第5話 勝ったよ、妹ちゃん

 大貴族であるコルデリック公爵が倒されたことにより、多くの貴族家が新政府に忠誠を誓った。

 王都に攻め込もうとしたコルデリック公爵家も伯爵家にまで格下げされたものの、家そのものは存続が許される。

 貯めこんだ財産の大部分を賠償金として支払い、公爵の甥にあたる人物が家督を継ぐことになった。


「貴族を潰すことは簡単ですけど、我々は人数が少ないですから。ある程度は彼らを生かしておかないと、領地を管理する人間がいなくなってしまいます」


 戦闘後の後処理を終えて、自室でモア・アーレングスが説明する。

 自室といっても、そこはかつて国王が使っていた部屋。今はアーレングス兄妹が共同で使う寝室となっていた。

 部屋いっぱいにあった豪華な家具や調度品は数を減らして、スッキリとしている。

 ほとんどが売り払われており、新政府の活動資金となっていた。


「公爵の息子は父親と同じでろくでもない人物でしたけど、甥はまともな方でしたからね。彼に継いでいただくことになりましたわ」


「えっと……それは公爵の息子さんは満足してるのかな? 絶対に文句を言うと思うんだけど……」


 ヴァンが控えめな口調で訊ねる。


 アーレングス兄妹はテーブルで向かい合って、アフターヌーンティーを飲んでいた。

 妹のモアはリラックスした様子だが、兄のヴァンはおどおどと不安げである。

 先日の公爵家との戦いでは戦闘で槍働きをしていたというのに、まるで別人のようだ。


「残念ながら、彼は永遠に文句を言うことはできません。公爵の御子息には金を渡して放逐したのですが……何者かに襲われて殺害されたそうです」


「え……殺害?」


「ええ、彼は領民を虐げていたらしくて恨みを買っていたのでしょう。大勢の人間にメッタ打ちにされて、死体は河に捨てられていたようです」


「…………」


 ヴァンが同情したような顔になる。

 相変わらず優しいことだと、モアは微笑ましく思った。


(まあ、死んでいるのは御子息だけではありませんが)


 公爵家の人間……奥方や息子、娘、重臣などはこぞって殺されている。

 彼らを殺害したのは公爵家によって虐げられていた人間、そして、今回の戦いによって命を落とした者達の遺族だ。

 彼らはヴァンに率いられた新政府軍によって殺されたのだが、モアは情報操作によって、コルデリック公爵が無謀な出陣をしたことが原因であると広めていた。

 これにより、新政府に向いていた恨みをコルデリック公爵家に移したのである。


(公爵一家を打ち殺して、彼らも満足しているでしょう。お兄様を憎んだりはしないはず)


 たとえわずかな人間であったとしても、兄が憎まれ恨まれるのは好ましくはない。

 兄を溺愛しているモアは恨みの矛先を巧みに変えたのである。


「多くの貴族が服属して、旧・アイドラン王国の大部分は掌握できました。そろそろ、先送りにしていた『王』を決めなければいけませんね」


「えっと……本当に決めなくちゃいけないのかな?」


「当然です。王不在、新しい国名すらも決まっていないなんて状態を長く続けるわけにはいきません」


 モアがすっぱりと切れ味良く断言した。

 アイドラン王家を滅ぼして新政府が築かれたが、いまだに新しい国王は決まっていない。

 反乱軍の幹部が合議によって政治運営をしている状態が続いていた。


「このまま、みんなで話し合って決めていったら良いんじゃないか? 無理に王様を作る必要はないと思うんだけど……」


「そういうわけにはいきませんわ、お兄様。将来的には民衆による合議の政治が当たり前になるかもしれませんが、それはきっと未来の話です。国内の混乱は収まったとはいえ、周辺諸国がいつ攻め込んできてもおかしくない状況で民に政治を預けるのは早計です」


「だからといって……やっぱり、俺には国王なんて大役は務まらないよ」


 そう……ヴァンがしきりに恐縮している理由はそれである。

 新しい国王を決めるにあたって、モアはヴァンを強く推薦していたのだ。

 反乱軍のリーダーであり、新政府の中心人物なのだから当然の判断であったが……ヴァンにしてみれば、堪ったものではない。

 ヴァンはその能力に反して自己評価が低かった。

 意思が弱く、考えも鈍い自分には王様なんて務まらない……ずっとそう主張していた。


「俺じゃなくても、もっと相応しい人間がいるだろう? 例えば……ユーステスとかロイドとか?」


 ユーステスとロイドは新政府においてヴァンの副官をしている人物達である。

 ユーステスは軍事、ロイドは内政でヴァンのことを支えていた。


「その二人もまた、お兄様に王になってもらいたいと主張しているのです。そもそも、あの二人はお兄様がいるから纏まっていますが、基本的には水と油。一方が王になれば、もう一方は全力で足を引っ張るでしょう。新政府にいきなり内部抗争を起こすつもりですか?」


「えっと……それじゃあ……」


「もちろん、メディナ王女殿下もダメですよ」


 兄の考えを先読みして、モアが釘を刺す。


「民衆の中にはいまだに根強くアイドラン王家を憎んでいる者がいます。王家の生き残りであるメディナ王女殿下が次の国王になろうとすれば、必ず混乱が生じることでしょう」


「う……」


「アイドラン王国は滅びなければいけない。国名を変えて、まったく新しい国として生まれ変わらなければいけないのです。そうしなければ、この国は先には進めない」


「…………」


 ヴァンはもう文句を言わなかった。

 自分の立身出世などの欲はないが、人を救いたい、世の中を良くしたいという願望はある。

 それがヴァン・アーレングスという人間なのだから。


「……わかったよ。妹ちゃんがそこまで言うのなら俺が王になる。だけど、それでみんな付いてくるかな?」


「少なくとも、民衆は喜ぶでしょうね。お兄様はずっと人々のために戦ってきましたから」


 ヴァンは騎士であったころから、民のために戦い続けてきた。

 盗賊や山賊を倒し、魔物と呼ばれる人外の怪物を倒し、敵国の侵略も退けて。

 王や大貴族は下級貴族出身のヴァンを認めることはせず、冷遇し続けてきたが……救われてきた者達は恩を覚えている。


「とはいえ……従うのは民衆と下級貴族だけ。大貴族らは表向きには従ったふりをしても、裏ではお兄様を引きずり下ろそうとするでしょう」


「だったら、どうしたら……」


「大貴族らを従える大義名分が必要です。彼らが弓を向けることのできない鉄壁の盾が」


 モアがニコリと笑って、両手を合わせた。


「メディナ王女殿下をお兄様の妻にすればいいのです。無理やりにでも手籠めにして、美味しくいただいちゃってくださいな」


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