第6話 お姫様を奥さんにするよ

 メディナ・アイドランは王城の一室に軟禁されていた。

 牢屋に閉じこめられたりはしていない。

 客室に入れられており、豪勢ではないものの三食食事を与えられて。望めば監視付きで城の中を出歩くことすら許されている。

 その日もまた、メディナはメイドと一緒に庭園を散歩していた。


「……活気が出てきたな。父が治めていた頃とは大違いだ」


 王宮の庭園から城の渡り廊下を見つめて、メディナは物憂げにつぶやいた。

 反乱軍によって落城して新政府の拠点となった王城は、日夜、多くの人が出入りしている。

 文官や兵士、商人、町の人々。

 以前は特権階級の人間以外は足を踏み入れることがなかったのに、随分と開放的になっている。

 王宮の中で働いている人間の顔はいずれも希望に満ちあふれていた。

 以前は王族と一部の貴族以外は暗い表情をしていたというのに、大違いである。


「誰もが未来への希望を胸に抱いている。この国が良くなっていくのだと確信しているようだ」


「姫様……」


 沈んだ表情をしているメディナに『アン』という名のメイドも痛ましげな顔をしている。

 彼らから少し離れた場所には、見張りの兵士が控えていた。

 しかし、彼らの方からメディナに話しかけてくることはしない。

 味方ではないが、敵というわけでもなさそうだ。

 王族に強い恨みを持った人間が詰め寄ってきたときには、助けてくれたこともあった。


「姫様、今だけの辛抱です。きっといずれ、城も国も取り戻すことができるはずです!」


「…………」


 励ますように力強い言葉をかけてくるアンであったが、メディナの顔は暗いままである。


(本当に……国を取り戻しても良いのだろうか?)


 メディナは思う。

 自分は……アイドラン王家は必要とされているのだろうか?

 国王と王妃、王太子が処刑されたというのに、彼らの死を惜しんでいる人間は誰もいない。

 喜んでいる人間は山ほどいるというのに。


(私や王家の血を継ぐ貴族らが王として復権したとしても、かえって民を混乱させてしまうだけだろう。誰も幸せにならない。誰も救われない)


 そもそも、どうやって復権すれば良いのだろう。

 王城には顔見知りの貴族の姿もちらほらとあったが、彼らは露骨にメディナから顔を逸らして挨拶すらもしてこなかった。

 後になって知ったことだが……彼らは新政府への服属を宣言するため、城にやってきたのだ。

 すでにこの国の大部分の貴族が新政府の傘下に収まっているらしい。王家を立て直そうとしている者はいない。


(私達は……必要とされていない。国と民に捨てられてしまったのか……)


 民を恨みはしない。そんな資格はない。

 見放されても仕方がないようなことをしてきたのは、王家の人間なのだから。


「……もう諦めよう、アン。アイドラン王国は滅んだ。復権は不可能。むしろ、立て直してはいけないようだ」


「姫様、そんな……!」


「私も両親やお兄様と一緒に処刑されるべきだったのだ。こんなふうに飼い殺しにされるのではなく、いっそ私も死んでいたら……」


「……それは違うな」


「…………!」


「貴方は……!」


 アンがメディナの前に立ちふさがり、盾となる。

 いつの間にか、二人がいた庭園に男が入ってきていた。

 メディナにとっては顔を合わせたくない人間の筆頭である。


「……ヴァン・アーレングス。私に何か御用ですか?」


 そこにいたのは反乱軍のリーダー。

 メディナを捕縛して、軟禁生活を強いている張本人だった。


「……少し痩せましたかな? 食事の量が足りていないようならば、増やすようにシェフに言っておきますが?」


「いいえ、問題ありません。それよりも……質問に答えてください」


 メディナは目の前の男を睨みながら、再度問う。


「私に何か用ですか? 用も無しに話をするような関係ではないですよね?」


「……ええ。そうですね」


 ヴァンが岩のような無表情で小さく溜息をつく。

 その内心はメディナには読めないが、まるで自分が失望されたように感じた。


(いったい、どうしてこんな顔をするのでしょう。私は貴方にとって憎むべき王家の生き残りでしょう?)


 メディナにはわからない。

 目の前の男が優れた騎士であることは知っている。

 騎士団の部下からは慕われており、民衆からの信頼も厚い。

 反対に、一部の貴族からは嫌われていたが。

 ヴァンが反乱を起こしたりしなければ……メディナはアイドラン王国を立て直すため、もっとも信頼すべき協力者として声をかけていたかもしれない。


「……今日は貴女にお願いがあって参りました」


「……何でしょう。亡国の王族としてあらゆる価値も失った私に、いったい何を求めているのでしょう?」


「…………」


 ヴァンが黙り込む。

 最強にして無敵の騎士とまで呼ばれる男が、迷うように視線をさまよわせる。


「あの……?」


「……メディナ王女殿下」


「はい……」


「私の妻になってくれ」


「……………………はい?」


 思いもよらぬ言葉を受けて、メディナは思わず言葉を失った。

 唖然とするメディナと呆然とするアン。

 あまりの提案にあっけにとられた二人は気がつかなかった。

 気まずそうにしているヴァンの膝が、緊張のあまりガクブルになっていることに。


(い、妹ちゃあああああああああん! やっぱり怖いよおおおおおおおおおおっ!」


 ヴァンが岩のような表情の裏側で、妹に助けを求めて泣き叫んでいることに……メディナ達は気づくことはなかったのである。

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