった。

 王都は帝国軍によって占領され、城に残っていた王族の生き残りは処刑。貴族の大部分は帝国軍に服属している。


 ゼロス王国は地上から滅亡して、その地は植民地にされたのであった。



     〇     〇     〇



「フム……王子が一人、見つからないとな?」


 旧・ゼロス王国王都。王城にて。

 帝国軍の総指揮官……シングー帝国第一皇子ガイ・シングーが部下の報告に眉を顰めた。


「確か……名前はジェイコブといったか?」


「いえ、ジェイコブは第二王子。逃げているのは第五王子のジェインズという少年です」


「ああ、そうだったか」


 部下の騎士の言葉に、ガイはつまらなそうに鼻を鳴らす。


「二十歳にも満たぬガキだろう。まさか、我が国の騎士が子供と鬼ごっこで負けるような軟弱者しかおらぬとは驚きだ」


「……申し訳ございません」


「謝罪をする暇があれば、結果を持ってまいれ。次期皇帝である朕を煩わせるな」


 ガイは玉座に座って足を組み、高そうな葉巻を口に咥えた。


 ガイはシングー帝国皇帝の息子。今年で四十歳になる。

 本来であれば、さっさと皇位をついでシングー帝国の太陽となるはずの人物であったが……如何せん、現・皇帝が玉座にしがみついているせいで、いつまでも即位ができないでいた。


(あの馬鹿親父を玉座から引きずり下ろすためにも、朕には功績が必要だ。他の有力者をことごとく下につけて、跪かせるような圧倒的な功績が……!)


 だからこそ、ガイは軍を率いてゼロス王国に進軍してきた。

 二人の王子が争っている隙を突いて王都を占領して、王子達の軍勢を殲滅したのだ。


(一国を落として、シングー帝国の領土を広げた……だが、まだ足りん)


 ゼロス王国の領地をそのままシングー帝国に取り込んだものの、これだけでは愚皇帝は納得すまい。

 それぐらいは自分もやった、名誉あるシングー皇族であればできて当然だとごねて、玉座に縋りつくに違いない。

 そこで……ガイはここから先のことも考えていた。

 占領したゼロス王国を足掛かりにして、南のアーレングス王国も攻め滅ぼすつもりだったのだ。


「ゼロスなど足掛かりに過ぎぬ。早々に国内を制圧して、次はアイドラン……否、アーレングス王国だ。そのためにも、さっさとゼロスの王族を皆殺しにせよ!」


 ゼロスを完全に制圧したら、ここから南に軍を向ける。

 同時にシングー帝国側の国境からも軍を送り込み、北側と東側から同時侵攻をするのだ。


「ヴァン・アーレングスなる奸族は戦上手であると聞くが、所詮は一人の人間。二方向からの侵略を防ぐ手立てはあるまい……!」


 そのためにも、まずは完全にゼロス王国を手中に収める。

 次期皇帝であるガイ・シングーの名をもってして。


「ガイ殿下! 大事でございます!」


 だが……彼がいる玉座の間に、別の騎士が飛び込んできた。

 慌てた様子の騎士が息を切らしながら、主君に報告をする。


「反乱です! 制圧した町で民が蜂起しました……!」


「何だと……どこの町だ?」


 ガイが不快そうに眉をひそめる。

 己の覇道に泥を撒かれたような気分だ。反乱ぐらい些細なことであったが、不愉快であるには違いない。


「えっと……オーズの町」


「オーズの町か」


「ベイリーの町、セヴァイスの町、シュートスの町、レットンの町……」


「は……?」


「スイリー、ショーズ、アウテロ、マイッセル、カブス、ゴロ、ナーギスト……いくつもの町々で一斉に民が蜂起しているのです!」


「ハアッ!? どういうことだ!?」


 町の一つや二つが反抗するのは予想の範疇。

 しかし、十以上の町が同時に反逆するなど、予定外の事態である。


「ば、馬鹿な……そんなことが……!」


「反乱に参加している民衆があまりにも多く、手が付けられません! ガイ殿下、どうかご指示を……!」


「ぬ、がああああああああああああああああああああッ! 知るかあああああああああああああああああああああッ!」


 キャパシティを軽く超える事態に出くわして、ガイ・シングーは苛立ちのあまり吹かしていた葉巻を投げ捨てたのであった。


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