第43話 新たな悪夢の始まり

「この農地の広さでこの税金は多過ぎるな。今年から減らすように村長に言っておいてくれ」


「あの川は畑に利用できそうだ。高さが低い? そうだな、水車を建てられるように予算を出そうか」


「この村では肥料を使っていないのか? 腐葉土や灰の利用の仕方を教えておいてくれ」


 メディナは任された領地を回りながら、村人のために知識を振るっていく。

 王族の一人として、メディナは幼い頃から優れた教育を受けている。

 そうでなくとも、勤勉な人間である。

 家庭教師から与えられる勉強以外にも個人的に学習を進めており、知識量だけならば学者並みだった。


「どうやら……ここを治めていた領主はあまり良い人間ではなかったようだな……」


 メイドのアン、護衛の騎士団を率いて村を回りつつ……メディナは困った様子で溜息を吐いた。

 メディナの父親ほどではないのだろうが……先代の領主は民を軽んじていたようである。

 土地は痩せており、道は整備されておらず、そのくせ税率だけはやたらと高い。

 民衆は働けど働けど生活が楽にはならず、貧しい生活を送っていた。

 食うに困った村人からは毎年のように餓死者が出ており、人買いに子供を売ることも珍しくはないようだ。


「領主の屋敷に備蓄されていた食料を配りなさい。それで当面は大丈夫なはず」


「わかりました。すぐに取り掛かります」


 メディナの指示を受けて、すぐに騎士の一人が動き出した。

 メディナがこの土地を任されてから半年と経っていないが、短期間で民の生活は見違えるほどに良くなっていた。

 それはメディナの手腕が優れているというのもあるが、それ以上にこれまでの領主の管理が悪かったというのが理由として大きい。


「ええっと、次は……」


「姫様……一度、町に戻りませんか? 随分とお疲れのように見えますけど……」


 ほとんど休みなく働いているメディナの姿に、メイドのアンが気遣わしそうに言う。


「もう何日も町に戻っていませんし、少し、休んだ方がよろしいのでは?」


 メディナは領内にある大きめの町を拠点にしているのだが……最近は連日のように村々を渡り歩いており、町に戻っていなかった。

 今も領内にある村の一つを訪れており、村人に助言をしたり、村長に指示を出したりしている。

 そんなメディナの顔には見るからに疲れが浮かんでおり、目元にはクマができていた。


「そうだな……この村の立て直しが終わったら、戻ろうか」


「姫様……」


 それでは、いつになるかわからないではないか。

 アンの声にわずかに責めるような色が宿る。


「今は人々のために、できることがしたいんだ。罪滅ぼしというだけじゃない……自分の行動によって成果が出るのが、楽しくて仕方がない」


 最初は暴君であった家族の罪をすすぐため、人々に奉仕していた。

 しかし、最近では自分の知識や行動によって民衆の生活が良くなっているのを見るのが、楽しくなっている。


「これが治世の面白さなのだろうな……どうして、父も兄もそれを理解できなかったのだろう……」


 メディナが悲しそうにつぶやいた。

 自分の手で民を幸福に導くことの喜び……王家に生まれながら、それを知らずに死んでいった家族が情けない。

 メディナが物憂げにしていると……村人の少女が駆け寄ってきた。


「お姫様ー!」


「コラ! 妃様に近づくんじゃない!」


 駆け寄ってきた少女を見て、護衛の騎士が止めようとする。

 しかし、メディナが手を振って兵士を抑える。


「大丈夫、通してあげてくれ」


「しかし……」


「いいから」


 メディナは腰をかがめて、走り寄ってきた少女と視線を合わせる。


「やあ、どうしたのかな?」


「お花を摘んできました。お姫様にあげるの」


「ああ、ありがとう」


 少女が両手に持ってきた花をメディナに差し出した。

 メディナは少女の土に汚れた手を気にすることなく、笑顔でそれを受け取る。


「お父さんが言ってたの。ごはんが増えたのはお姫様のおかげだって。私も弟もおなかいっぱい食べられるようになったの。ありがとう」


「…………」


 その言葉に、メディナはどう答えて良いかわからずに泣き笑いのような顔になる。


(私は御礼を言われるような人間じゃない……私のせいで、多くの民が命を落とした……)


 ただ、罪滅ぼしをしているだけ。

 感謝をされると、かえっていたたまれない気持ちになってしまう。


「君、私は……」


 メディナは子供を相手に何を話して良いかもわからないまま、口を開いた。

 しかし……次の瞬間、村の端から強烈な爆裂音が鳴り響く。


「ウワアアアアアアアアアアアッ!?」


「爆発した、火が出たぞおおおおおおおっ!」


「何事だ!」


 突然の事態にメディナが叫ぶ。

 すぐさま、護衛の騎士が動いて状況確認をする。


「王妃様、敵襲です!」


「敵襲……いったい、誰が攻めてきたというのだ!?」


「み、南の……」


 兵士が息を切らしながら、メディナの問いに答える。


「南の大森林の……異民族が攻めてきました! 村に火を放ち、村人を殺しています!」


「ッ……!?」


 予想外の報告を受けて、メディナが息を呑んだ。


 アーレングス王国の南方に広がる大森林。

 そこに住んでいる異民族が百年ぶりに攻め込んできたようである。

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