第88話 お別れだよ

「いやあ、助かりました! 危ないところを本当にありがとうございます!」


 ガドナ水軍の四隻の船を沈めたヴァンは、襲われていた貿易船の船長に手を握りしめられて礼を言われた。

 海面には船の残骸と海賊達の骸が浮かんで波に揺られている。


「私共にできることでしたら、何でもいたします。


「それじゃあ、アクエリアの町に送って行ってもらえますか?」


「アクエリアですか? それでしたら、ちょうど良い。我々もそちらに向かうつもりだったのです。どうぞ、この船に同乗してください」


 ヴァンの頼みに、貿易船の船長は快く了承してくれた。

 これで港に戻ることができる。ヴァンは胸を撫で下ろした。


(『赤鬼』の人達にガドナ水軍……これで海賊退治も終わりかな?)


 アーレングス王国を脅かしている海賊のうち、特に要注意とされている二つの海賊を潰した。妹から任された仕事も終わりだろう。

 厳密にいえば、『海風の一味』も名のある海賊団の一党ではあるものの、彼らは殺しをせず、積み荷も一部しか奪わないため、被害は軽い。


(それでも、退治しておくべきなんだろうけど……まあ、今回の所は見逃しちゃおうかな?)


 貧しい島を救うために海賊行為をしている『海風の一味』には、同情するべき部分がある。

 少なくとも、ヴァンが自ら手を下したいとは思わなかった。


(まあ、助けてもらったのも事実だからね。その御礼ってことで)


「なあ、アンタ。そっちの船に乗っていくのかい?」


 少し離れた場所に待機していた『海風の一味』の船が近づいてきて、ドラコ・オマリが貿易船に乗り込んでくる。

 新たに現れた海賊船に貿易船の船員が動揺するが、ヴァンが「大丈夫だ」と宥めた。


「ああ、世話になった」


「いや、構わないよ。アンタのおかげで商売敵がいなくなったからね。むしろ、感謝したいくらいさ」


 ドラコ・オマリがカラカラと笑って、ヴァンの肩を叩いた。

 日焼けした彼女の顔に浮かんでいるのは、親しい友人に向けるような爽やかな笑顔である。


「もう、海で拾ってやった分の借りは十分に返してもらったよ。もう、好きにしな」


「ああ、ありがとう」


 ヴァンは礼を言う。

 海賊ではあったが、気持ちの良い人達だった。

 法的に見れば悪党には違いないのだろうが……少なくとも、ヴァンは嫌いにはなれない。


「気をつけて帰りなよ」


「ああ、貴女も元気で」


 ヴァンとドラコ・オマリはそんな会話を交わして別れた。

 ヴァンは一国の国王。ドラコ・オマリは海賊。

 二人の間には大きな亀裂が開いており、もう二度と顔を合わせることはないだろう。


(だけど……短い間だったけど、同じ船に乗って海を旅してきたんだ。友人と呼んだって構わないだろう?)


「それじゃあ、帰港するよ! 帆を広げな!」


「「「「「へいっ!」」」」」


 ドラコ・オマリの命令に船員達が高々と答えて、『海風の一味』を乗せた船が離れていく。

 ヴァンは若干センチな気分になりながら、友人達との別れを惜しんで彼らを見送る。


「それじゃあ、この船も出しますね」


「ああ、よろしく頼む」


 貿易船もまた出発した。

『海風の一味』とは別の方角に向けて波を切り、海を進んでいく。


「さようなら、みんな……」


 ヴァンは最後にもう一度だけ振り返って、『海風の一味』の船を見やり……


「「「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」


「…………ええ、嘘でしょ?」


 海から飛び出てきた巨大なタコによって、彼らの船が沈められていくのを目にしたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る