鳥獣人ルーガの空

『翼の一族』の獣人であるルーガは生まれた頃から兄に嫁ぐことが決まっていた。

 理由は閉鎖的な集落ではありきたりなもの。古い掟やしきたりによるものだった。


『翼の一族』の獣人は生まれた時から、翼を背に持っていた。

 多くの者は茶色、ごくまれに赤や青といった鮮やかな色の者が生まれる。

 特に特別なのは『白』と『黒』だ。

 かつて大森林に集落を築いた始祖の夫婦……口伝で語られている彼らが黒鳥と白鳥の獣人であったためである。

 そのため、村の掟によって『白』と『黒』の鳥獣人が同じ時代に生まれた場合には、つがわせて夫婦にするというのが慣例だった。


 黒鳥の獣人であるガラム。

 白鳥の獣人であるルーガ。

 二人は血のつながった兄妹ではあったものの、村においては掟の方が優先される。

 仮に二人の年齢が五十歳以上も離れていたとしても、夫婦にされていたことだろう。


「いや、ロリ巨乳の妹と結婚とか最高じゃん! マジで萌える!」


 などというのは、二人の結婚が決まった時のガラムのセリフである。

 ルーガはその言葉の意味は知らなかったが……特に拒む理由はなかった。


「ルーガは兄者のこと好きだぞ。だから、兄者の妻になるぞ」


 ガラムは優しかった。賢かった。強かった。

 誰よりも高く、速く飛ぶことができた。村の長老達も知らないような知識を持っていた。

 だから……ルーガが兄の妻になることに異論はなかった。

 幼い頃から言い聞かせられて、洗脳されていたともいえるし、近親相姦が禁忌であるという知識もなかった。


 もしもガラムが大森林から出ることが無かったら……『翼の一族』の族長や、獣人達の族王という地位で満足していれば、何事もなくルーガはガラムの妻になっていたはず。

 だが……そんな未来は打ち砕かれた。

 兄の愚かしさによって。そして……ヴァン・アーレングスという稀代の英雄によって。


「よし、かかってこい」


「…………!」


 戦場でヴァンに敗れて、兄もろとも捕虜になって……ルーガはアーレングス王国の王都へと連れてこられた。

 初めて、やってくる人間の都市。それにハシャぐ余裕はさすがに無い。

 城まで連れてこられたルーガは、兵士のための鍛錬場で拘束を解かれて、ヴァンと向かい合うことになった。


「俺に勝つことができたら、兄を解放しよう。かかってこい」


「……良いんだな? 兄者を解放するんだな?」


「そう言った」


「…………!」


 兄を助けるためである。

 ルーガは両翼を広げて、敵の王に挑むことになった。


「殺してやるぞ! ルーガは強いんだからな!」


 戦場では不覚を取ったが……二度と失態を侵すつもりはない。

 ルーガは空へと飛び立って、十数メートルの空中から鍛錬場を見下ろした。


「空を飛べば負けないぞ! 翼を持たない奴なんかに負けないぞ!」


 ルーガは空から、ヴァンに襲いかかるタイミングを計る。

 しかし……見下ろした先、鍛錬場にヴァンの姿はなかった。


「え……いない……?」


「上だ」


「ぬあっ!?」


 その声は頭の上から聞こえてきた。

 驚いて見上げれば、そこにいるのは憎むべき敵であるヴァンの姿。

 ヴァンはルーガを飛び越えて、恐るべき脚力によって空中に跳躍したのである。


「フンッ!」


「ッ……!?」


 そして、さらに驚くべきことが起こった。

 ヴァンは翼もないというのに空中で何かを蹴って、ルーガめがけて突進してきたのである。

 ルーガはその場を飛び去るよりも先に身体を掴まれ、そのまま地面に向かって叩きつけられ……。


「おっと」


「ふあ……!」


 その直前、ヴァンによって抱きかかえられて救出された。

 もしも助けてくれなかったら、鳥獣人といえど全身が粉々になるようなダメージを負っていたことだろう。


「俺の勝ちだ。怪我はないな?」


「ない……ぞ。今の、どうやったんだ?」


「どう……?」


 何故、人間が空を飛べるのだ。

 空は鳥と『翼の一族』だけのものだったのに。


「何か、こう……アレだ。空気をこう、アレして……」


 ヴァンが眉間にシワを寄せて、何事かを説明しようとする。

 しばし言葉が迷子になってさまよって……やがて、首を横に振った。


「知らない。できるものはできる」


「できる、のか……?」


「その気になれば誰にだって。やろうとしないからできない。やればできる」


 ヴァンが無茶を言った。

 明らかに人間の動きを超えていたのだが……さほど頭の良くないルーガは、言われるがままに納得するしかなかった。


「納得できないのなら、もう一本だ。付き合おう」


「あう」


「立て……お前が屈服するまで、何度でも堕としてやろう」


 ヴァンがルーガを地面に立たせて、再び距離を取って向かい合う。

 その後、ルーガは五回ほどヴァンと戦って敗北して……そして、目の前の英雄に屈服した。


(この男は透明な翼を持っている。大きくて、逞しい王の翼だぞ……)


 空を支配していたはずの『翼の一族』。

 彼らの物だったはずの空は、あまりにも小さい物だったようである。

 外の空に出てみれば、こんなにも巨大で強い怪鳥がいる。それを知らずに生きてきた。


「妹ちゃ……じゃなくて、参謀の提案だ。ルーガ、お前には俺の妻になってもらう」


「……わかったぞ、王者」


 ルーガは兄に対して一度として感じたことのない胸の高鳴りを覚えて、ヴァンの妃となることを了承したのであった。






――――――――――

作品紹介


毒の王 ~最強の力に覚醒した俺は美姫たちを従え、発情ハーレムの主となる~

https://kakuyomu.jp/works/16816927862162440540


書籍3巻発売中。コミカライズ企画も進行中!!

ただいま連続更新中になります。

ぜひとも読んでみてください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る