第45話 お妃様は追い詰められているよ

 アーレングス王国南部にある大森林。

 そこには、多くの異民族が暮らしていた。

 獣人や半獣などとも呼ばれている彼らは単一の民族ではなく、共存しながらも混ざらない複数の部族が存在している。

 人間とは異なり、獣の耳や尾、角を持った彼らを侮蔑している人間も多いが……少なくともアーレングス王国、前身であったアイドラン王国では目立った衝突はなかった。


 それというのも……百年以上も前、異民族が当時のアイドラン王国に攻め込んできたことがあった。

 その際、当時の国王が自ら兵を率いて異民族を撃退。金輪際、人間の国に攻め込まないことを誓わせたのだ。

 野蛮なイメージがある異民族であったが……彼らは意外と誠実であったらしい。数人規模での盗みなどはあったものの、大きな戦いは起こっていない。

 アイドラン王国側は大森林に攻め込んだことはあったが……そのたびに、慣れない森での戦いを強いられ、敗退している。

 暴君と呼ばれた最後の国王も攻め込もうとしたが……森ばかりの土地など手に入れても仕方がないなどという臣下からの進言を受けて、大森林への侵攻を見送っていた。


 建国したばかりのアーレングス王国としても、自分達からは攻め込んでくることのない異民族と戦争する理由はない。

 それ故に、彼らへの対策が疎かになっていたと言わざるをえなかった。



     ○     ○     ○



「姫様……大丈夫ですか?」


「問題ないよ。アンも無事で何よりだ」


 アーレングス王国南部。大森林近くの砦にて。

 アーレングス王国の王妃にして、亡国の王女であるメディナが怪我の手当てをしていた。

 メディナは肩のあたりに裂傷を負っている。包帯の下から血がにじんでいるものの、命に障るほどではない程度の怪我である。

 怪我をしたメディナの傍にはメイドのアンが寄り添っており、痛ましそうに表情を歪めていた。


「治癒の魔法が使えたら良かったんですけど……この状況では……」


「わかっている。私の手当てに魔力を使うくらいなら、外の敵に撃った方が良い」


 メディナは古い砦の中に籠城している。

 百年以上も前に使われていた砦で、内部はホコリまみれ、ガレキまみれ。

 完全に打ち捨てられた廃墟であったが……それでも、石造りの堅牢な建物はメディナ達の命を守ってくれていた。

 メディナは砦の奥の部屋で逃げる途中で負ってしまった怪我の治療をしていたが、周囲からは絶えず戦いの男が聞こえてくる。


「メディナ様、敵はやはり大森林の異民族のようです」


 兵士の一人が報告する。

 砦にはメディナとアンの他に五十人ほどの兵士がいた。

 一国の王妃の護衛である。元々は百人ほどいたはずなのだが、ここに来るまでに半数になっている。

 それというのも……メディナはその気になれば、古い砦で籠城などすることなく、逃げられたはずだった。

 メディナが逃げ遅れてしまったのは、異民族に襲われている村人の避難を優先させていたからである。

 おかげで、多くの人々を助けることができたが……代わりに、メディナは砦に押し込まれて異民族に包囲されていた。


「相手は三百人ほどいます。兵数差は大きいですが……奴らは城攻めに慣れていないらしく、攻めあぐねています。しばらくは持ちこたえることができるかと」


「そうか……それは良い報告だ」


「しかし、こちらの食料も多くはありません。庭の井戸が生きていましたので飲み水には困らないでしょうが……長くはもたないでしょう」


「…………」


 メディナが表情を暗くさせる。

 戦には詳しくないメディナであったが……それでも、自分が追い詰められていることは理解できた。


(せめて、兵士達の命は助けなくては……私の首でどうにか収まるだろうか?)


「それにしても……異民族はどうして、この国に攻め込んできたのでしょうか? それに……おかしな道具を使っていたような気がしますけど……?」


 メディナに寄り添いながら、アンが口を開く。


「彼らは半分獣ではあっても、約束は守ると聞きましたけど……」


「さて……それはわかりませんが。もしかすると、背後で別の意思が動いているのやもしれません。彼らが使っていたあの道具にも関係あるのかも……」


 異民族は奇妙な道具を使って戦っていた。

 それは一見すると土器のように見えたのだが、炎を上げて爆発して、兵士や建物を吹き飛ばしていた。

 異民族は身体能力が高い代わりに、魔法が使えない。

 だからこそ、百年前の戦いではアイドラン王国が勝利できたというのに。


「とにかく、援軍が来るまでの間は全力で防衛いたします。王妃様、どうかもうしばらく我慢を……」


 などと会話をしていたところで、「ズドンッ!」と大きな音が鳴った。


「何事だ!」


 兵士が部屋から飛び出していった。

 メディナもまた、その場から立ち上がる。


「私も行こう!」


「ひ、姫様! お待ちを……!」


「アンは待っていてくれ!」


「そんなことできませんよ! どうかお待ちを……!」


 兵士を追って外に飛び出していったメディナを、アンが追いかけていく。


 音の発生源は砦の庭だった。

 雑草が伸び放題になっている庭に足を踏み入れると……そこには、一人の男が倒れていた。


「……異民族?」


「ウ……ガ……」


 それは手足があらぬ方向に折れ曲がって倒れる異民族だった。

 頭に三角の獣耳、背中には尻尾が生えている。

 砦の外から攻めてきたはずの異民族が、どうして砦の内側で倒れているのだろう?


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 疑問に思うメディナであったが……直後、野太い悲鳴が上がってきた。


「…………え?」


 顔を上げると……そこには、砦の城壁よりも高い場所まで打ち上げられている、異民族の兵士の姿があった。

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