第4話 とりあえず潰しておくね

 コルデリック公爵家は建国より続く大貴族である。

 王家の血も受け継いでおり、アイドラン王国において筆頭貴族の地位を持っていた。


「ククッ……間抜けな革命家どもめ。奴らのおかげで楽々と王位を奪えるわい!」


 領軍五千の兵士を率いて、グラモス・コルデリック公爵が馬車で王都に向かっている。

 武人というわけでもないコルデリック公爵は馬に乗るのが苦手なため、移動には馬車を使用していた。

 コルデリック公爵は普段であれば自ら戦場に立つような人間ではない。

 戦時には、息子や親類を代わりに大将として据えることが多かった。

 しかし、今回は特別。王都を占領して国王を殺害した反乱軍撃滅の手柄を他人に譲らないために、自ら王都に赴いていた。


「王都を獲れば、この私が次の国王か……堪らないな!」


 馬車に揺られながら、コルデリック公爵がほくそ笑む。

 コルデリック公爵は野心家である。

『公爵』という高い身分になりながらその地位に満足しておらず、さらに飛躍する機会を虎視眈々と窺っていた。

 そして、ようやく巡ってきたチャンス。

 反乱軍によって国王が討ち取られてしまい、王都が敵の手に落ちた。


 コルデリック公爵が自ら王都に攻め込めば、公爵自身が反逆者になってしまう。

 裏切り者として、不名誉な汚名を国中にさらすことになる。

 だが……今回は違う。大義名分がある。

 コルデリック公爵が王都を占領したとしても、反逆者を討ち滅ぼした正義の人間として持て囃されることはあっても、責められることはないだろう。

 コルデリック公爵が次期国王になることに文句を言う者はいない。

 それまで虐げられてきた民衆からは不平不満が上がるだろうが……コルデリック公爵にとって、民が口にする意見など虫の鳴き声のようなもの。

 聞く価値などなく、民衆の評判がいくら落ちたところで痛痒にも感じなかった。


 結局、コルデリック公爵もまた処刑された国王と同じ穴のむじななのだ。

 仮にコルデリック公爵が次の国王になったとしても、同じように人々を弾圧してぜいたくな暮らしをすることだろう。


 もっとも、そんな未来は有り得ない。

 コルデリック公爵が王都を落とすことはない。

 彼は今まさに蜘蛛の巣に飛び込もうとしている羽虫でしかないのだから。


「ム? 何の声だ。五月蠅うるさいな」


 外から喧しい怒号の声が聞こえてくる。

 野心に心を燃やしていたコルデリック公爵は顔を顰め、馬車の窓から顔を出す。


「騒がしいぞ! どうしたというのだ!?」


「公爵様、敵襲です! 何者かが我が軍に攻撃を仕掛けてきました!」


「な、何だと!?」


 ありえない。

 コルデリック公爵は愕然とした。


 公爵が自信満々で王都に攻め込もうとしていたのには理由がある。

 王城を占拠した反乱軍に内通者がいて、情報を流させていたのだ。

 コルデリック公爵が入手した話によると、王都はいまだクーデターの混乱が収まっておらず、戦えるような状況ではないとのこと。

 攻め込んできた敵を迎え撃つことはできず、王都に籠るのがやっとのはず。


「話が違うぞ! どうなっているのだ!?」


 手に入れた情報が間違っていたというのか。

 王都に籠城した敵を囲んで殲滅するつもりだったのに、奇襲を受けるだなんて想定外だった。


 公爵が叫んでいる間にも、敵の攻撃は続いていく。

 どこからか現れた騎士の一団が公爵軍に弓を射かけてきた。


「うわあああああああ! 敵だ、逃げろおおおおおおおお!」


「殺されるぞ! 『ロイカルダン平原の人食い鬼』が来るぞおおおお!」


 街道を移動中だったコルデリック公爵の軍勢が混乱に包まれる。

 公爵軍は五千。その多くが徴兵した民兵であり、戦闘の経験はほとんどない。

 予想外のアクシデントには弱い。

 奇襲を受けたことで散り散りになり、悲鳴を上げながら逃げ出した。


「待て! 待たぬか! 踏みとどまって戦え!」


 コルデリック公爵が怒鳴りつけるが、混乱は収まらない。

 逃げずにどうにか敵を迎え撃っているのは正規兵だけ。数は三百ほど。

 襲撃者の人数は不明だが、練度は明らかに敵が上である。

 コルデリック公爵の脳裏に強い危機感が生じた。


「に、逃げろ! 撤退だ! ワシを安全な場所まで……」


「遅い」


「ヒエッ!?」


 ゾッとするような声は混乱の中、不思議なほど鮮明に聞こえてきた。

 弓矢を射かけられて混乱する公爵軍へと、馬に乗った騎士の一個中隊が突っ込んでくる。

 数は少ないが勢いは恐ろしく強く、次々と公爵家の正規兵が討たれていく。

 戦闘で槍を振るっているのは黒鎧の騎士。

 その男の名前を恐怖と共に、コルデリック公爵はつぶやく。


「ヴァン・アーレングス……!」


「グラモス・コルデリック公爵。その首を貰うぞ」


 驚くほど淡々とした口調で宣言して、ヴァンが突っ込んできた。


「ひ……ヒイイイイイエエエエエエエエエエエエッ!?」


 コルデリック公爵が絶叫を上げる。

 もしも彼が馬車ではなく馬に乗っていたのであれば、千に一つくらいは逃げのびる道があったのかもしれない。

 だが、方向転換も難しい馬車では逃げるに逃げられない。

 コルデリック公爵が慌てて馬車から降りようとしたときには、もう遅い。

 ヴァンは兵士の壁を紙のように破り、すぐ眼前へと迫っていた。


「敵将、討ち取ったり」


「グベッ……」


 ヴァンが投擲した槍が吸い込まれるようにしてコルデリック公爵の背中に突き刺さり、貫通する。

 地面に倒れるコルデリック公爵は最後まで、自分の身に何が起こっているのかを理解できなかった。


 勝てるはずの戦いだった。

 負けるはずのない戦い。自分が王になるための通過儀礼。

 それがどうして、こんなことになってしまったのだろう。


(ワシは何を間違えた? どうして、こんなことに……)


 薄れゆく意識の中で後悔する。


 コルデリック公爵は知らない。

 王都にいる内通者が意図して、間違った情報を流していたことを。

 コルデリック公爵は誘い出されたのだ。反乱軍の強さを彩る生贄として。

 筆頭貴族である公爵家が敗北したことにより、反乱軍に服属することなく抵抗するつもりだった貴族家が次々と降伏することになる。


 そんな悪夢のような策略を考えたのがヴァン・アーレングスの妹であることも、最期まで知ることはなかったのである。

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