狼獣人ヴァナの初恋

『牙の一族』の狼獣人であるヴァナにとって、戦いは神聖なものだった。


 それはヴァナに限った話ではない。

『牙の一族』は『爪の一族』と並んで、獣人達の中で武闘派として通っている部族なのだ。

 狼獣人や犬獣人は力を重んじており、戦いによって正義を決することを誇りとして考えていた。


「さあ、かかってこい! 決闘だ!」


 そんなヴァナの前に現れたのは、二つ年下の少年。

『牙の一族』と友好関係にある『翼の一族』の族長の息子だった。

 何年か前に会ったことがあるが……記憶よりも逞しく成長しており、顔つきも生意気そうになっている。


 名前は……ガラム。

 彼は『牙の一族』の族長に決闘を挑みに来たのだ。

 大森林に棲んでいる異民族にはとある掟があり、族長同士の決闘に勝利することで上下関係を決めることができる。

 これにより七つの部族を統一することで、『族王』の称号を得ることができるのだ。


「小童が生意気な! 良いだろう、相手になってやる!」


 ヴァナの父である『牙の一族』の族長は喜んで決闘に応じた。

 友好関係にある部族であるかどうかは関係ない。

 若者が野心を持って決闘を挑んできたことが、よほど嬉しかったようである。


「さあ、何処からでもかかってこい!」


「行くぞ!」


 決闘が始まるやいなや、ガラムは空に向かって飛び上がる。

 予想通りである。『翼の一族』にとって、空から襲いかかることは常套の戦闘手段なのだから。

 違っていたのは……ここから先である。


「喰らえ!」


「グアッ!?」


 ガラムは空中で何かをブンブンと回して……次の瞬間、猛スピードで石が飛んできた。

 ガラムが上から襲いかかってくるのを待ち構えていた『牙の一族』の族長へと、石が襲いかかる。


「えい! えい! えい!」


「お、降りてこい! 卑怯だぞ!?」


「戦いに卑怯なんて言葉があるかよ! さっさと倒れろ!」


 ガラムは下りてくることなく、一方的に飛礫を浴びせかける。

 族長は何もすることができず、何十発もの石を喰らって、やがて倒れてしまった。


「俺の勝ちだ! 今日から、この集落には俺の下についてもらう!」


「お父様……ああ、何ということでしょう……!」


 高々と勝利宣言をするガラムであったが……勝ち誇っている少年に、ヴァナは何とも言えない微妙な顔になる。

 この決闘において、明確化されているルールはない。

 石を投げようが、石で殴りつけようが……反則負けにはならない。


(しかし……相手の牙が届かない位置から一方的に攻撃するなんて、それは正しい戦い方なのかしら?)


 ルール違反ではないが……釈然としない。

 まるで、指先に小さな棘が刺さっているような感覚だ。

 間違いなく、ガラムは勝利しているのだが……それを素直に認めたくない気分である。


「ヴァナよ、お前にはガラムに嫁いでもらう」


「お父様……」


「どんな手を使ったとしても、決闘は決闘だ。勝者である彼に従わねばならん」


 決闘に敗北した父がヴァナに言う。

 ガラムはある意味では先駆者だ。いずれは他の部族も統治することだろう。

 先んじて妻を送り込んでおけば、『牙の一族』の地位向上につながる。

 間違っても……宿敵である『爪の一族』の風下に立つわけにはいかないのだ。


「わかりましたわ。私はガラム様の妻となりましょう!」


 幸いかどうかはわからないが……ガラムは決闘の前後、ずっとヴァナのことを見つめていた。具体的には、同年代の女性よりも育った胸元を。

 予想していた通り、ヴァナとの婚約を提案するとすぐに受け入れられた。


「彼はよくわからない戦い方をして、ちょっとだけ気に入りませんけど……だけど、決闘は決闘です! 妻になるのに依存はありません!」


 その言葉は誰に対する言い訳だったのだろうか。

 まるで自分自身に言い聞かせているように宣言して……ヴァナは婚約者として、ガラムの隣に侍ることになるのであった。



     ○     ○     ○



「フンッ!」


「キャインッ!?」


 逞しい腕が唸り、ヴァナの身体が地面に倒される。

 仰向けになって倒れながら……ヴァナは息を切らして、その男を見上げる。


「ハア、ハア……お見事でございます。旦那様」


「大丈夫か?」


 見下ろしているのは、ガラムを始めとした獣人の軍勢を打ち倒した男……ヴァン・アーレングスである。

 ヴァナは彼によって捕虜となり、王都まで連れてこられていた。


「少し、休んだらもう一本。お願いできますでしょうか……?」


「構わないが……お前は平気なのか?」


「もちろんでございますわ」


 ヴァナは恍惚とした笑みを浮かべて、彼女の身を案じるヴァンに答える。


(やはり、戦いはこうでなくってはいけませんわ……)


 戦闘とは肉体と肉体のぶつかり合いであるべきだ。そうでなくてはならない。

 知恵を使って相手を屈服することを間違いとは言わないが……ヴァナは真っ向勝負でぶつかることを愛している。


「愛していますわ……旦那様」


 おそらく……これは初恋だ。そうに違いない。

 ヴァナの初恋の相手はガラムではなく、ヴァン・アーレングスだったのだ。

 ヴァナは愛おしそうに内心を吐露して、圧倒的強者である男性に熱い眼差しを向けるのであった。






――――――――――

作品紹介


毒の王 ~最強の力に覚醒した俺は美姫たちを従え、発情ハーレムの主となる~

https://kakuyomu.jp/works/16816927862162440540


書籍3巻発売中。コミカライズ企画も進行中!!

ただいま連続更新中になります。

ぜひとも読んでみてください!

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