第7話 姫様は覚悟を決めたみたい

「ありえませんありえませんありえません!」


「…………」


「ありえません……よりにもよって、あの男……!」


 ヴァンがメディナ元・王女に婚姻を申し込んでから一時間後。

 メディナが軟禁されている部屋にて、メイドのアンが怒り狂った声を上げる。


「姫様の家族を殺したくせに! 国を奪ったくせに! 地位を奪ったくせに! どうして、どの面をさげて結婚しろだなんて言えるんですか!?」


 ヴァンの告白を受けて、過剰に反応したのは当事者のメディナではない。

 主の傍で話を聞いていたアンである。

 アンはしばし呆然と立ちすくんでいたが、ヴァンの言葉の内容を理解するやメディナを引き剥がした。

 虜囚という立場を忘れて罵倒の言葉を吐くアンに、メディナの方が顔を青くしてしまったほどだ。


「姫様のお気持ちも考えずに……あの男、次に顔を見せたら刺してやる!」


「……やめなさい。さすがに不味い」


 椅子にクッタリと座り込みながら、メディナがアンを嗜める。

 告白されてすぐに部屋に引っ込んだため、ヴァンに返答はしていない。

 どうして、ヴァンが婚姻を申し込んできたのかをずっと考えていた。


「……おそらく、私と婚姻することでこの国を支配する正当性を得ることが目的だろう」


 それ以外にメディナに価値はない。

 すでに国内の貴族の大部分は新政府に服属したと聞いているが、それでも、アイドラン王家に忠義立てしているものはいるだろう。

 対外的な部分でもそうだ。

 周辺諸国が新政府をこの国の正当な支配者として認めない可能性がある。

 適当に王家の落胤を見つけて旗印として掲げて、戦争を仕掛けてくるかもしれない。


 王家の直系であるメディナを取り込んでしまえば、血統を重んじる者達に対して正当性を主張できる。


「それに……私にとっても利益がある。少なくとも、王家の血を後世につなぐことはできるのだから」


 民に見放されたアイドラン王家。

 その生き残りであるメディナにただ一つ、出来ることがあるとすればそれだろう。

 祖先の血を未来につなぐこと。

 メディナがヴァンと結婚して彼の子を孕めば、生まれてきた子供は次の王になれるのだから。


「……彼の要求を拒んでしまえば、本格的に私の利用価値がなくなってしまう。そうなれば、生かしておく理由もない」


 協力者にできないのなら、もはやメディナは邪魔者でしかない。

 適当な理由を付けて殺されるのが末路だろう。


「そ、そんな……それじゃあ、姫様はあの男に嫁ぐのですか? 姫様があんなケダモノに汚されるだなんて嫌です……!」


「アン、これは仕方がないことなのだ」


 メディナが涙ぐむアンを慰める。

 もしもメディナが死ねば、忠誠を誓っているアンもただでは済まないかもしれない。

 最後に残った唯一の忠臣を守るためにも、ヴァンに嫁ぐことが最善である。


「私はあの男に嫁ぐ。だけど……心までは奪われはしない」


 メディナは決意を決めた。

 親の仇、国を滅ぼしたヴァンの妻になる覚悟を。

 ただし、それはヴァンの脅しに屈したからではない。

 メディナがヴァンの妻になることで、国内で起こる問題のいくつかが片付く。

 そして、王家の血を未来につなぐことができる。

 メディナはあくまでもアイドラン王国の姫。

 国のため、民のために嫁ぐのだ。


「……むしろ、私があの男を骨抜きにしてコントロールしてやるのも、悪くないかもしれないな。影の王だなんて素敵じゃないか」


「姫様……」


 覚悟を決め、気丈に笑うメディナにアンはガックリと項垂れた。


(そうだ。アイドラン王国を変えることができなかったのなら、ヴァンが作る新しい国を私の手で導けばいい。民が笑って暮らせる理想郷にすればいいのだ)


 メディナは項垂れているメイドの頭を撫でながら、キュッと唇を強く結んだ。


(あの男を利用してやると考えなさい。どうせ王家の娘として政略結婚をすることになっていたのだし、今さら恐れることはないだろう?)


 ヴァンを利用して間接的に国を支配する。

 新政府を正しい方向へと導き、人々を幸せにする。


 そんな覚悟を決めるメディナであったが……彼女には大きな誤算があった。

 それはヴァンにはすでに『影の王』がいること。

 妹によってコントロールを受けているヴァンはメディナの思い通りになど動くことはない。

 むしろ、メディナの方こそが獣の檻の中に飛び込もうとしているのだ。

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