第44話 妹ちゃんの授業だよ

 アーレングス王国、王宮。

 ヴァン・アーレングスという革命王が治めるその城で、今日も彼女は落ち着いた声で語る。


「どうやら、北のゼロス王国と東のシングー帝国が戦争を始めたそうですよ。概ね、予想通りの展開ですね」


 朗らかに物騒な話を始めたのはモア・アーレングス。

 ヴァンの三番目の妃であり、共に育った義妹という関係である。


「シングー帝国は以前から領土欲を隠すことなく、隙あらば他国に攻め込んでいましたから。ゼロス王国で内乱が起これば、攻め込んでくることは想像できることですね」


「そうなの? 妹ちゃん?」


「そうですとも」


 下から上がってくる声に、モアが自信満々に頷いた。

 モアは現在、寝室のベッドの上に座っている。

 その腰の辺りにはヴァンが抱き着いており、義妹の顔を見上げていた。

 要するに……いつもの状況である。何が切っ掛けなのかは知らないが、ヴァンはモアに泣きついて、その後、妹から国際情勢についてレクチャーを受けることになったのだ。


「ロット殿下が失脚したことにより、ゼロス王国では第二王子、第三王子の間で争いが生じていました。序列を考えるのであれば第二王子が継承するのが正しいことですが、優秀で人望があるのは第三王子の方なのです。おかげで、穏健に次の王太子が決まることはなく、とうとう内乱にまで発展しました」


「うんうん、そうだったね……」


「ゼロス王は病床に臥せており、内乱を止める力はありません。そして……ここで介入してきたのがシングー帝国です。内乱の隙をついてゼロス王国に攻め入り、漁夫の利を取ろうとしています。さて……ここで問題です。お兄様。ここから読み取れることは何でしょう?」


「何って……帝国って酷いなあ、とか?」


「はいはい。その通り。大正解ですよ」


 兄に激甘なモアがパチパチと拍手をする。

 モアは決して、何があろうとヴァンの言葉を否定しないのだ。


「お兄様の仰る通り、帝国は酷い国ですねー。ついでにいうと、帝国の統治者はさほど賢くありません。何故なら、このタイミングで攻め入るのは悪手だからです」


「悪手? チャンスだと思うけど?」


「そうですね……しかし、帝国が攻め込んでしまったことにより、それまで敵対関係だった第二王子と第三王子が和解しつつあるのです。帝国という巨大な敵が現れたことにより、内輪もめをしている場合ではなくなったということですね」


 どれだけ仲が悪い国があったとしても、宇宙人が攻めてきたのなら、手を取り合って立ち向かわざるを得ない……つまりはそういう理屈である。


「ベストなタイミングを図るのであれば、二人の王子の戦いが終わった直後がベストですね。内乱が終わって気が抜けているところに攻め込むべきだったのです。まあ、我が国が先に攻め込むかもしれないなどと考えて、焦ったのかもしれませんが……ここからわかる帝国皇帝の性格は功を焦る人間であり、強欲で目的のために手段を選ばない。そして……自分を賢いと思っている詰めの甘い人間ですね」


「へえ、なるほどね。さすがは妹ちゃん。よくわかるね」


「さて……ここでお兄様にさらなる問題です。こんなゼロス王国とシングー帝国の情勢を鑑みて、我が国はどう行動するべきでしょうか?」


「えっと……わからないよ、妹ちゃん」


「はい、難しい問題ですね。でも……頑張って考えてみましょうか」


 モアが腰に縋りついたヴァンの頭を撫でる。

 大切なのは正解を出すことではない。

 何が正しいのかを考えて、答えを出すための努力をすることだ。

 考える努力をすれば、たとえ答えが間違っていたとしても良い経験になる。


「時間がかかっても良いですから、一生懸命、考えてみましょうね?」


「うん……頑張るよ、妹ちゃん……!」


 ヴァンが素直に頷いた。

 まるで母親と息子。あるいは家庭教師とデキの悪い生徒のようだったが、寝室には二人しかいないので気にする人間はいなかった。

 そんな兄妹のほのぼのとした時間であったが……唐突に、終わりの時はやってくる。


「陛下! ヴァン国王陛下! 一大事です!」


「何事だ?」


 兵士が寝室に飛び込んできた。

 ノックすらせずに、よほど焦っているのだろうか。

 あわやの危機であったが……兵士が扉を開けると同時にヴァンが妹から離れて、威厳ある姿で立っていた。


「ただいま、南から早馬がありました……大変です!」


「続けろ。何事か」


「それが……南方の大森林より、異民族が攻めてきました!」


「何……?」


 ヴァンが眉をひそめる。

 南の大森林には多くの異民族が住んでいるが、滅多なことで森から出てくることはなかった。

 珍しいことではあるが、ヴァンにとってはそこまで動揺することではない。


「おまけに……メディナ妃様が南に取り残されています!」


「何だと……!」


 しかし……その報告はいただけなかった。ヴァンがあからさまに表情を険しくさせる。


「メディナ妃様は護衛の兵士達と一緒に異民族と戦い、近隣の村人を逃がしています。そのせいで逃げ遅れてしまい……現在は古い砦の一つに籠城しているようです!」


「お兄様……!」


「…………ああ!」


 ヴァンの決断は早かった。

 すぐさま、上着を手にして扉から出る。


「軍を編成しろ。直ちに、南に向かう!」

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