第46話 打ち上げるよ

「ああ、着いたね。ちょっとだけ疲れちゃった」


 大森林の異民族が攻めてきて、メディナが砦に追い詰められている……その報告を受けて、ヴァンはすぐさま城を飛び出した。


「ちょ……待ってくださいよ! 俺らを置いてく気ですか!?」


「先に行く。遅れるな」


 軍事の責任者であるユースゴスが叫ぶが、ヴァンは短い言葉だけ残して走っていった。

 馬にすら乗ることなく、着の身着のままで王都を出ていく国王。

 護衛すらも連れていない今のヴァンを見て、誰が王だと思うだろう。


「ちょっとだけ、遠かったね。少しだけ息が切れちゃったよ」


 馬に乗らずに走ってきたのはシンプルな理由。

 自分の足より遅い獣の背中に乗る意味がわからなかったからである。

 乗馬の楽しさはわかるのだが、本当に大事な時には自分で走った方が良い。それはヴァンにとっては自明の理だった。


「ああ、この砦だね。聞いていた通りに異民族がいっぱいいるね」


 古い砦は二百から三百ほどの異民族によって包囲されていた。

 異民族は人間と同じような外見であるが、獣の耳とフサフサの尻尾が生えている。

 彼らは『牙』の一族と呼ばれる者達だったが……ヴァンはそんなことは知らない。

 自分の奥さんをイジメる敵であるならば、叩きのめすだけである。


「やめろ」


「何だあ、貴様はあ!」


 ヴァンが異民族の兵士に声をかけると、野太い声が返ってくる。


「『モタナイヒト』が何の用だあ! 降参しに来たのかあ!?」


『モタナイヒト』というのは、牙もなく尻尾もなく、翼も持たない人間に対する蔑称である。


「攻撃をやめろ。森に帰れ。そうすれば見逃してやる」


 ヴァンが短い言葉で、区切りながら言う。

 彼らにはどうして攻めてきたのかなど聞かなくてはいけないことも多かったが、ヴァンにとってはあまり興味がない。

 敵ならば倒す。そうでないのならば消えればいい……それだけの話である。


「何だとおお! モタナイヒトがあ、ぶち殺すぞお!」


 牙族の兵士がヴァンに掴みかかる。

 裸に獣の皮を纏っただけの男の腕が伸びてくるが……ヴァンは反対に相手の腕を掴んだ。


「よっ」


「ナアッ!」


 そして……短い気合の声と共に、牙族の男を投げ飛ばした。

 それなりに体格の良い男だったのだが……クルクルと空中を回転して、勢いよく砦の城壁の内側に墜落していく。

 あの勢いで落下したのなら……いくら屈強な肉体を持つ異民族であったとしても、大怪我は免れないだろう。


「敵だあ! ボアーさんがやられたぞお!」


「殺せえ! 人間だぞお!」


「生きて帰すなあ!」


 仲間がやられたのを見て、他の牙族の兵士達がいきり立って襲いかかってくる。

 ヴァンは腰の剣を抜こうとするが……その手が空を切った。


「あ……忘れた」


 どうやら、剣を置いてきてしまったらしい。うっかりである。


「まあ、別に良いか」


 牙族の兵士も石斧やら石槍やらまともな武器は持っていない。

 ならば、どうにかなるだろうと襲いかかってきた異民族の身体を掴む。


「ほいっ」


「ウガアアアアアアアアアアアアッ!?」


 そして……投げる。

 掴んでは投げて、掴んでは投げる。

 敵の武器を奪うこともできたが……石器の武器など、ヴァンの腕力には耐えられないだろう。

 だったら、投げ飛ばした方が楽である。


「よっ、ほっ、とっ、もっ」


「ウワアアアアアアアアアアアッ!」


「と、とんで…………ひげぼっ!?」


「嫌だアアアアアアアアアアアッ!」


 三十人ほど空に投げたところで、牙族の兵士が逃げ出していく。

 だんだんと愉しくなってきたところなので、ヴァンは追いかけては投げて、追いかけては投げる。

 最終的に百人ほど打ち上げ花火にしたところで……残っていた牙族の兵士は逃げ出して、戦いが終わった。


「あ……終わっちゃった」


「ヴァン国王陛下! 国王陛下ではありませんか!」


 異民族がいなくなったのを見て、閉ざされていた砦の城門が開いた。

 砦を守っていたメディナの護衛達がヴァンに駆け寄ってくる。


「来てくださったのですか……まさか、国王陛下が直々に……!」


「あー……そうだ。助けに来た」


「他の兵士はどこですか? まさかとは思いますが、お一人で来られたのではないでしょう?」


「…………」


 兵士の問いにヴァンは少しだけ悩んでから、口を開いた。


「迷子だ」


「はい?」


「兵士達は迷子になっている。気にするな」


「…………」


 気にするなというのも無理な話だったが……王命である。

 兵士は喉まで出かけていた疑問の言葉をゴクリと飲み込んだ。


「それよりも……メディナは無事でいるのか?」


「は、はい……お妃様でしたら砦の奥におられます」


「そうか」


 ヴァンは少しだけ安堵の表情になり、ズンズンと砦の中に入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る